『37セカンズ』は、ヒロインを演じた佳山明の魅力が作品全体を力強く支えている。出産時に37秒間、息をしていなかったために、脳性麻痺になった彼女の純粋さが、そのまま役柄に生かされ、車椅子で果敢に自分の運命を切り拓いていく様には、ただただ圧倒されてしまう。障がいを抱えているからといって、必要以上に卑屈にならず、自らの性欲ともストレートに向き合う姿勢には、心揺さぶられる。前向きという言葉は、彼女のためにあるといっても過言ではない。母親役の神野三鈴や、デリヘル嬢役の渡辺真起子、介護福祉士役の大東俊介ら、秀逸な助演陣も観逃せない。

『ヲタクに恋は難しい』は、『銀魂』シリーズ（2017～18年）の福田雄一監督の最新作。アニメやBLを、こよなく愛する“隠れ腐女子”の成海（高畑充希）と、廃人クラスの“重度のゲームヲタク”宏崇（山﨑賢人）のラブストーリーだが、ヲタクに偏見を持つ人も、そうでない人も、思わずジーンとさせられるコメディで、『女子ーズ』（2014年）を除いては、今まで福田作品は苦手だったのだが、ヲタクの皮を被った青春映画として観れば相当に面白い。ことにオープニングの『いっさいがっさい SAVE THE WORLD』を含めて、照れずにミュージカルシーンに挑んでいるあたりが良いし、高畑充希のコメディエンヌとしての才能には注目せざるをえません。

あえて選外にしましたが、長篇アニメーション『囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather』を予備知識なしに観て驚愕しました。累計140万部を超える人気コミックの映画化だそうですが、イケメンヤクザのBLもので、ハードなセックスシーンも濃厚に盛り込まれ、女性のメインスタッフ（監督も）で、ここまで大胆かつ露骨なアニメ―ションを作ってしまうとは！（私が観た2月の日本映画は18本）

『1917 命をかけた伝令』は、119分の上映時間をワンカットのカメラワークで描ききった技術と、若き伝令兵が戦場へ放り込まれる極限状況とが見事にマッチし、観客に戦場体験を共有させるスリリングな作品だった。全篇ワンカットの作品は、ヒッチコック『ロープ』（1948年）をはじめ、映画史の中では何本か存在するが、未知のカタルシスをもたらしたという点では、サム・メンデス監督率いるスタッフの努力は称賛されて叱るべきだろう。惜しくもアカデミー賞主要部門での受賞は逸したが、ぜひ劇場で観てほしい入魂の一作だ。

『淪落の人』は、事故で半身不随になり、車椅子の生活を余儀なくされた主人公と、その介護をすることになったフィリピン人の住み込み家政婦の交流を描いた佳作。最初のうちこそ、ぎこちない二人が、しだいに心を通わせていく過程を丁寧に描いて、心温まる仕上がりになっている。主人公リョン・チョンウィン役のアンソニー・ウォンは、脚本を読み、厳しい製作条件を察して、ノーギャラで出演を申し出て、第38回香港電影金像奨をはじめ数々の映画賞で最優秀主演男優賞を受賞。ヒロインを演じた映画初出演のクリセル・コンサンジも同賞の最優秀新人賞を受賞し、ふたりの息の合った共演も大きな観どころだ。

他にも『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』『ナイブズ・アウト／名探偵と刃の館の秘密』『ふたりのJ・T・リロイ　ベストセラー作家の裏の裏』『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』などなど見応えのある作品がありましたが、10本の枠の中に収まりきれず、申し訳ありませんでした。（私が観た2月の外国映画は17本）

プロフィール

野村正昭(のむら・まさあき)

野村正昭(のむら・まさあき) 1954年山口県生まれ。映画評論家。年間新作800本を観る。旧作も観るが、それを数えると空恐ろしい数になるので、数えないことにしている。各種ベストテンの選考委員を務めている。