Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

ぴあ

いま、最高の一本に出会える

「生の歌声=感情豊か」は自明と言えるか ボーカルエフェクトが開拓した“感性の領域”

リアルサウンド

19/8/31(土) 8:00

 「歌声を補正・加工する」ことは、それがあからさまであれひっそりとしたものであれ、もはや現代のポップミュージックではごく当たり前だ。ピッチのゆらぎやタイミングのズレを補正するために、いわば写真をレタッチするかのごとく用いられるエフェクトはもちろんのこと、一聴して「あ、なにか特別な処理がしてあるな」とわかる歌声さえも世の中にあふれている。

(関連:米津玄師「パプリカ」セルフカバー評:幅広い世代を虜にするアレンジャーとしての手腕

 ともすれば、ボーカルに施されるこうした変調は、生々しい感情表現を遠ざけてしまうように思われかねない。実際、ボコーダー、トーキング・モジュレーター、オートチューンなどのメジャーなボーカル変調の技術は、総じて「ロボ声」と呼ばれて「人工的で、非人間的」というニュアンスをよかれあしかれまとわされてきた。

 けれども、近年のポップミュージックに耳を傾けてみると、ボーカルの変調はむしろ音楽が持つエモーショナルな力を増幅させていることがわかる。ここでは、オートチューンとプリズマイザーを取り上げて、その具体的な効果を考察したい。

 まずは、オートチューン。いまでは一般名詞化しているが、もともとは、ボーカルのピッチの揺らぎを整えたり、あるいはピッチのズレを補正するソフトウェアの商品名だった。オートチューンがいま知られるようなユニークなエフェクトとして用いられるようになったのは、Cher「Believe」(1998年)のヒットがきっかけだ。近年はR&B、ヒップホップのシンガーやラッパーが重用していることでも知られる。若い世代であれば、むしろそちらの印象のほうが強いかもしれない。

 J-POPでは、ゼロ年代に入って以降、Perfumeやcapsuleなど、中田ヤスタカのプロデュース作品で大々的に用いられて話題になった。ただし、もっと早い例はある。globeの1999年のシングル曲「still growin’ up」など、小室哲哉がこのエフェクトを活用している。

 オートチューンを使った楽曲で最近印象的だったのは、a floor of circleの佐々木亮介のソロワークだ。ROTH BART BARONの三船雅也をフィーチャーした「We Alright (Tokyo Mix)」(2019年)は、オートチューンに思い切り歌声を委ねつつもエモーショナルな歌唱が素晴らしい。

 ここまで普及すると、もはやオートチューンは「ロボ声」や「人工的な違和感」のためのエフェクトではない。むしろ、このエフェクトの機能自体に立ち返って、「あらゆる声を歌へ昇華させる装置」として捉え直すべきだろう。考えなしに使えばただ単にクドくて押し付けがましいだけのエフェクトだが、歌い手がこのエフェクトが持つニュアンスを熟知して使いこなすことで、生の声だけでは生み出せない豊かな感情が表現できるようになる。

 一方、オートチューンの「次」の立ち位置にあるエフェクトが、プリズマイザーだ。入力された歌声に、きらびやかで重厚なハーモニーを付け加える独特なエフェクトだ。類似のエフェクトと比較すると、ボコーダーほど元の歌声の質感を消してしまわず、オートチューンとは違い複雑な和音をつくれるのが特徴と言える。2010年代後半、アメリカを中心にこれでもかというほど使われた、まさに「時代の音」だ。オリジナルのプリズマイザーそのものは一般に販売されていないため、類似の効果を持つソフトウェアがよく用いられている。

 プリズマイザーは日本でも近年使用例が増えている。ぼくのりりっくのぼうよみ「輪廻転生」(2018年)、Official髭男dism「宿命」(2019年)等だ。なかでも楽曲のコンセプトとプリズマイザーの効果がマッチしていたのは米津玄師「海の幽霊」(2019年)だろう。

 プリズマイザーの質感には、いわばひとつの声に「幽霊」のように複数の声が憑依しているかのような印象を覚える。自分ひとりの声に、あたかもここにはいない誰かの声が付け加わってハーモニーを奏でるかのようだ。鈍く輝くようなプリズマイザーの音色は、まさに〈思いがけず光る〉「海の幽霊」を思い起こさせる。

 これまで見てきたような、オートチューンやプリズマイザーを通じた歌唱が持つ表現のニュアンスの豊かさ――あくまでそれは使い手がどれほどこれらのエフェクトを知り尽くしているかに依存するが――は、果たして「生の歌声=人間的=感情豊か」といった等式が自明と言えるのか、という問いを改めて突きつけることだろう。これらのエフェクトはむしろ、未だ開発されていなかった感性の領域を開拓し、音楽に対する別様の感動の仕方をつくりだしたのではないか。「オートチューンだ、プリズマイザーだ」と流行りの言葉で片付けるのではなく、オートチューンの、プリズマイザーのなにがこれほど人びとを魅了するか、改めて考える価値はある。(リアルサウンド編集部)

アプリで読む