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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

あたらしい憲法のはなし3

毎月連載

第35回

『あたらしい憲法のはなし3』チラシ

文化庁・多摩美術大学主催、5つの演劇系専攻をもつ「東京演劇大学連盟」の面々を中心に36歳以下の若者がつくり、上演する『あたらしい憲法のはなし3』。黄色い二つ折りチラシには四角い窓が開き、そこから青空がのぞいています。そして「憲法」とかけ離れたゆるめのイラスト……。脚色・演出の西岳さん、チラシをデザインした加藤玲さん、制作の滝田礼那さんにお話を聞きました。

左から、加藤玲さん、滝田礼那さん、中井美穂、西岳さん

中井 元々、『あたらしい憲法のはなし』は1947年に文部省が発行した社会科の教科書をもとに、ままごとの柴幸男さんが2015年に演劇として上演した作品ですよね。なぜこの戯曲を上演することに?

西 演大連(東京演劇大学連盟。演劇系専攻をもつ桜美林大学、玉川大学、多摩美術大学、桐朋学園芸術短期大学、日本大学)の5大学が毎年、持ち回りで主催を担当して公演を行っているのですが、今年主催の多摩美術大学が卒業生の僕に声をかけてくれて。多摩美で講師もしている柴さんの作品ですし、柴さんの戯曲を読んでみて、演出家としては今やるべき、やらなければならない作品だなと思いました。

中井 ある程度改訂も加える予定ですか?

西 柴さんの戯曲の冒頭に「この戯曲は自分と、今回の出演者によって書かれた。好きなように変えていい」という趣旨のことが書かれていて。だから共感できるところは残しつつ、いろいろ変えて作っています。

中井 今作の説明に「憲法のために思索し、演劇でチャットします」とありますよね? これはどういう意味でしょう?

西 『あたらしい憲法のはなし』の底本は英訳すると「A Chat About Our New Constitution」。チャットってなんだろう? 雑談するってなんだろう? と座組で話し合ってきました。「対話」だと硬い。もっと雑談レベルで言いたいことを言って作品を作っていく……、この雑談、チャットこそが僕らがこの作品をやるうえで意義のあることだろうという話になりました。

中井 その話を聞くと、チラシのちゃぶ台の意味が見えてきますね。チラシのデザインはどういう経緯で加藤さんに依頼を?

西 そもそも「チラシは必要か」「何のためにチラシを作るか」という話から始まって、制作部が「チラシは演劇を観に来てもらうための最初の入口になりうる」と。

中井 若い方でもその意識は皆さん持っていらっしゃる?

西 そうですね。制作部に「広報に力を入れたい」という意思があったので、いいチラシを作ろうと。ふだん僕がやっている団体、シラカンのチラシを担当してくれている加藤くんに頼むことになりました。

滝田 最初は「虚構と現実が入り混じっている雰囲気」というキーワードをみんなで考えて、シラカンのふだんのチラシのように、写真とイラストを融合させてほしいと思っていました。

憲法を学んだ後、演劇を観た後って、日常が変わって見える。そういう憲法とか演劇をフレームとして表して、そのフレームの先が希望に満ちあふれている。そんなイメージを加藤さんに伝えました。

中井 なるほど。

加藤 最初に今言ってくれたようなことが文章でバーッと書かれているものをにいただいて、「これ全てをひとつのビジュアルにするのは大変だな」と(笑)。できあがりはシンプルにしたほうがいいなと思って、今の完成版に近いラフを作りました。対話というか雑談が大事という話があったので、じゃあ居間にあるちゃぶ台だな、と。それをみんなが気に入ってくれて。

滝田 「かわいい!」って。

加藤 そのラフをもとに、イラストを写真に差し替えて作ってみましたが、うまくいかなくて。

滝田 写真だと人が特定されすぎてしまって、自分自身を投影できないかもしれない、と。それに、みんなが最初のイラストにビビッと来てしまって。

西 だから最初のイラスト案をベースにブラッシュアップしてもらいました。

チラシ制作過程1:『あたらしい憲法のはなし3』チラシ案。座組みんなで意見を出し合い加藤さんから提案されたラフ案
チラシ制作過程2:写真をメインに据えたもの。より教科書っぽいが、写真だと「自分自身を投影できないかもしれない」とのことでボツに

真ん中の人がいない理由

中井 なんといってもこのチラシは、二つ折りの表紙に四角く穴が開いているのが目をひきますよね。

加藤 その前は、ちゃぶ台を3人が囲んでいました。

西 イラストでいこうと決まったとき、「僕たちの話だから、真ん中は具体的な誰かがいるより、いっそ席が空いているほうがいいかもね」と言ったら、加藤くんがその場で消してみせてくれたんです。

中井 ラフでは3人のうち真ん中はいちばん人間らしい絵だったけれど、その人が消えるのが面白いですね。ちゃぶ台に飲み物が置いてあるから、席が用意されているとわかる。

加藤 「憲法が変わっても何も変わらずに生活できると思ってる。」というキャッチコピーを要素として入れたいなと思っていました。この一文が裏にかかれていて表に透けて見えるというアイディアはけっこう初期にあって。人が一人抜けたときに、代わりに四角を置いてそこに文字を透かそうと。ただの四角でもよかったけど、そこにも空間が見えていたほうがビジュアル的にもきれいかなと青空を入れました。

中井 透かすと文字が見えるのは気づかなかった!

西 このキャッチコピーも座組のみんなが気に入ってくれて、表に見えるといいなと。それこそチャットでぽんと投げたら加藤くんが四角い穴を開けたものを作ってきてくれました。

中井 くり抜いた先はなぜ青空に?

加藤 教科書のビジュアルにも青空って使われているイメージがありますし、『あたらしい憲法のはなし』は青空文庫で読めますし。このチラシを作っているときに「平和」という言葉がずっと頭にあって、イメージとしてどうしても青空を使いたいと思いました。

中井 でも、これをするためには見開きにしなくてはいけない。お金がかかりますよね?

西 お金がかかっても、どうしてもやりたいという話になって、じゃあこのチラシ自体も座組のもうひとつの作品として作ろうと。

中井 たしかに、普通はチラシって表と裏を見ることしかしない。でも開く、さらに透かして見るというアクションが起きるのはすごいことですよね。

『あたらしい憲法のはなし3』チラシ中面
『あたらしい憲法のはなし3』チラシ裏面:チラシを閉じた状態で明かりに透かすと、表面の四角くくり抜かれた空の部分からこの裏面の文字が透けて見える。

滝田 ギミックが詰まっている方が、チラシ束の中でも目につくかなって。私が劇場でアルバイトをしているんですが、届いたまま1枚もとられず、そのまま捨てるチラシって山ほどあって。だから配架された先で、手にとってもらえるようにしたくて、そこにはお金も使いたいなと。

中井 「この公演にチラシが必要かどうか」から話し合うのはとてもたいせつなことですね。

観終わったあとに意味を感じられるチラシを

中井 表を黄色にしたのはなぜですか?

西 かなりいろんな色を試しました。一度白で決まりかけたけど……。

加藤 芸術劇場にチラシが並ぶ中で、白だと埋もれてしまうのでは? という意見が出て、深い意味はないですが注意色である黄色にしました。

チラシ制作過程3:黄色以外にも様々なカラーパターンを試す。この時はまだキャラクターも3人描かれている。

中井 このイラストに座っている人たちは、どうやって生まれたのでしょう?

加藤 基本的には僕たちと同じ、人類と並行して生きる人だと思っています。左側が猫で、右側は宇宙に住んでいる人のイメージ。犬猫って人間にかわいいという部分だけをもてはやされているけど、彼らにも権利があるし、人間の生きるルールが変わると彼らの生き方も変わってしまう。右も同じで、憲法に関係あるのは人間だけじゃないなということでこのふたりが出てきました。

中井 右の人はエビフライみたいに見えたから、なにかに隠されたい人なのかなと思っていました。いろんな人がいるということですね。

西 座組もそれぞれ自由に、左はくまとか犬とか言ってるし、右は「もこもこ」とか。とにかくちゃぶ台をいろんな人で囲めたらいいなと。

中井 憲法というものと、このイラストのかわいらしさの落差がまたいいですね。

加藤 憲法というワードで敬遠する人もいるから、絶対とっつきやすくしたほうがいいなって。

西 加藤くんがこういうチラシを作ってくれたから、「憲法のはなし」なのにチラシがかわいいってすごくいいな、憲法も「かわいい」と言われたらいいのになと気づいた感じです。

滝田 憲法という硬さと、チラシのユルさのギャップは私たちの座組の憲法に対する立ち位置とか距離感とかを示しています。そのグラデーションについてすごく話し合った気がします。

西 「硬い/柔らかい」は大きなキーワードで。それが加藤くんのチラシという作品を生み出してくれたなと思います。透けて見えるこの「憲法が変わっても何も変わらずに生活できると思ってる。」という言葉もちょっと曖昧というか、どうとでもとれるようなフレーズで。

中井 たしかに、政治的なメッセージに捉えられる可能性もある。でもそのキワキワを表現することが演劇の意味だと思います。

西 二項対立にならないところは目指したいと思っています。

中井 お話を聞くと、ますますお芝居を観たあとにこのチラシを改めて見て、何を感じるのかが楽しみになりました。

滝田 観終わったあとに「こういうことだったのか」と発見してほしいという思いでチラシを作ったので、うれしい限りです。

西 観てくださった人にとって、観終わったあと捨てられなくなるチラシになっていたら、すごくいいなと思います。

構成・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

公演情報

『あたらしい憲法のはなし3』
日程:2021年9月10(金)・11(土)・12日(日)
会場:東京芸術劇場 シアターイースト
脚色・演出:西 岳
配信:2021年10月1日(金)~2021年10月31日(日)

プロフィール

西 岳(にし・がく)

1993年愛知県出身。シラカン主宰。2016年にシラカンを結成。以降同劇団の作・演出を担う。同年9月に参加した東京学生演劇祭2016にて作・演出『永遠とわ』が審査員個人賞と大賞を受賞。佐藤佐吉演劇賞2016にて優秀作品賞を受賞。2017年2月に第2回全国学生演劇祭に『永遠とわとは』で参加し、審査員賞、観客賞、大賞の三冠を達成。同年11月、フェスティバル/トーキョー17「実験と対話の劇場 – 新しい人 / 出来事の演劇 - 」に『花擤んでふゆう』で参加。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めるほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)、「つながるニッポン!応援のチカラ」(J:COM)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。

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