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立川直樹のエンタテインメント探偵

『ル・グラン・ガラ2019』は重力も超えた完璧なアート作品。勅使川原三郎の『幻想交響曲』は、Small but Great!

毎月連載

第30回

『ル・グラン・ガラ2019』(C)James Bort

ひとつの演目が終わるたびに会場にこだまする「ブラボー!」という声と熱い拍手。終了時のスタンディング・オベーション。7月24日と25日の2日間、文京シビックホールで観た『ル・グラン・ガラ2019』の素晴しさは下手な誉め言葉など役に立たない圧倒的なものだった。世界最高峰の実力を誇るバレエの殿堂、パリ・オペラ座バレエ団から人気トップダンサー5名が集結し、気鋭の振付家ジョルジオ・マンチーニが創作した『トリスタンとイゾルデ』と『ヴィーゼンドンク歌曲集』にKOされた『ル・グラン・ガラ2018』を観た時から、次の公演を心待ちにしていたが、前回より3人に増えて8人になったダンサーのパフォーマンスは期待以上のものだった。

Aプロは華麗でありながら、ダンサー泣かせの難解なテクニック満載のルドルフ・ヌレエフ振付の『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『ライモンダ』、ドラマティックを極めたケネス・マクミランの『マノン』やローラン・プティの傑作『プルーストー失われた時を求めて』、バレエのテクニックを極限まで追及し、クラシック・バレエの美学を反転された振付で世界に衝撃を与えたウィリアム・フォーサイス振付の『へルマン・シュメルマン』という多彩な演目。

Bプロはジョージ・バランシン振付の名作『ジュエルズ』とマンチーニ振付で今回が世界初演になった『マリア・カラス~踊る歌声』。見事なテクニックとその美しさで観客を酔わせるドロテ・ジルベールは「8人の優れたダンサーがひとつの作品の制作に集まるのですから、当然、質の高い作品が生まれるでしょう。それぞれが素晴しいので、全員が集まるとオーラが生まれます。1人1人が踊りと感性で自分の色を付け加えるんです。オペラ座のエトワールでもそれぞれに特徴があり、長所もあれば短所もあります。これほど大勢がひとつの作品に集まるのは素敵なことですね。私たちが全員一緒に踊るのはかなり珍しいことなんです」と語っているが、そのパフォーマンスは超絶技巧で、もはや重力も超え、完璧なアート作品になっていた。

アップデイトダンスNo.64『幻想交響曲』 (C)KARAS

そして、ダンス作品ではもうひとつ、勅使川原三郎と佐東利穂子がベルリオーズ作曲の『幻想交響曲』をデュエットで踊った公演が素晴しかった。昨年の秋、フランスのリヨンで、リヨン国立管弦楽団の2018年シーズンのオープニング演目として上演された作品の、勅使川原三郎と創造と発表の場であるカラス・アパラタスでの小規模な公演だったが、終わった途端に“Small but Great”という言葉が頭に浮かんだ。

久石譲によるプロジェクト『フューチャー・オーケストラ・クラシックス』、中屋敷法仁演出、五関晃一主演の『奇子』

あとは軽井沢の大賀ホールで観た久石譲の新しく立ち上げたプロジェクト“フューチャー・オーケストラ・クラシックス”のコンサートも、実際に生で観なければその魅力、凄さがわからない素晴しいもの。作曲家・久石譲ならではの視点で分析したリズムを重視した演奏は「チェンバー・オーケストラにはダンプカーのような大編成オーケストラと違ったスポーツカーのような魅力がある」という本人の言葉通りのもので、ベートーヴェンの交響曲第5番『運命』と第7番が全く違うものに聞こえたが、「時代を超えて現代から未来につなげていく音楽をこのオーケストラと演奏していきたいと思っています」という思いは、初回から確実に形になっている。

『奇子』/撮影:加藤幸広

この2週間もいろいろなものを観たが、手塚治虫生誕90周年記念事業として研ぎ澄まされた演劇感覚と、劇空間を効率的に使う手腕に定評がある中屋敷法仁の上演台本・演出によって舞台化された手塚治虫の70年代前半の漫画作品『奇子』がおもしろかった。主演はA.B.C-Zの五関晃一。ここ数年、ジャニーズ事務所系のアーティストの舞台進出が増えているがかなり難解なアプローチの作品でも、ジャニーズ効果で会場が満員になってしまうのはとてもおもしろい現象だと思うし、それで観る人の知的レベルが上がり、演劇界の人達も新しい挑戦が続けられるのはいいことではないだろうか。開演前に流れていたセミの鳴き声がまだ耳の奥で鳴っている。楽しみな演出家がまた1人増えた。

作品紹介

『ル・グラン・ガラ2019』

日程:2019年7月23日~25日
会場:文京シビックホール 大ホール

アップデイトダンスNo.64『幻想交響曲』

日程:2019年7月13日~21日
会場:カラス・アパラタス/B2ホール
演出・照明:勅使川原三郎
出演:佐東利穂子/勅使川原三郎

『久石譲 フューチャー・オーケストラ・クラシックス Vol.1』

日程:2019年7月18日~19日
会場:東京 紀尾井ホール(18日)、長野 軽井沢大賀ホール(19日)
出演:久石譲 & Future Orchestra Classics
コンサートマスター:近藤薫

『奇子』

日程:2019年7月19日~28日
会場:紀伊國屋ホール
原作:手塚治虫
上演台本・演出:中屋敷法仁
出演:五関晃一/三津谷亮/味方良介/駒井蓮/深谷由梨香/松本妃代/相原雪月花/中村まこと/梶原善

プロフィール

立川直樹(たちかわ・なおき)

1949年、東京都生まれ。プロデューサー、ディレクター。フランスの作家ボリス・ヴィアンに憧れた青年時代を経て、60年代後半からメディアの交流をテーマに音楽、映画、アート、ステージなど幅広いジャンルを手がける。近著に石坂敬一との共著『すべてはスリーコードから始まった』(サンクチュアリ出版刊)、『ザ・ライナーノーツ』(HMV record shop刊)。

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