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市川中車「歌舞伎の舞台にこそ、生きている実感があるんです」『七月大歌舞伎』で4度目の秀の市

ぴあ

市川中車

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抜け目のないあんまと、どこか憎めない泥棒の丁々発止のやりとりがユーモラスな『あんまと泥棒』が、歌舞伎座『七月大歌舞伎』に登場する。1951年にNHKラジオドラマで放送された村上元三の脚本をベースにした登場人物ふたりだけの対話劇だ。尾上松緑が泥棒権太郎、あんま秀の市を市川中車が勤める。

中車が秀の市を勤めるのは今回が4度目。初めて勤めたのは平成27年の明治座、泥棒の権太郎は市川猿之助だった。

「45分間目をつぶりっぱなしというのは、どういう世界観なのだろうと思っていました。映像ならシーンを切り貼りしてつなげていけますが、舞台では実際に声を耳で聞くしか手段がないので、相手の言葉にとても敏感になりましたね。初役では権太郎が四代目(市川猿之助)でした。呼吸や間の感覚が近くて血縁というものを感じました。逆に2度目はこんぴらで愛之助さんと、3度目が歌舞伎座で(尾上)松緑さんと、音羽屋さんとの色の違い、松緑さんと僕との差異が面白かったですね」

この差異こそがこの作品の本質なのではないかと、気づいたと語る。

市川中車

「松緑さんの素の姿というのは、まじめで後輩やお弟子さんたちの面倒見のよい、実に好い人。そういう印象が僕の中にあるんです。権太郎の持っている人品の好さが松緑さんに内蔵されているように感じました。僕ら小中高では暁星(学園)の先輩後輩でもありますし。今回もまた松緑さんの息遣いを感じながら勤めたいと思います」

中車が最初に映像で観た秀の市は中村嘉葎雄のそれだった。

「嘉葎雄さんのひょうひょうとした感じ、動き、これをお手本にしたいと思っていたのに、頭のどこかで“歌舞伎らしくしなきゃ”と力が入っていたのでしょう。もう一度勉強しなおして、リアルな芝居の面白味を素直に出していきたいと思っています」

また昨年11月に市川猿之助の五役早替りで話題となった華やかな舞踊劇『蜘蛛の絲宿直噺』もこの七月大歌舞伎で再演される。中車は初役で渡辺綱を勤める。

『七月大歌舞伎』チラシ

「昨年8月に再開して以来、歌舞伎座では三部制を敷いていますが、一部のうち二演目両方に出演するのは久しぶり。一演目だけに出演というペースに慣れて来たところなので、大丈夫かな、まずそこからですね(笑)」

この4月には猿翁十種の内『小鍛冶』で猿之助と出演したことも大きな転機となったという。能から取った所作事だ。

「終始四代目にひっぱってもらいながら共に鍛冶の相槌を打つ、これはもう僕にとってはかけがえのない時間でした。ところがどれほど稽古しても、それでも舞台本番で何かしら間違えてしまうんです。ふたりでトンテンカンテンとやっていると三味線や鳴物の音がずれて聴こえることがあって、僕が間違ってしまって。四代目とクルリと位置を入れ替わるとき、”すみません!”と小声で謝ると、四代目が”え~~~~!”と(笑)。それでも何も間違えていないかのようにフォローし合う。これに痺れて痺れて。父(市川猿翁)と(市川)段四郎の叔父とが踊ったときもこういう瞬間があったのかなと想像しましたね。ふたりで相槌をトンテンカンテンと打ち合う、行のような不思議な時間でした」

僕の中に間違いなく歌舞伎の血が流れている

歌舞伎の世界に入り、丸9年。時代物、世話物、古典に新歌舞伎、様々な演目に出演してきた。

「時代物の修業を経ていない役者が世話物を演るわけですから、問題点が噴出してしまいました。よりどころとなる型がない状態では、どんなに稽古しても大海原で迷っている船のようなもの。稽古する膨大な時間を絞り出せるのなら、時代物の方が世話物よりは安定したものになるとは思います。でも今は両方とも難しいと感じている段階で、何ひとつ会心の出来と思えるものがない。この苦しみは僕だけに特有のもので、これはずっとついて回るものだと覚悟しています。そしてとにかく舞台に立ち続けていくしかない。そう思っています」

その苦しみの中にあっても、歌舞伎の舞台の上にこそ生きている実感があるという。

「歌舞伎の初舞台の演目が『小栗栖の長兵衛』でした。百姓長兵衛の僕が簀巻きにされて舞台に寝そべっている場面があります。ふと上を見上げると、曾祖父(初代市川猿之助)と祖父(三世市川段四郎)の二人の大きな写真がバトンに吊るされているのが見える。次の幕の『口上』で披露するためのものです。それを真下で横たわって眺めているとき、“ああ、俺は生きている”と感じました。

市川中車

それに『小鍛冶』でも従弟である四代目と相槌を打っているときも、先の猿翁さん、中車さん、段四郎さんが“舞台に居るなあ”と感じるんですよ。彼らが聴いてくださっているとね。もしも子供のころから歌舞伎俳優として育っていたら、そこまで思わなかったかもしれない。でも今の僕にとっては形に残る映像作品よりも、日々消えていくこの歌舞伎の舞台の方が生きているという実感がある。これはやはり僕の中に間違いなく歌舞伎の血が流れているからだと思いましたね」

コロナ禍で以前のような歌舞伎座の雰囲気はまだまだ戻ってきていない。

「去年のコロナ自粛期間中は、その前から始めていた日舞の稽古をずっとやっていました。体ができていないと動けませんのでね。今思うのは、大向こうさんだけでも戻ってきてくださったらなあと。声がかからないのは僕だって寂しいのですから、大先輩方はさぞかし寂しい思いだろうと思います。義太夫さんが黒い前垂れで口を覆っていますが、あれも苦しいだろうと思いますね。早く何とかしてあげたい」

コロナ禍でなければ今年の夏、歌舞伎座の舞台にも、舞台から見える客席にも、違う景色があったかもしれないとも。

「良くも悪くもこの夏はザワザワした雰囲気になるでしょう。でも僕らは毎日歌舞伎座で粛々と歌舞伎をやるだけです。毎日寸分違わず同じ時間に楽屋へ入り、ミリ単位の違いに神経をとがらせて正しい位置を狙い、一人ひとりがそれぞれの家や歴史を背負って毎日舞台に立つ。それをその日いらしたお客様がご覧になって帰っていく。その一日限りの交差がなんとも面白いですよね。歌舞伎の醍醐味だと思いますね。コロナ禍の前の状態に一日も早く戻すためにも、いつも通り、ぶれずにしっかりと勤めなければと思っています」

中車の出演する『あんまと泥棒』『蜘蛛の絲宿直噺』は七月大歌舞伎第一部で上演される。上演期間は、一部と二部は7月4日(日)~29日(木)、第三部は7月4日(日)~16日(金)までと異なっているのでご注意を。

取材・文:五十川晶子

『七月大歌舞伎』

演目

【第一部】11:00開演
一、『あんまと泥棒』
二、『蜘蛛の絲宿直噺』

【第二部】14:30開演
一、『新古演劇十種の内 身替座禅』
二、『御存 鈴ヶ森』
※『御存 鈴ヶ森』について、中村吉右衛門が出演を予定していた偶数日を含め、中村錦之助が全日程を勤めます。

【第三部】17:40開演
通し狂言『雷神不動北山櫻』

第一部・第二部:2021年7月4日(日)~2021年7月29日(木)
第三部:2021年7月4日(日)~2021年7月16日(金)
会場:東京・歌舞伎座

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