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「今はライブ全盛」は一面的な見方 ライブハウスのシステムに無理がきている

リアルサウンド

13/8/9(金) 21:11

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 BOØWY、THE BLUE HEARTS、エレファントカシマシ、GLAY、JUDY AND MARY――数々のトップバンドのプロデュースを担当してきた、日本を代表する音楽プロデューサー佐久間正英氏が、音楽シーンへの提言を行う集中連載。第一回目は、現在のミュージシャンや音楽業界が置かれた状況について意見を伺った。

――昨今の音楽メディアでは、これまでになくライブを取り上げることが増えています。レコーディングとライブ、両方の現場で長く活躍してこられた佐久間さんは、レコーディング作品から生演奏へのシフトをどう捉えていますか。

佐久間正英(以下、佐久間):音楽業界としては、確かに「CDが売れなくなった。音楽を聴かせるにはライブだ」という意識がある。けれど、リスナーの側が「CDがつまらなくなったから、ライブに行こう」という方向にシフトしているとは思えません。フェスの流行はありますが、ライブハウスに行く人の実数が飛躍的に増えたでしょうか?

 僕も正確なデータを持っているわけではない。ただ、身近なバンドの子たちに聞く限りでは、ライブハウスの状況は決してよくなく、むしろ動員が減ってきているという印象があります。「ライブが盛り上がっている」というのは一面的な情報であって、僕はそれよりライブハウスのシステムに無理がきていることを問題視しています。

――”無理”と言うと?

佐久間:出演者に対して動員数のノルマがあり、かつアマチュアバンドなのに、チケット代が2500円程度というのも高すぎる。バンドは友人をかき集め、なんとかノルマをこなします。つまりライブハウスは、実際には音楽を聴きに行く場所ではなく、単に交友関係の場になっている。ライブハウスに「あのバンドを観に行く」とは言いますが、「音楽を聴きに行く」という人はあまり見たことがないでしょう。そうした発展性のない状況で、バンドに本当の力がつく前に疲弊してしまうことも少なくない。

 また、コンサート全般について、チケットの値段が高いとも思います。1万円前後するのが普通で、フェスだったらもっと高い。それだけのお金を出して音楽を聴きたいという層は、やっぱり一握りだと思います。高いお金を払いたくないから、多くの人がYouTubeで済ませてしまうわけでしょう?

――かつてよりも、音楽リスナーが財布の紐を締めている、と。

佐久間:そうですね。原因としては構造的な不況の問題もありますが、CDが売れなくなったのは、単純にお金がなくなったというより、面白いコンテンツがなくなったことが大きいと思います。アルバム1枚に、2000円~3000円のお金を出す気がなくなっているんじゃないかな。また、面白いコンテンツがあったとしても、整理された情報が届きにくくなっていることも大きい。音楽誌も衰退しているし、YouTubeのように誰でも動画が上げられるサイトで音楽を聴くようになると、「私の歌を聴いてください!」という人がたくさんいるから、何を聴いたらいいかわからなくなってしまう。そのなかに時々見られる素晴らしい才能も、埋もれて発見されなくなります。もともと音楽をやっている人、特に天才肌の人は、自分を売り込むのが案外下手ですからね。

 そして、音楽業界全体にスピードがはやくなりすぎていて、いい音楽があっても一瞬で消えていく、あるいはきちんと聴いて判断されずに流されていく、ということもあると思います。多くの音楽が気軽に聴けるようになっても、そのほとんどがつまらないものだったら、聴く気もなくなってしまう。本を普段読まない人が、本屋さんに行くとどうしたらいいかわからなくなる、という状況に似ているかもしれません。

――こうしたコンテンツを取り巻く環境は、今後も続く可能性は高そうです。

佐久間:基本的にはこのままの状態が続き、ミュージシャンもリスナーもそれに馴染んでいくのだと思いますが、情報整理の方法は少し変わっていくかもしれません。つまり、「ググる」が第一の選択ではなくなる可能性はある。そういう意味では、spotifyやPandora Radioなどの音楽配信サービスに期待している人が多いですね。ただ、僕としてはAppleが出てきたときのようなドラスティックな変化がもう一段階起こらないと、状況は大きく変わらないと思います。

――佐久間さんはこれまで音楽活動を続けるなかで、今のお話に出たような”情報の流通”の部分は常に意識していたのでしょうか。

佐久間:それほど意識はしてきていませんでしたが、やっている以上は、知識として入ってきますね。ここ15年くらいで状況は変わってきましたが、アメリカと比較して、日本の場合は最初の時点で商業としての音楽の作り方、見せ方は下手だったと思います。つまり、興行を暴力団が取り仕切る時代があり、そこからハードウェアメーカーがオーディオ装置を売るためのソフトウェアとして音楽を作り始め……という経緯のなかで、音楽に詳しくない人たちが、とにかく音楽を量産する方向でビジネスしてきました。

 一部のラジオのように、音楽を一生懸命に、丁寧に届け、それが報われている部分もある。しかし、日本の音楽業界は本来基盤になるはずの「人々の生活にどう音楽を届けるか」、あるいは「人々が音楽をどう欲するのか」ということを、きちんと整理してこなかったのだと思う。簡単に言うと、音楽を商品として扱う上で、十分な商品知識がないまま売ってきてしまった、ということです。普通「モノを売る」ということは、作り手も売り手も「この商品がどうやってできあがったものか」ということをきちんと理解した上で市場に出し、結果として、その商品が社会の役に立つ……という流れがある。音楽業界には、そういう当たり前のことが欠落していました。

――佐久間さんは自らをレコーディングの「現場監督」と位置づけ、プロデューサーとして「アーティストごとの最適解を探し、商品価値を高める」という考え方をしていると聞きました。ポピュラーミュージックにおいては、絶対的な美の基準があるわけではなく、例えばブルーハーツとGLAYでは最適解は違う、ということですね。

佐久間:人にはそれぞれ”人となり”というものがあり、それに合っていない言動をすると「ウザい」「キモい」ということになります。音楽も同じことで、アーティストやバンドの”人となり”、そのポイントを押さえて、ブレないようにするのが大事なんです。

 音楽の話をしていてもっとも誤解されやすいのは、「いい音」という言葉。これはMP3だWAVだというファイル形式の話ではないし、オーディオマニアがいうような優れた音質という話でもない。つまり、その時、その場、そのアーティスト、その楽曲にとってふさわしい音なのであって、どんなにボロくて安っぽい音質でも、それが最高に「いい音」として輝く音楽もあるんです。あるいは逆に、レンジが広く澄んだピアノの音があって初めて「いい音」として響く音楽もある。アーティストや楽曲によって最適解が違う、というのはそういう意味です。

――そんな中で、佐久間さんは最近、インタビューなどで「プロデューサーは必要でなくなってきた」というニュアンスの話をされています。その理由とは?

佐久間:制作スタイルが大きく変わり、残念ながら制作にお金をかけることもできなくなっているから、かつてのような音楽の質を保つことができない。そうすると、僕のようなやり方のプロデューサーの出番はない、ということです。”音楽性”という意味ではいつの時代にも常に新しいもの出てきますから、音楽自体がつまらなくなったということではない。新しい制作のあり方を考えるべきだ、ということです。
(取材・文=神谷弘一)

中編「『僕が今もし20歳だったら、けっこう燃えていた』佐久間正英が見通す、音楽業界の構造変化」に続く

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