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完成度はディズニーの歴史上随一 “体感型”の『ファンタジア』は映画館で真価が味わえる

リアルサウンド

21/3/21(日) 12:00

 アニメーションの歴史の中で、最も影響力を持ち、世界の誰よりも業界やアニメの表現を変革させてきたウォルト・ディズニー。彼が存命中に主導した数々の傑作のなかで、巨額の製作費を投じてスタジオの能力を最大限に発揮するとともに、ずば抜けて前衛的な試みが行われた劇場アニメーション大作があった。それが、1940年公開の『ファンタジア』である。そんな伝説の映画が、再び日本のスクリーンで3月26日より順次上映される。

デイズニー映画『ファンタジア』予告編(30秒・1)

 アメリカでの『ファンタジア』公開から、およそ80年もの歳月が流れた。第二次世界大戦が始まってすぐだったので、日本で初めて劇場公開されたのは、戦後の1955年。そんな本作を、いまあらためて鑑賞することで驚かされるのは、それほど以前の作品にもかかわらず、いまだにその革新性は健在だということだ。人類が滅びたとして、遺跡を発掘しながら文化史を研究する宇宙人が、もし偶然本作を発見したとしたら、「製作された年代が間違っている」と思うかもしれない。本作はまさに、その時代に存在し得ない物品“オーパーツ”のように感じられる。

 これは、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオにとって初めてのことではない。本作が公開される3年前には、アニメーション表現をはるか先まで更新することになった、世界初の劇場長編アニメーション『白雪姫』(1937年)を、すでに公開しているのだ。

 実写をトレースする技術“ロトスコープ”を利用した実在感や繊細なキャラクターの演技、カメラワークによってシーンが持続することによって生まれる臨場感など、画期的な手法を駆使した『白雪姫』の出来は、あらゆる面において同時代のアニメ作品を数十年置き去りにするほど圧倒的なものだった。この、絵画を動かしたような革命的な内容は、子ども向けの愉快な娯楽や、スラップスティックとしてしか見られていなかったアニメーションが、ここまで豊かな表現力と芸術性を持ち、大人の観客をも感動させる重厚なドラマを作り得るという事実は、世界に大きな衝撃を与えることになったのだ。

 そして、本作が公開される9カ月前には、ディズニーの劇場アニメーション第2作である『ピノキオ』(1940年)が公開されている。可愛らしいキャラクターデザインや、立体感と美学に裏打ちされた美術、水中を表現した特殊効果や、飛び散る水飛沫の迫力など、ここではハイクオリティの絵本をそのまま映像化したような内容によって、再びウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオは、圧倒的な力を見せつけることになった。

 このように、アニメーションの分野において人類の文化発展を自らの手で急激に進めてきたウォルト・ディズニーは、芸術的にも価値の高い娯楽大作を手がけると同時に、より芸術性に特化したマスターピースを作り上げる計画を進めていた。それが、クラシック音楽とアニメーションによる映像を極限までシンクロさせて、これまでにない全く新しい映画体験を提供するという、本作『ファンタジア』だったのだ。

 あのディズニーが情熱を注ぎ込んだ新たな大作ということで、大きな期待を受けて開催されたプレミア上映は盛況となったが、観賞後、観客には戸惑う者もいたという。それは本作が、あまりにも時代の先をいった作品だったからだ。多くの観客は、ディズニーに『白雪姫』や『ピノキオ』のような明快な面白さを求めていたのだ。

 アメリカで初めて公開された当時は、興行的な成功が得られなかったが、それは、このような先進性が広く理解されなかったことや、芸術として評価されるには、まだまだアニメーションに対する偏見があったからだろう。ウォルト・ディズニーは、本作について、「『ファンタジア』は、時代を超えるものだ」と述べている。その予言通り、本作はウォルト・ディズニーの死から3年後、1969年のアメリカでの再上映で、優秀な興行成績を収めている。1990年には、歴史的に重要な映画として、映画作品を保護するアメリカの国立フィルム保存委員会に作品が登録されることになった。

 さて、『ファンタジア』の内容とは、どんなものだったのか。一言で表現するならば、それは、「クラシック音楽とアニメーション映像の融合がもたらす“体感型映画”」である。「音の魔術師」との異名をとるレオポルド・ストコフスキーの指揮のもと、フィラデルフィア管弦楽団が演奏する8つの楽曲に合わせ、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの優れたアニメーターたちが、そこに視覚的な解釈を加えていくのだ。

 最初にアニメーションで表現されるのは、バッハ作曲の「トッカータとフーガ ニ短調」。オーケストラの各楽器の奏でる音色に合わせ、抽象的なアニメーション映像が展開する。雲間から降りてくる陽の光や、水面に反射する光などが幻想的に描かれ、音楽の世界を感覚的に描出していく。アーティスティックなセンスと職人的な技術が、高いレベルで発揮されている、まさに美しい宝石のような映像だ。

 この部分には、実験的なアニメ作品を製作していた、ドイツ出身のオスカー・フィッシンガーの助力を受けている。フィッシンガーが映像作品を作り始めた時代、映画発祥の国フランスでは、映画を使った芸術運動が起こっていた。その一つが、「純粋映画」といわれる取り組みだ。これは、多くの映画作品で表現される演劇的な物語から映画を解放しようという試みである。いまでは、そのような方向性の表現は「ミュージック・ビデオ」や「ビデオ・インスタレーション」などへと受け継がれている部分があるが、ディズニーはそのような映像表現を映画館の大画面と専用の音響設備によって、あたかもオーケストラのコンサートを聴きにいくのに近い感覚で楽しんでもらおうとしたのである。

 これによって、ディズニーは劇映画以外の映画のかたちを勢力的に模索し、スタジオの力を複数のラインに分けながら、芸術の最前線でも力を発揮させようという意図を持っていたことが分かる。その一方で、本作は抽象的な表現を脱し、ディズニーらしいキャラクターを登場させたパートも用意している。象徴的なのが、ミッキーマウスが登場する、フランスの作曲家デュカスによる「魔法使いの弟子」のパートである。セリフはないものの、ここでは唯一、起承転結のはっきりした物語が展開する。

 ここでは、“Disney(ディズニー)”のスペルを逆から読んだ、「イェン・シッド」という、気難しそうな魔法使いが登場。ミッキーが演じる彼の弟子が、魔法使いの留守の間に、修行を怠けて魔法でやりたい放題することで、取り返しのつかない事態となっていく。ディズニーはもともと、「シリー・シンフォニー」という芸術性の高いシリーズにおいて、このエピソードを完成させようとしていたが、思った以上に製作費がかかったことで、本作に合流することになったという。

 この「純粋映画」風のパートと「ミッキーマウスの物語」を両極に、本作は感覚的な世界の表現とキャラクターの魅力という、二つの価値観の間で観客を楽しませていく。チャイコフスキー作曲の「くるみ割り人形」のパートでは、キノコの集団や愛らしい金魚など、可愛らしいキャラクターの仕草に心揺さぶられる。

 さらには、地球の誕生から生物の発生、恐竜の時代を、ストラヴィンスキー「春の祭典」に乗せて描き、ベートーヴェン「田園交響曲」では、ギリシア神話をベースとしたペガサスやケンタウロスの存在する世界の光景が描かれていく。そして最後には、ムソルグスキー「はげ山の一夜」、シューベルト「アヴェ・マリア」の2曲をつないで、ディズニーのキャラクターの中で最も禍々しい存在といえる、悪魔たちのボス“チェルナボーグ”が饗宴を繰り広げる姿と、逆に荘厳な雰囲気の中を巡礼者たちが列をなして歩き、夜が明けていく神々しい光景が描かれていく。

 このように本作は、科学的な視点からの世界の創生、神話の世界、そして旧約聖書における二元論的な世界という、生物史、人類史における根本的な概念を、アニメーションの中で表現している。その挑戦心や志の高さ、見事な完成度は、ディズニーの歴史やアニメーションの歴史の中でも随一といえよう。

 ウォルト・ディズニーは、本作のパートを随時入れ替えながら、いつまでも『ファンタジア』を上映し続けるという、大規模な構想を考えていたという。その企画は実現することはなかったが、本作の意志を受け継いだ劇場作品『ファンタジア2000』(1999年)が、本作の構成を基に、全く異なる曲目で新しい映像を製作しているので、こちらも是非鑑賞してほしい。

 だが先進性やスケール、完成度の点で、『ファンタジア2000』は、本作に及んでいない部分が少なくない。このように技術が発達した近年の作品であっても、本作の表現になかなか到達することができないからこそ、本作の素晴らしさや希少性が、年月を経ることで深く理解されてきているといえよう。子どもの頃に自宅で鑑賞して、いまいち魅力が伝わらなかった人であっても、知識や理解力が深まったことで、本作の印象がガラリと変わるのでないか。

 もちろん、本作『ファンタジア』は、自宅であっても何度でも楽しみたい名作だ。しかし、とくに体感型の作品である本作は、映画館の大画面と大音量の音響設備で集中して味わうことで、真価が味わえるはずである。今回の再上映は、その意味において非常に貴重な機会だといえる。

デイズニー映画『ファンタジア』予告編(30秒・2)

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『ファンタジア』
3月26日(金)より、新宿ピカデリーほか全国順次公開 
製作:ウォルト・ディズニー
監督:ベン・シャープスティーン
指揮:レオポルド・ストコフスキー
演奏:フィラデルフィア管弦楽団
アドバイザー:オスカー・フィッシンガー
脚本:ジョー・グランド、ディック・ヒューマー
ナレーター:ディームズ・テイラー
1940年/アメリカ/カラー/1.33:1/125分/2K DCP/5.1chオーディオ
Photographs (c)2021Courtesy of Disney
(c)Courtesy of Disney
公式サイト:https://www.culture-ville.jp/fantasia

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