Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

秋吉久美子 秋吉の成分

お料理の主権はレシピではなく自分にある

全10回

第10回

20/11/20(金)

味は活気がないとダメ

好きな映画、本、音楽、旅行と来て、最後にお料理のことを少し。ブログに時々その日作ったお料理を載せているので、「とても美味しそうですね。レシピを教えてください」と言われることもありますが、お料理は常にその時々のインスピレーションでこしらえていて、決まったレシピにのっとってやっているわけではないんです。だから私が一度作ったお料理は再現不可能。

亡くなった母は凄く料理上手でさまざまな和洋中のメニューを作ってくれて、どれも美味しかった。もともと母は富士山の麓のほうの出身だったので、鮎の焼き物、うどの酢味噌和え、きゃらぶき……といった山の在所の味で育ちました。それが父の仕事の関係で四国の海辺の町や福島の浜通りに住むことになり、今度はキンキの煮つけまで極めて、秋刀魚を捌いて刺身にし、イカの塩辛まで自家製で作った。イカの塩辛は私も作れます。内臓と混ぜて冷蔵庫で寝かせるだけ。イカがプリプリしてると最高です。

母はおやつも手作り。お勝手の横になっているイチジクを使ってコンポート(砂糖煮)を作ったり、そば粉とレーズンを蒸かしてそば饅頭を作った。湯気で濡れているそば饅頭は、しっとりと甘くて美味しかった。私は今でもお饅頭好きです。そんな母にお料理を習ったことがないどころか、じゃまだと言ってお手伝いさえさせてくれなかった。母が揚げたての天ぷらを新聞紙の上にホイホイ乗せて行くのを、横から手を伸ばしてどんどんつまみ食いしては叱られました。その揚げたての美味しさと言ったら、高級天ぷら屋さんのカウンターとまるで同じ。このことから学んだのは、「味には活気がないとダメ」ということなんです。

それでは「活気のある味」にするにはどうしたらいいかと言えば、レシピをもとに完成されたメニューを目指すのではなく、体調や気候などの条件に合わせて、本当にその日その時に「自分のからだが欲しているもの」をこしらえるのが大事なんです。だから、たとえば今日はおうどんにしようと思っても、キッチンに立つ瞬間まであたたかいおうどんにするか、冷たいおうどんにするかを決めていない。そして今日は夏の暑い日だから冷たいのにしよう、そしてそれに沖縄の辛い島とうがらしの泡盛漬け、コーレーグースをたっぷり加えれば、さらに食べやすくなる。とインスピレーションを働かす。

『秋吉久美子 調書』より

インスピレーションで最も満たされる料理へ

インスピレーションが湧くようにするには、食べたいお料理を一度脳内でバラすんです。たとえばあの美味しいレストランで出てくる麻婆豆腐はこんな具材と香辛料で出来ているんじゃないかなと考える。すると、もしやそこにタイのお醤油を隠し味でちょっと入れてみたらどうだろう、とかひらめくんです。あるいは、悲しい時はキンモクセイの香りが重く感じられたりするんですが、そんなコンディションの時は自分の気持ちに合わせてローズマリーやレモングラスをコンソメ味のスープに入れてみる。レシピにある完成形を目指すのではなく、「今日はこんな味の料理を食べたい」というものを目標にする。それはレシピのように完成はしていないかもしれないけれど、最も自分のからだが求めているもの。だから、その時いちばん心身が満たされる味であるはずなんです。

インスピレーションがあれば、忙しい毎日、ちゃんとお料理をする時間がなくても、けっこう挽回できます。ニンジンやブロッコリをバンバン切って、濃いめのコンソメで煮る。それをちょっと上等なレトルトカレーに乗せれば、なかなか悪くない夕飯になる。くたくたで帰宅して、持ち帰った現場のイカフライ弁当をつつくのは最悪だけど、たとえばそのお弁当のごはん以外のものをみじん切りにして、ごはんはバターとお醤油でちょっとおこげが出来るくらい焼いて炒飯にすれば、ジャンクなりに見違える。デザートがないなと思っても、アイスクリームにチャチャっといちごスライスして、いちごジャムを加えて、ちょっとブランデーやアブサンをたらせば、かなりいい感じに(笑)。

ところで作ったお料理を美味しく見せる秘訣もあるんです。まずは具材の大きさに強弱をつけること。ちゃんとしたプロは火の通り加減を考えて大きさを揃えるのでしょうが、私はたとえばカレーを作るにしても「見せるためのジャガイモ」と「溶かすためのジャガイモ」を分けるんです。すると、その大小のふぞろいなモリモリ感が美味しそうに見える。具だくさんでゴロゴロ入っている感じですね。それから、盛り付けを中高にすること。どんなお料理でも平たく盛るとなんだか、ベターっとしてそそらない。

もちろんこれは本格的な料理人ではない素人の私だからこその発想なんですが、別にプロを目指しているわけでもないアマチュアの方々が必死でレシピを遵守しているのを見ると、もっと素人だからこそ許される自由さを活かしたほうがいいのでは、と思う。私の場合はお味も見た目もややガツンと来るいきのいい感じが大事。お料理の主権はレシピではなく、自分にあるんです。 (おわり)

秋吉久美子 成分 DATA

『秋吉久美子 調書』(筑摩書房刊/2,200円+税)
著者:秋吉久美子/樋口尚文

取材・構成=樋口尚文 撮影=南信司

当連載は今回が最終回です。ご愛読ありがとうございました。

プロフィール

秋吉久美子(あきよし・くみこ)

女優・詩人・歌手。1972年、松竹『旅の重さ』で映画初出演、その後、1973年製作の『十六歳の戦争』で初主演を果たし、1974年公開の藤田敏八監督『赤ちょうん』『妹』『バージンブルース』の主演三部作で一躍注目を浴びる。以後は『八甲田山』『不毛地帯』のような大作から『さらば夏の光よ』『あにいもうと』のようなプログラム・ピクチャーまで幅広く活躍、『異人たちとの夏』『深い河』などの文芸作での主演で数々の女優賞を獲得。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。

樋口尚文(ひぐち・なおふみ)

映画評論家、映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『ロマンポルノと実録やくざ映画 禁じられた70年代日本映画』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』ほか多数。共著に『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『女優水野久美』『万華鏡の女 女優ひし美ゆり子』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』など。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。早稲田大学政治経済学部卒。

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む