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野木亜紀子が再び描いた“逃げる”ということ 『けもなれ』は作り手の本気度が伝わる作品に

リアルサウンド

18/12/18(火) 6:00

 先日最終回を迎えた『獣になれない私たち』(日本テレビ系、以下『けもなれ』)は、苦い作品だった。

【写真】向かい合う新垣結衣と松田龍平

 主人公の深海晶(新垣結衣)は、IT企業で営業アシスタントを務める30歳の女性社員。会社では高く評価されているが、社長の九十九剣児(山内圭哉)の高圧的な態度に萎縮して後輩はミスばかり。晶はその尻拭いばかりさせられていた。恋人の花井京谷(田中圭)とは付き合って4年となるが、京谷のマンションには仕事を辞めて引きこもりとなった元恋人の長門朱里(黒木華)が住んでいる。そのため、結婚はできない。仕事にも恋愛にも行き詰まっていた晶は行きつけのクラフトビールバー「5tap」で、会計士の根元恒星(松田龍平)と出会う。恋人だった橘呉羽(菊地凛子)が結婚しても、いっしょに飲んでいる恒星に対し、晶は興味を持つ。

■作り手の本気度が高い作品に

 チーフ演出は坂元裕二の『Mother』や宮藤官九郎脚本の『ゆとりですがなにか』(ともに日本テレビ系)の水田伸生。脚本は野木亜紀子であり、新垣の主演ドラマを手がけるのは本作で4本目。航空自衛隊を取材するテレビディレクターを演じた『空飛ぶ広報室』(TBS系)、寝ると記憶がリセットされる忘却探偵・掟上今日子を演じた『掟上今日子の備忘録』(日本テレビ系)、そして、契約結婚をする家事代行サービスで働く森山みくりを演じた『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系、以下『逃げ恥』)。中でも2016年にヒットした『逃げ恥』は話題となり、脚本家・野木亜紀子の出世作となった。そんな、『逃げ恥』の後だったため、多くの視聴者はポスト『逃げ恥』的なラブコメを期待していた。

 しかし、蓋を開けて見たら、登場人物の置かれた状況がハード過ぎて負荷が強いため、次々と視聴者が脱落していくこととなった。これは逆に言うと、それだけ作り手の本気度が高かったということだ。原作モノではないオリジナル作品ということもあり、先行きのわからないストーリーに最後まで引き込まれた。

 改めて『けもなれ』を振り返ると、真面目で色々なことを背負いこみすぎる晶が、仕事と恋愛から自由になろうともがくドラマだったと思う。女性にとっての仕事と恋愛というテーマは、『逃げ恥』を筆頭に様々なドラマで描かれてきたが、野木のドラマが独特なのは、仕事や恋愛に対して理性的であろうとする人を描いているところだろう。こういう役を新垣が演じると見事にハマる。

 真面目で理性的であるがゆえに追い詰められていく晶の姿は、清純派女優として様々な役を演じてきた優等生的な新垣の姿と、どこか重なるが、アイドル的な評価が先行していた新垣に、年相応の悩みを抱える大人の女性を演じさせたことに、作り手の愛情を感じる。

 では、晶は仕事と恋愛に対し、どのように向き合ったのか? 『けもなれ』には、職場には九十九、恋愛相手には京谷、そして「5tap」には恒星と、それぞれの居場所を象徴する男性が存在する。

■それぞれの居場所を象徴する男性

 一番うまく描けたのは恒星だろう。他人に興味がなくドライに振舞うことで、ミステリアスな存在感を見せていた恒星だったが、話数が進むごとに、呉羽にも愛情を持っていたし、あれだけ憎んでいたと言っていた兄のことも実はすごく心配していたのがわかってくる。一番ドライに見えて一番人間味があったのは、恒星だったのかもしれない。

 だからこそ晶も彼に心を許したのだろう。弱っている時に一夜を共にしても、恋人になることなく曖昧な距離感のまま、ビールを飲むことができたのは、彼が、職場とも恋愛とも違う逃げ場を提供してくれたからだろう。

 一方、何を考えているかわからなかったのが恋人の京谷だ。優しくて責任感のある男だが、それゆえに、引きこもりとなった元恋人を捨てることができずに、曖昧な関係を続けている。京谷と朱里の共依存的関係は、野木がヤングシナリオ大賞を受賞し、京谷を演じた田中が主演を務めた単発ドラマ『さよならロビンソンクルーソー』(フジテレビ系)を思わせる。今、勢いに乗っている田中が演じたこともあってか、一見普通の男に見えるが無自覚な色気で周囲を翻弄する困った男となっていた。

 最後まで気になったのが九十九社長の描き方だ。当初は会社のブラック体質に耐えきれなくなった晶が、九十九に対して改善要求を突きつけ、職場を改善していく展開になるかと思ったが、最後まで九十九は変わらず、晶が会社を辞めるという苦い断絶となった。しかし、ここで安易な和解を描かなかったからこそ、問題の深刻さが浮き彫りになったと言えるだろう。

 九十九と京谷は真逆だが、それぞれ仕事と恋愛における女性から見た男の厄介さを象徴するような存在で、だからこそ、晶を困らせる敵役として奇妙な魅力を放っていた。

 “逃げること”を肯定的に描いた『逃げ恥』と同様、『けもなれ』もまた、仕事と恋人から逃げてラクになることを肯定的に描いた作品だった。そして、逃げることがもたらす痛みと困難も強く描かれたドラマだったと言えよう。

(成馬零一)

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