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チャンス、リル・ナズ・X、リル・テッカ…ネット戦略で成功した若手ヒップホップアーティスト5選

リアルサウンド

19/9/15(日) 8:00

・Chance The Rapper 『The Big Day』(アルバム)
・Lil Naz X 『7』 (EP)
・Lil Teecca 『Ransom』 (シングル) 、『We Love You Tecca』(アルバム)
・Lizzo『Truth Hurts』(シングル)
・Stunna Girl 『Runway』(シングル)

 ジャンル問わず、そしてインディペンデント/メジャーでの活動を問わずSNSや各種サブスクリプションサービスを主戦場としたネット上の現場とそこで戦い抜くスキルは、もはや次世代アーティストにとって欠かせないもの。今回は、主にネット上での戦略やバズをうまく起こして成功した若手ヒップホップアーティストたちの新譜を紹介します。

 まず、オンライン戦略の神童の1人といえばチャンス・ザ・ラッパーでしょう。リリース作品は、オンライン上にアップされたフリーのミックステープのみというキャリアにも関わらず、グラミー賞にて最優秀新人賞を獲得したチャンスのサクセスストーリーは世界中に衝撃を与えただけではなく、若いアーティストに対して新たなスタンダードや可能性を提示しました。すでに『10 Day』、『Acid Rap』、そして『Coloring Book』と名作ミックステープを発表してきたチャンスですが、今年の7月26日に正式なデビューアルバム『The Big Day』をリリースしました。ミックステープ時代、常にイラストで描かれた自身の姿をアートワークに用いてきたチャンス。『The Big Day』ではキラキラと輝くダイヤモンドの粒をあしらった透明なCDディスク(!)を手にした写真をカバーに配置し、インターネット世代ならではの発想の転換なのか、それとも過去のプロダクトへの賛美なのか、皮肉なのか、とにかく意表を突くようなアートワークも特徴的です。アルバムタイトルはそのまま直訳すると「デカい日」ということになりますが、何を隠そう、自身が結婚式を挙げた日が大きなインスピレーションになっているとのことで、アルバム全体を覆うのはハッピー&ポジティブなバイブスです。ティーンに支持されている若いラッパーたちの中には、陰鬱と自殺願望をラップするラッパーも少なくないですが、まるでそういった状況を覆すかのごとく、同郷の先輩であるジョン・レジェンドを招いた冒頭の「All Day Long」から人生の素晴らしさを謳歌する楽曲が続きます。

 ゲスト陣もなんとも豪華で、ダベイビーやメーガン・ジー・スタリオンといった旬なラッパーたちから、グッチ・メインやニッキー・ミナージュといったAリスト級のラッパー、さらにはショーン・メンデスやランディ・ニューマン、そしてDeath Cab for Cutieといった人気バンドまでが参加。中でも私が個人的に仰天したのは90年代を代表するR&BグループであるEn VogueとSWVがそれぞれ参加していたこと! 特にEn Vogueとアリ・レノックス、そしてゴスペル系シンガーのキエラ・キキ・シアードが参加した「I Got You (Always and Forever)」は、モーケンステフが1995年に放った「I Got Him All The Time(He’s Mine Remix Grand Puba Version)」あたりを彷彿とさせる仕上がりで非常に胸キュンでした(例えが古くてすみません!)。他にもエッジの効いたヒップホップサウンドからシカゴジュークのフレイバーまでを、まるでジャケットに散りばめられたダイヤモンドの如く、きらめくように落とし込んでいます。レーベルや大きな事務所には属さぬまま、インターネット上のあらゆるプラットフォームを味方につけ、ツアーやマーチャンダイズで稼ぐという新たな手法を世界に提示したチャンスのデビューアルバムとしては申し分のない仕上がりと言えるでしょう。

Chance the Rapper – Ballin Flossin (feat. Shawn Mendes) [Lyric Video]

 専門家筋からはポジティブな意見が多く聞かれる一方で、これまでの路線とは少し外れた内容からはやや散漫な印象も拭えず、また、結婚という若い世代にはややピンと来ぬ人生イベントを主題に持ってきたためか、一部のファンからは批判的な意見も多く寄せられてしまったようで、チャンス自身もアルバム発売から間もなく「おかしくなりそう。俺に自殺してほしいって思っている人がいるんだな」と涙を流す絵文字付きで連続ツイート。自身が築いてきたオンライン上のファンベース(の一部)から傷つけられる結果となってしまいました。ただ、こうした経験を経たチャンスが、今後、音楽的にどう成長していくのかは興味深いところでもあります。一朝一夕で築いたキャリアでないことは確かですので、早くも彼のネクストムーブが楽しみです。

 そしてお次は、全米19週連続首位という輝かしい新記録を樹立したリル・ナズ・XのデビューEP『7』を。彼のヒットシングル「Old Town Road」についてはすでにご存知の方も多いでしょう。TikTokを味方に付け、ネット上でのミームを拡散することによって雪だるま式に人気、そしてストリーミングサービスでの再生回数を増やしていったリル・ナズ・X。幼児から大人、そしてネット上からストリートまでを巻き込んで大きな“現象”となったのです。そんな人気絶頂のリル・ナズ・Xがドロップしたのが8曲入りのEP『7』です。1曲目はご存知、ビリー・レイ・サイラスが参加した「Old Town Road Remix」、そして最後の8曲目はそのオリジナルバージョンが収録されている構成で、実質的にはタイトル通り、7曲入りだと割り切るのがいいかもしれません。新たに収録されたのは6曲ですが、ここでリル・ナズ・Xは、いわゆる画一的なトラップビートは排除したとインタビューで語っています。既存のラッパー像とは違うところを目指している、という意志の表れでしょうか。ただ、その戦略が功を奏したのか、本EPのリードシングルとして発表された「Panini」は、なんとNirvanaの「In Bloom」を引用しており、リリース後間も無くゴールドディスクに認定されるほどのヒット曲に。多くのリスナーが、「リル・ナズ・Xは決して一発屋ではない」と実感したのではないでしょうか。今まさに、世界中のフェスや賞レースに引っ張りだこのリル・ナズ・Xですが、例えば毎年恒例のグラミー賞ではどのように彼の楽曲が評価されるのか、そして今後、さらなるヒットは望めるのか、などなど彼への興味は尽きません。

 そして、今まさにネット上を中心にバズり成功しているラッパーの1人といえば、リル・テッカでしょう。2002年生まれ、なんと先月17歳になったばかりのニューヨーク出身のMCです。なんと、ラッパーとしての彼のキャリアは、9歳の時にXbox Live(マイクロソフトが提供するオンラインサービス)を通じて友人とディス曲を作ったのがきっかけだそうです。その後、SoundCloudで楽曲を発表していき、2019年5月にシングル『Ransom』を発表します。YouTubeにアップされた「Ransom」のMV、映像監督を務めたのはコール・ベネットでした。このベネット氏、1996年生まれ、弱冠23歳の起業家です。彼自身、学生時代にヒップホップのブログを立ち上げ、若手ラッパーたちのMV制作を手掛けるようになります。これまでにジュース・ワールドやブルーフェイスらのMVを制作し、ベネット氏によるプラットフォーム(兼YouTubeチャンネル)であるLyrical Lemonade(リリカル・レモネード)は、フェスの主催やオリジナルドリンクの発売など、もはや次世代のヒップホップマーケットを牛耳る企業へと成長しました。

 リル・テッカ「Ransom」のMVも、YouTubeのLyrical Lemonadeチャンネルから発表され、公開から3カ月ほどで、すでに再生回数は1億回を超えています。人気ポッドキャスト『No Jumper』のインタビューでは、「リアルな世界よりもオンライン上で人間関係を築く方が得意」とも語っていたリル・テッカ。8月30日に、既発の人気シングル楽曲も収録したデビューミックステープ『We Love You Tecca』を発表しましたが、次世代MCとしてこれから新たなロールモデルになり得るのでは、とワクワクしております。

 また、サブスクリプションサービスやミームを上手く活用して本格ブレイクを果たしたアーティストといえば、リゾの存在も忘れてはなりません。彼女の楽曲「Truth Hurts」は元々2017年9月にリリースされた楽曲でした。今年に入って彼女のシングル曲「Juice」がヒット、そしてアルバム『Cuz I Love You』がリリースされるなど、徐々にリゾに注目が集まる中、この「Truth Hurts」が大きくフィーチャーされる出来事がありました。Netflixのオリジナルムービーである『サムワン・グレート ~輝く人に~(Someone Great)』の本編にこの楽曲が印象的に使われ、一気にガールズアンセムとして知れ渡ることになったのです。〈DNAテストを受けたら、私こそがあのビッチだって100%証明されたわ!〉という迫力あるリリックでスタートするこの曲はSNS上でミームとして拡散され、色んなネタ画像が作られたのです。

Lizzo – Truth Hurts (Official Video)

 また、リゾはその歌唱力やパワフルな歌詞だけではなくフルート奏者としても知られる存在です。ふくよかな彼女がパフォーマンス中にいきなりフルートを取り出して華麗に演奏する様もまた、ミーム化するにはぴったりで、彼女がテレビ番組やアワードに出演するたび、SNS上にはリゾのパフォーマンス中の一部を切り取ったミームやGIFなどが溢れました。結果「Truth Hurts」は発売後約2年を経てビルボードの総合シングルチャート3位まで上昇し、日本時間の9月4日に発表された同チャートでは、ビリー・アイリッシュやショーン・メンデス&カミラ・カベロを抑えて堂々の首位に輝きました! 楽曲のリリースから実に714日後の快挙だそうです。

 リゾは今後もグイグイ人気を伸ばしていきそうですが、今や彼女の常套句にもなった「DNAテスト」を受けることができるオリジナルサイトも完成したようなので、おヒマな方はぜひチェックしてみてください(※Spotifyアカウントでのログインが必要です)。

「DNAテスト」

 最後に紹介するのは、こちらもTikTok発の新星、スタンナ・ガールです。彼女が今年の2月に発表したアルバム『YKWTFGO』に収録されている「Runway」という楽曲、今年の7月下旬になっていきなりブレイクしたのです。

 きっかけは、人気TikTokユーザーたちがこぞって彼女の楽曲を使って動画の投稿を始めたこと。スタンナ・ガールの甲高い声とキャッチーなリリックがTikTokユーザーたちの関心を引き、今やTikTok上には300万本以上の「Runway」動画が投稿されているとのことです。私が「Runway」を始めて知ったのはSpotifyのバイラル(口コミ)チャート。突如、上位にランクインしたのがこの「Runway」でした。

 最近はこうしたことが非常に多く、全く聞き覚えのないアーティストの楽曲がバイラルチャートの上位にランクインしていると、大抵がTikTok発のヒットであるケースが多々あります。そしてこのスタンナ・ガール、「Runway」1曲のヒットですでにユニバーサル ミュージック傘下の大手レーベル、<Capitol Records>から100万ドル以上のオファーを受けたと自身のInstagram上で発表していました。7月末のブレイクからまだ1カ月と少し。驚くべきことに、この「Runway」はまだオフィシャルのMVすらありません。アーティストのデビューからメジャーディールの獲得まで、どんどんスパンが短くなっていることは周知の通りですが、この業界ターム、今後どうなっていくのでしょうか。いずれにせよ、スタンナ・ガールには一度掴んだビッグドリームの手綱をしっかり掴んでいてほしいなと思うところです。(参照:GENIUS

Stunna Girl “Runway” Official Lyrics & Meaning | Verified

■渡辺 志保
1984年広島市生まれ。おもにヒップホップやR&Bなどにまつわる文筆のほか、歌詞対訳、ラジオMCや司会業も行う。
ブログ「HIPHOPうんちくん」
Twitter 
blockFM「INSIDE OUT」※毎月第1、3月曜日出演

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