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荏開津広の『少年イン・ザ・フッド』評:2020年のベストに必ず選び入れるグラフィック・ノヴェル

リアルサウンド

20/10/2(金) 12:00

 SITE /Ghetto Hollywood による漫画『少年イン・ザ・フッド(1)』(扶桑社)が、9月2日に刊行され、その濃密な内容で話題となっている。90年代の日本のヒップホップシーンの熱狂を現代に伝えるかのようなその作風は、当時を深く知る人物にとってどう映ったのか。ジャパニーズ・ヒップホップの黎明期からシーンを見てきた、ライター/DJの荏開津広のレビューを掲載する。(編集部)【レビュー最後にプレゼント企画あり】

圧倒的な量のレファランスのイメージ群

 SITE /Ghetto Hollywood による『少年イン・ザ・フッド』は、2020年の日本語で書かれ出版された書籍のベストに必ずこれを選び入れる、そう思わせるほどに途中で何度も繰り返し“やったぜ”と呟いてしまう、そんなグラフィック・ノヴェルだ。

 設定されている時は現代、場所は現実に存在するどこかをモデルにしたと読み手が想像することが可能な“小さな川が流れて”いる“見渡す限りの団地”で、 “ぼく”の語りから物語は始まる。

 タイトルにある“少年”が“ぼく”であること、小さな川に沿って見渡す限りの団地である“ぼく”の地元を“フッド ( hood )”と主人公はカタカナ英語で呼んでいること、ぼくのフッドでの冒険は彼がドゥビさんという名前の中年男性と出喰わして始まること――そして、そんな物語の進行も間もない時に挟まれる、圧倒的な量のストリート/サブ・カルチャーへのレファランスのイメージ群。

 成績もルックスも多分に中庸な黒縁眼鏡の主人公が通う高校が、まず組織として2つに割かれているように、幾つもの日本の平凡な都市の周縁に聳(そび)えてるはずの団地と、そこで繰り広げられる青春の物語は、ファッション/音楽(ヒップホップ)/映画など英語のサストリート/サブ・カルチャーのレファランスが飛び交う裡(うち)に、現実には2つ以上の異なり割かれている世界である、例えば日本とアメリカの要素が混じりあって構築されている。第一に、LAはサウス・セントラルの父と子を巡るアメリカ映画『ボーイズ’ン・ザ・フッド』(1991年)に倣い、この物語はタイトルにあるように呼ばれているのだ。

 例えば、『ボーイズ’ン・ザ・フッド』では、主人公の少年を導く父親は後に『マトリックス』でモーフィアスを演じるローレンス・フィッシュバーンで、本作では実在性すら怪しく頼りない理由ですぐに消えてしまう“ドゥビさん”だから、アメリカとアジアの父性へつい考えを馳せる――そのように、ヒップホップ漫画などというレッテルによって生まれる先入観が可哀想なほど、実は様々な方向に『少年イン・ザ・フッド』は楽しめる。

 他にも、SITE/Ghetto Hollywoodは日本のヒップホップのMVのディレクターとしても、AKLO「RGTO」からPUNPEE「タイムマシーンにのって」などなどでも知られており、フィリップ・K・ディックのSF小説『ユービック』の如く、ガジェットが過去と世界を繋ぎながらの成長物語としても似た発想を見ることができる、などなど、いや、実はきりがない。ガジェットの扱いだって、本作で最も重要視されているものの一つはミックス・テープというヒップホップ・カルチャーならでは産物で、確かに消費されるオブジェクトなのだが、挟まれる博覧強記のライター小林雅明氏の解説がないとなかなか一般には通じないという代物だ。本作全体を一部分から即断する解釈は危険なのだ。

 さてここでは、SF性ではなく、ハンター・S・トンプソン原作、テリー・ギリアムが映画化した『ラスベガスをやっつけろ』と、ゴンゾ・ジャーナリズムが1990年代後半の日本のサブ/ストリート・カルチャーに与えた買い戻し不能にさえ思える影響下に、本作もあると記したい。『少年イン・ザ・フッド』が始まってすぐに、しかし徐々にレファランスの一つであった『ラスベガスをやっつけろ』が画面の端から浮上していく。2つに割かれている幾つもの世界が溶け合ってここに存在しているのは、私たちがまず前提として既にゴンゾでサイケデリックな空間にいるからではないか。少なくとも、1990年代の日本のサブ/ストリート・カルチャーがあったのは、グローバル/ローカルな無数のガジェット、サウンドとイメージがばら撒かれている、そんな場ではなかったか。

 思い返せば、ドラッグがストリートに蔓延したのは1990年代後半ではなく、それまでと大幅に事情とやらの変化があったわけでもなく、深作欣二や北野武の映画に描かれているように理不尽な暴力と共にずっと日本社会にあったわけで、だから実はドラッグは問題ではない。ただ、そこへの眼差しを『ラスベガスをやっつけろ』とゴンゾ・ジャーナリズムはあっと言う間に、決定的に変えた。その変化を“サブカル”の隆盛と呼んでもいいだろう。1970年代のアメリカで咲いた徒花がなぜ20年後の日本に大きな影響を与えたのか、それは分からない。

 でも、そんな環境のいる“ぼく”、クラスで目立つメディアにも露出している女子のサカエちゃん、そしてマーシー、ドゥビさんも、多分、実は他の登場人物も、そこで勇気を出して行動し始める。その時『少年イン・ザ・フッド』は、日本のどこかとアメリカのどこか、とか、ドラッグ禍とか、アーティストの固有名自体ではなく、もちろん重要だけれども、そうした諸々をまるで記号のようにおいて、何かが起き始める――描いてある絶望する“ぼく”の表情や、”ファッーク“というネームが堪らなくなってくる。

 私と同世代前後の方にいうなら、岡崎京子の『東京ガールズブラボー』上・下と『ヘルター・スケルター』はもともとトリロジーではないか、仮にそう思ってみると、見えてくることもある。『少年イン・ザ・フッド』は世紀が変わった、その後日談なのかも知れない。

■荏開津広
執筆/DJ/京都精華大学、立教大学非常勤講師。ポンピドゥー・センター発の映像祭オールピスト京都プログラム・ディレクター。90年代初頭より東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、ZOO、MIX、YELLOW、INKSTICKなどでレジデントDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域において国内外で活動。共訳書に『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)。

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