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〇〇の異常な愛情 Vol. 1 ワリー・コーヴァルの場合:“ウェス・アンダーソンっぽい”景色の収集家は如何にして本人お墨付きの本を出版するに至ったか

ナタリー

20/12/16(水) 12:15

「ウェス・アンダーソンの風景」書影

映画ナタリーでは新連載「〇〇の異常な愛情」がスタート! 誰かや何かに並外れた愛情を注ぐ人にスポットを当て、愛を原動力とするユニークな活動を紹介していく。

第1回には、“ウェス・アンダーソンっぽい”景色の収集家であり、Instagramで130万人以上のフォロワーを持つファンコミュニティ・Accidentally Wes Andersonの管理人を務めるワリー・コーヴァル氏が登場。12月18日に日本でも発売される彼の書籍「ウェス・アンダーソンの風景」(DU BOOKS)では、アンダーソン本人が序文を執筆している。コーヴァル氏はいかにしてコミュニティを形成し、アンダーソンお墨付きの本を出版するに至ったのか? 本人に話を聞いた。

2ページ目では200以上の風景が掲載されている書籍から5カ所を厳選。「グランド・ブダペスト・ホテル」を彷彿とさせるピンク色のホテルや、アンダーソンも気になっているというパンケーキスタンドを紹介している。また監督最新作「The French Dispatch(原題)」の見どころも!

取材・文(P1)/ 平井伊都子 文(P2)/ 浅見みなほ、小澤康平

プロジェクトの始まりの写真が、新しい旅につながっていた

──このプロジェクトを始めたきっかけを教えてください。

“Accidentally Wes Anderson(AWA)”は、僕らの“旅のバケットリスト(死ぬまでにやっておきたいことのリスト)”としてスタートしました。妻のアマンダと僕は旅行が趣味で、次の旅で行けそうな場所を探してみようと思って、Instagramを見始めたのがきっかけです。インターネット上にはまるでウェス・アンダーソンの映画から切り取ったような場所や建物がたくさんあって、しかもそれらは実在していて、さまざまなエピソードを持っていることがわかってきました。それらの写真を集め始め、小さなコミュニティが形成されていきました。

──なるほど。InstagramのAWAのコミュニティに最初にポストした写真を覚えていますか?

面白いことに、最初に投稿した写真がなんだったか思い出せなくて……1000か1200くらいあるポストをスクロールして見てみたら、スイスのホテル・ベルヴェデーレだったんです。この本の表紙になっている場所です。ポストした写真とは別のフォトグラファーが撮った写真だけど、同じ場所で撮ったものです。プロジェクトの始まりの写真が書籍という新しい旅の始まりになるなんて、とてもセレンディピティ(予測していなかった偶然の必然)的なつながりがありました。

監督の序文がコミュニティにとっての承認印に

──この書籍化にあたって気を付けたことはありますか。

書籍化は2年半掛けた、とても長いプロセスでした。書籍には約200点の写真が必要だったので、1万5000点あまりの写真を少しずつ整理していって、まず500~600点ほどに絞り込みました。そこから先は非常に難しくなって、真剣に議論しなければいけなくなりました。写真をすべてプリントアウトし床に並べ、違う順番に並べ替えたり、違う角度から眺めてみたりを繰り返しました。そして最終的なレイアウトを考えながら、国別ではなく地理的に、大陸別に分類することを思い付いたんです。だんだんと形になっていくプロセスは楽しかったけれど、やらなくてはいけないことは膨大で、とてもストレスが溜まる作業でもありました。僕らが考えたコンセプトは、それぞれの場所に複数の異なるタイプの写真を並べて、ページをめくるたびに冒険をするような体験をしてもらうこと。そのためには、地図からどのように展開していけばいいのか、どのように物語が進んでいくのがいいのか、と考えながら進化させていきました。最終的にとても美しい仕上がりになったのではないかと自負しています。

──ファンによるコミュニティから始まったプロジェクトにとって、ウェス・アンダーソンご本人による序文は感動的ですね。

書籍化の企画書とともに、彼に宛てて心を込めて手紙を書きました。プロジェクトの承認をお願いしたんです。彼は僕らの趣旨に同意してくれて、「プロジェクトを進めてもいいですよ」と承認してくれたのですが、最初の段階では序文を書いてもらう予定はありませんでした。彼はできあがった書籍を読んでから序文を書くことに同意してくれたのです。この序文はアイスクリームの上に乗っかっているチェリーのような飾りではなく、僕らが過去3年近くにわたって行ってきたすべてのことを認めてくれた、コミュニティにとって承認印のようなものになりました。ウェス・アンダーソン監督自身との間に直接的な交流がなくても、彼が楽しんで見てくれているだろうと想像しながら一生懸命取り組んできたことだったからです。

──日々たくさんの投稿からAWAに載せる写真を選んでいる中で、「ウェス・アンダーソンっぽい写真」とはどんなものだと思いますか?

AWAには毎月2500件ほどの写真が投稿されるんですが、それらには2つの特徴があると思います。1つ目は、いわゆる“ウェス・アンダーソンっぽい”と言われる左右対称の完璧な配置のシンメトリー(対称性)と、特徴的なカラーパレットです。ピンクやブルーなどの美しい色によって彩られていると、AWAっぽい写真だと言えるでしょう。もう1つの特徴は、主観によるレイヤーがあること。僕らが通勤や通学のために日常的に歩いている場所の中には、目に留まらずに通り過ぎてしまうような場所がたくさんあります。しかし、ちょっと立ち止まってよく見てみると、それらの本当の姿を理解することができます。例えば、日常の一部を注意深く観察してみると、毎日通り過ぎているようなファサード(建物の正面から見たデザイン)の背後にあるストーリーを見つけることができる。その“物語性”がAWAらしさなんじゃないかな、と思います。

目を向ければ、どこでも探求はできる

──新型コロナウイルスの影響で、自由に旅することが困難になり残念ですね。

旅行ができないのは寂しいけれど、肯定的に捉えられることもあると信じています。現在の世界は本当に厳しい状況にあり、多くの人々や家族にとって非常に悲劇的な状況であるとともに、生活やビジネスは困難に直面しています。でも、どんな状況でも肯定的な見方もできるし、悲観的な見方もできるんじゃないかと思うんです。私たちは、残念ながらこの状況をコントロールすることはできません。パンデミックが始まった当初からアマンダと僕が言ってきたのは、それでも僕たちの周りには美しいものが存在しているということでした。外に出て、近所を歩いて、郵便局や銀行、市庁舎、古い住宅街に行って、誰かに話を聞いてみるだけでいいんです。僕らは偶然出会った人たち誰にでも話しかけます。なぜなら、その壁の向こうには興味深い物語があるからです。この建物に暮らしている人たちにそれぞれの物語があり、そのうえ、かつて暮らしていた人たちの歴史も含めれば、壁の向こうに何千人もの物語が存在します。目を向けることをためらわなければ、どこでも探求はできるのだということに気付きました。

──Accidentally(偶然に)という言葉にも通じますね。

この建物がどんな目的で建てられ、それが現在の形になったのかに、偶然のつながりを感じることがあります。例えば、イタリアに王族の避暑のために建てられた宮殿があります。500年前、イタリアの王族が夏の暑さをしのぎ、ぜいたくなライフスタイルを送っていた宮殿が、現在は呼吸障害を持つ子供たちのための病院になっています。建物を眺め、歴史を調べてみると、息がしやすい高度に建物が建てられていることがわかりました。偶然にも、500年前の貴族とまったく異なる人々が、今では同じ理由からその建物で過ごしている。そんな偶然がとても美しいなあと思ったんです。

完璧さと不完全さの同居が、ウェス作品の魅力

──ウェス・アンダーソンの映画でお気に入りは? 彼の作品が特別なのはどうしてだと思いますか?

「天才マックスの世界」ですね。1998年の作品で、僕が最初に観たのはこの作品でした。彼の映画が特別な理由は、まずは美学的な観点から、シンメトリーで美しい色使いにありますよね。その完璧さが、映画に落ち着きと満足感を与えていると思います。また、そんな完璧な美学が貫かれている一方で、登場人物は複雑さを抱えているところも魅力的です。完璧に構成されたシーンに対称性を持った美しい建物が映される中、そこに存在する複雑なキャラクターたちは何かを見つけようとしています。不完全さの中にも“美”があります。現実の世界は完璧ではありません。僕も完璧ではないし、皆さんも完璧ではない。でも、僕たちはみんな、この不完全な世界で最善を尽くしています。完璧さと不完全さが同居しているところが、私がウェス・アンダーソン監督の作品を気に入っている理由です。

ワリー・コーヴァル

米ニューヨーク市のブルックリン在住。2017年にInstagramでAccidentally Wes Andersonを立ち上げ、現在ではフォロワー130万人を超えるコミュニティを管理している。2年半掛けて作り上げた書籍「Accidentally Wes Anderson(邦題:ウェス・アンダーソンの風景)」を2020年に出版。妻・アマンダと愛犬・デクスターの助けを借りながら、日々コンテンツを収集・公開中。

200以上の風景から5カ所を厳選

ミルズ・ハウス・ホテル(アメリカ・チャールストン)

ウェス・アンダーソンが2014年に発表した「グランド・ブダペスト・ホテル」を彷彿とさせるミルズ・ハウス・ホテルは、ザ・ピンク・ホテルの別名でも知られている。1800年代中頃に穀物商人のオーティス・ミルズが原型となったホテルをオープン。1968年に建て替えが行われた。1902年にはアメリカ合衆国第26代大統領のセオドア・ルーズベルトが宿泊した。

パンケーキ・スタンド(クロアチア・クルカ国立公園)

壮大な滝“スクラディンスキ・ブク”で知られ、遊泳エリアもあることから夏になると多くの観光客が訪れるクルカ国立公園。そこにぽつんと佇むのがこのパンケーキ・スタンドだ。アンダーソンは書籍の序文で、特に行きたい場所として同所を挙げている。

移動更衣室(ドイツ・ボルクム島)

一見なんなのかわからないこの物体は、かつて女性が水着に着替えるために使っていた移動更衣室。ヨーロッパなどで1700~1800年代に主に使用され、女性は台車ごと海に入って海水浴を楽しむこともあった。この写真はドイツ北部に位置するボルクム島で撮られたものだが、島の一部はヌーディストビーチになっている。布を身に着けていることが歓迎されない場合もあるので、訪れる際は注意しよう。

フロム鉄道(ノルウェー・フロム)

アンダーソンのファンは、この写真を見て「ダージリン急行」を思い浮かべたかもしれない。同作に出てくる3兄弟が乗っていそうなこの電車は、映画の舞台であるインドではなく、ノルウェーを走るフロム鉄道だ。車窓からのぞいている緑からわかる通り、美しい風景とともに鉄道の旅を楽しむことができる。

東京大学大講堂(日本・東京)

本書には日本の風景も掲載されている。その1つが、1925年に建てられた東京大学の大講堂(安田講堂)。シンメトリーな外観が特徴的なこの講堂は東京大学のシンボルであり、国の登録有形文化財に指定されている。ちなみに建設資金を寄付した実業家の安田善次郎は、オノ・ヨーコの曽祖父である。

お気に入りの風景をシェアしたい人はAccidentally Wes Andersonの公式サイトへ。

ウェス・アンダーソンの風景

DU BOOKS 2020年12月18日(金)発売
税込価格:3850円

ウェス・アンダーソン監督最新作「The French Dispatch(原題)」

なおウェス・アンダーソンは、監督最新作「The French Dispatch」の公開を控えている。アンダーソンが「ジャーナリストたちへのラブレター」と語る本作では、架空の20世紀フランスを舞台に、アメリカ雑誌「ザ・フレンチ・ディスパッチ」の最終号に掲載されたという設定のストーリーが描かれる。キャストに名を連ねるのは、ベニチオ・デル・トロ、フランシス・マクドーマンド、ジェフリー・ライト、エイドリアン・ブロディ、ティモシー・シャラメ、レア・セドゥ、マチュー・アマルリック、オーウェン・ウィルソン、そしてビル・マーレイら。すでに解禁されている本国版トレイラーを観ただけでも、ピンク、ブルー、イエローといった“ウェス・アンダーソンっぽい”色使いのセンスが、今回も炸裂していることがわかる。日本では2021年公開予定。

P34.MILLS HOUSE HOTEL Charleston, South Carolina Photo by Nicholas Gore @nicholasgoreweddings charlestonseddingphotographer.com P95.PANCAKES STAND Krka National Park, Croatia Photo by Cathy Tideswell @yugenphotography_ yugenlife.co.uk P123.BATHING MACHINE Borkum, Germany Photo by Uwa Scholz Uwa Scholz @uwa2000 P184.FLAM RAILWAY Flam, Norway Photo by Patti Gutierrez @maudepiper P308-309.YASUDA AUDITORIUM, UNIVERSITY OF TOKYO Tokyo, Japan Photo by AccidentallyWesAnderson @AccidentallyWesAnderson AccidentallyWesAnderson.com

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