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沖野修也が明かす“1万円でアナログ販売”提案の真意「録音物にはライブとは違う価値がある」

リアルサウンド

14/3/24(月) 22:31

20140324-okino.JPGブログで明かした「1万円のアナログ盤リリース」計画については、「現在進行中です」と答えた沖野修也氏。

 

 DJ、プロデューサーや兄弟DJユニット「Kyoto Jazz Massive」として活躍し、東京都渋谷にある老舗店「THE ROOM」のプロデューサーとしても知られる沖野修也氏。彼が昨年末に自身のブログにアップした「僕がアナログを一万円で売ろうと思った訳」というエントリーが、現在も話題を呼んでいる。ネット上でも賛否両論の反応があり、その真意を確かめたいという声が多かった。そこで今回、当サイトでは彼の真意を探るべくインタビューを企画。前編では彼ならではの音源やアナログ盤に対する価値観について語ってもらった。

「僕は制作費をかけて妥協せずに作りたい」

ーー2013年末に沖野さんが書かれたブログ「僕がアナログを一万円で売ろうと思った訳」は、音楽業界への問題提起を含んだ内容で話題となりました。“音楽制作にはお金がかかる”ということがリスナーにあまり周知されなくなっている状況や、実際にお金をかけることが難しくなっていることを指摘するとともに、音源制作に対する沖野さん自身の考えが示されていましたが、改めてその時の気持ちを聞かせてください。

沖野:そもそも僕自身がDJということもあり、新作をアナログでリリースしたかったし、お客さんからの要望もあったんです。近頃「アナログが復活してきている!」って言われていますけど、弟(沖野好洋)からは「そんなことはない」って言われたんですよ。それは極端な話、売れているのは有名な人、もしくは話題盤だけなんじゃないかと。今は情報が氾濫し、有名志向がどんどん強まっていて、誰かのお墨付きか、メディアで取り上げられたとか、そういうものしか売れない時代ですよね。

 例えば、ブログ炎上の発端になった僕の楽曲『STILL IN LOVE』がiTunesでダンスチャート1位を獲得すると、“ダンスチャート1位”ということがブランドになってどんどん売れていくわけですが、TOP10にランクインしないと、まるで存在してないのと一緒になってしまう。アナログの復活、音楽配信の売り上げが上昇していると聞きますが、僕はまったく実感が湧かないんですね。たとえアナログを買う人が増えていたとしても、それは本当に著名なDJ/プロデューサーの作品だったりするので、僕個人にはまったく影響がありません。僕としては「クオリティを上げたい」「制作費をかけて妥協せずに作りたい」んですが、弟に相談してみたら、オーダー数が予想以上に少なくて、これはもうリリースできない、と判断するしかなかったんです。でも、実際に『STILL IN LOVE』をプレイするととても良い反応が返ってくるし、海外の著名DJがプレイしてくれていたりしているから、ポテンシャルは低くないはずなんです。しかし、いつしか聴き手は音楽に金銭を支払わなくなってしまった。

 さらに、ベッドルーム・ミュージックといわれる宅録音楽も、僕のようにフルオーケストラで外国人ボーカリスト呼んでリミックスまで制作して膨大なお金をかけた音楽が、同一の価格で販売されていることも疑問に感じています。かかっているコストがいくらであれ、売れた枚数がいくらであれ、価格が同じであることに対して、僕は疑問を抱いているわけです。そこで、価格を1万円に設定してアナログをリリースすることを思いついたんです。

ーー音楽を作るためのお金が、CDの売り上げから回収できない、ということですね。

沖野:悲観的になるつもりはないんですが、現実問題として、「これではもう作れないよ」というのが正直なところです。ブログにも書きましたけど、「じゃあ、僕は音楽活動をやめていいの?」っていう極論に達してしまう。ニーズがない、もしくはニーズがあってもお金が支払われないから。例えば、YouTubeの再生回数が10万回を超えていても、ダウンロード数は200~300の楽曲というのは普通にあり得るかもしれない。僕は作り手でありながら、消費者でもあります。レコードも買えばCDも買う、デジタル音源もダウンロードします。なぜそうするかというと、もちろん価値を認めているという側面もあるし、将来そのアーティストがまたより良い作品をつくるための投資、といった側面もあるんです。しかし、いまの消費者の多くは、アーティストがかけたコストや、アーティストの報酬をまったく想像すらしていない。近年ではプロ・アマ問わず、アーティスト(制作者)への投資サイトもできていますけど、一般的に普及しているとは言えません。好きなアーティスト、好きな楽曲に支払った額が、そのアーティストの次なる作品の資金源になっていることをわかってもらいたくて、あのブログのエントリーを書こうと思ったんです。

ーーそのような問題を強く感じるようになったのはいつくらいからですか?

沖野:僕はかつてフォーライフと契約をし、Kyoto Jazz Massive名義ではソニーから作品をリリースしています。1枚目のソロアルバム「UNITED LEGENDS」は、2006年にジェネオンから発売しているんですが、その当時は制作費に潤沢な予算がありました。2枚目のソロアルバム「Destiny」は、それから5年後の2011年にリリースしたんですが、そこから局面は劇的に変わりました。「Destiny」は「UNITED LEGENDS」の半分の予算で作ることになったんですが、まったくリクープ(回収)できなかった。

 イベントやフェスなどの収入もありますが、制作に費やしたお金が純粋にリクープできるかどうかという意味では、「Destiny」を境にほぼ絶望的な数字に変わりました。世の中的には高い評価を得ながらも、それが次の作品の資金源とはなり得ない。iTunesの総合チャートで3位までいったにも関わらず、制作予算をリクープできない、これは非常に由々しき問題なんです。

20140324-okino3.jpgDJという立場から、音源の重要性を唱える沖野修也氏。

ーー書籍の世界では1~2万円する学術書もありますが、音楽業界はアルバムが3,000円前後で当たり前のように皆が同じ値段で販売し、購入してきました。そもそも、なぜ音楽のCDには価格の弾力性がなかったのだと考えますか。

沖野:根拠のない慣習でしょう。最近ではアルバムの価格が2,000円未満、洋楽に至っては1,000円前後で買えてしまう商品もある。それがヒットすると業界は後追いをする。成功例へ一気に追随することが、音楽業界の“傾向”ですが、そこには決して絶対的なルールはないはずなんです。

ーー最近では、CDにおまけが付いている場合もあって、例えばアイドルのCDでは5,000円前後の限定盤なども増えたりして、だんだん価格の弾力化が進んでいると思います。でも、沖野さんのような「お金のかかった音楽」の値段を高くすることに対しては、まだまだ抵抗感が強いのかもしれません。

沖野:そうですね。あと、お金をかけても、枚数が捌ければ単価は下がると思うんですよ。例えば、「Destiny」のリプレイド盤「DESTINY replayed by ROOT SOUL」は、ダフト・パンクの1/100の予算で作っているんです。僕のロジックでいけば、ダフト・パンクが100倍の制作費でつくっているからといって、100倍の値段で売らないじゃないですか。彼らは売れることを前提にお金をかけているから、リクープできる。でも、僕の場合はたとえダフト・パンクの1/100の制作費でも、おそらくセールスはダフト・パンクの1/1000レベルになってしまうから、リクープできないんですよ。

 つまり、かけるコストの問題プラス、予想される販売枚数が関係してくる。量販店で売られているファスト・ファッションと呼ばれるものは、安価な代わりに量を売るから成立している。でもその分、工場の確保や従業員の雇用、輸送費など莫大なコストもかかっているわけです。反対に、手工業でやってるテーラーは、設備投資をしない代わりに、その対価としてある程度の高額な価格で提供する。僕の抱えている問題は、かけたコストに対する販売数が少ない、ということなんです。

ーーなるほど。そうなると、差し当たって現実的なところでは、値段を上げていくことでペイしていく、ということですね。

沖野:それと単純に制作費を下げること。今回のリプレイド盤は、歌以外はすべて録り直したんですが、オリジナル・アルバムの1/5の予算で制作しているんです。今の時代は悪いことだけではなく、昔はスタジオでしかできなかった作業が、パソコン1台で可能になった、というメリットもあります。レコーディングは『The Room』(沖野氏がプロデュースしているイベント・スペース。通称“タマリバ”)で行い、スタジオすら使っていません。ファースト・アルバムと比較すれば、じつに制作費は1/10に圧縮できています。ただ、オリジナル盤でリクープできていないので、リプレイド盤では若干価格を上げて回収しないといけないんですけどね(笑)。

ーーバンドの世界では、CDの売り上げをあてにせず、日本中のライブハウスを廻って稼ぐ、というスタイルが当たり前になってきています。しかし沖野さんのような音楽家の場合、レコーディング芸術としての“音源”の存在意義も大きいのではないかと。

沖野:音源を無料配布、もしくは無料ダウンロードなどにし、ライブで収益をあげるという人も多い時代ですが、それも一定の人気がないと成立はしません。ドサ回りしてる人でも、ある程度の人気や認知があるからドサ回りできるわけです。それ以前の若手ともなれば、都内でも地方でも地元でも、まったくライブができないし、呼ばれることもない。それは、プロモーターやレコード会社だけの問題ではなく、リスナーも使うお金を最小限に抑えたいので、話題になっている人を厳選しているわけです。見ず知らずの人からフライヤーもらい、観たことも聞いたこともないバンドのライブに行くか? となったら、行かないですよね。なので、僕は音源をタダにしてライブで地方を回ればいい、という考え方には懐疑的です。

 また、録音物は名刺代わりで、音楽本来の生演奏にこそ価値がある、という考え方にも否定的です。DJカルチャー以降、録音芸術としての音楽はライブで再現することは非常に困難なんですよ。ゆえに、音源を無料にしてしまうと、ライブをやらない人はまったく収入がなくなってしまう。かつてはそうだったかもしれないですけど、「録音されたものに価値がない」という考えは、いまの時代にはあてはまらない。

 例えば、ヒップホップ・ミュージックを生ドラムで再現して……というのは、別の価値を見いだすことはできます。でも、レコーディングの質感を出せるかといったら、それは出せないと思うんです。ライブはライブで素晴らしい、録音物にもライブとは違う価値と素晴らしさがある。それは分けて考えないと。どっちが良くてどっちが悪い、という問題じゃないと思うんです。

「『俺らはTシャツ屋ちゃうねん!』って思うことが多々ありますよ(笑)」

ーーライブ偏重の傾向はあるかもしれません。

沖野:音源もタダ、ライブもタダ、みんな本当にそれでいいの? と思っていましたが、最近では音源を買ってもらうためにフリーライブをやる人も増えていますよね。それは面白い試みだと思います。“フリーミアム”という言葉がもてはやされすぎて、みんなそこに活路を見いだそうと、その価値観に寄りすぎている。ならば、それを頑なに拒んで対価を得る人間がいてもいいと思うんですよ。

 もちろん、試聴(視聴)やアルバムの1曲をフリーにする、というのは否定しません。でも、音楽業界関係者と話をしていると、「音楽は無料! ライブも無料! Tシャツで儲けます!」みたいな話が多すぎて、「俺らはTシャツ屋ちゃうねん!」って思うことが多々ありますよ(笑)。音楽家は演奏し、録音物をつくり、それに対するお金を支払ってもらう。それはごくごく自然なことだと思います。

ーー沖野さんはDJ活動もしていますが、DJの収益構造は今どうなっているのでしょう。

沖野:はっきりいって、崩壊していますね。

ーー世界的にも著名なDJが何十億と稼いでいる、という話も聞きますが……。

沖野:ティエストとか本当すごいですよね、年収約22億とか。彼のようなDJこそ、全世界的に起こりつつある有名人崇拝の最たるものです。有名な人はどんどん有名になっていくし、そうじゃない人はどんどん埋もれていく。『フラット化する世界』(トーマス・フリードマン著)でも書かれていましたが、レコーディング作業もメールでやりとりすることが増え、アウトソーシングも普通になり、制作環境は以前と比較してだいぶフラット化しました。でも、情報やマーケティング、アウトプットに関しては、まったくフラット化していない。

 僕もテレビに出演して、辛口で世相を斬るタレントにでもなれば、富が集まってくるかもしれません。その有名税を頼りに音楽を売る、というのもひとつの選択肢だと思います。音楽とはかけ離れた本業ついでに音楽を売るか、それともキックスターター(09年にアメリカで設立されたクラウドファンディングによる資金調達の手段を提供する民間企業)のようにファンに投資してもらうか。もしくは、極限までコストを下げて、少ない枚数でも薄い利益を出すか。今のところはこの3つの方法でしょうね。

 僕の場合は、コストを下げて少ない枚数を捌き、価格を上げるという方法。僕の作品に絶対的な信頼を置いてくださっているフォロワーの方々に、納得してもらえる商品をそれ相応の価格で購入してもらうという感覚です。

ーー実際にブログを書かれてから、沖野さんのファンの方の反応はどうでしたか?

沖野:ありがたいことに「買います!」と言ってもらえました。僕がそれだけお金をかけてやっているということは、逆に告白してよかった、とも感じました。音楽家の立場から「制作費はこれだけかかった」とか、「このアーティストにはギャラをこれだけ支払った」とか言うべきじゃない、という人もいましたが、隠したい人はずっと隠し通せばいいし、それこそ僕はキックスターターなんかに乗り出したときには、明細は提示しなければいけないと思うんです。たとえ個別のギャラを伏せたとしても、必要最低限かかったコストの全体像は見せなくちゃいけない。それに、情報の可視化がファンのロイヤリティを高めることにも役立ったりもするかもしれません。

 これからさらに音楽家の経済事情は難しくなっていくような気がします。だからこそ、アーティストがよりよい環境で音楽制作に没頭できるようサポートしていかなければいけない。それができなければ、クリティブな作品は決して生まれないと思います。
(後編【「音楽の販売スタイルはもっと模索できる」沖野修也が提言する、これからの音楽マネタイズ術】につづく)

(取材・文=編集部)

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