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日本各地のサッカークラブの存在理由とは? 『フットボール風土記』から考える

リアルサウンド

21/1/1(金) 12:00

 2021年元旦、第100回目となる天皇杯JFA全日本サッカー選手権大会(以下天皇杯)決勝が新国立競技場で行われる。今大会は新型コロナの影響で大会方式が変更され、1回戦から5回戦まではアマチュアチームのみの参加となりJクラブの参加は準々決勝からとなった。天皇杯はプロチームだけでなくアマチュアチームも(日本サッカー協会の第1種登録があれば)予選から参加可能なオープントーナメントだが、第100回大会のベスト8には初出場となる福山シティFC(広島県1部リーグ所属)が勝ち残っている。

 
日本サッカーの裾野は広い。
Jリーグとして知られるカテゴリーはJ1をトップにJ2、J3と続き、その下にJFL(日本フットボールリーグ)がある。その下には全国9地域に分かれた地域リーグ(北海道、東北、関東、北信越、東海、関西、中国、四国、九州)、さらにその下に46の都府県リーグと北海道の4つのブロックリーグが存在する。
福山シティFCはJリーグの下の地域リーグのさらに下、都府県リーグの1部に所属するチームなのだ。


 こうして俯瞰して眺めると日本サッカーの裾野の広さと、どんなに小さなクラブでもトップであるJリーグへの道が険しくとも繋がっていると約束されている環境には大きな夢があることだと感じる。

 そんな日本サッカーピラミッドの裾野を長年見つめ続けた宇都宮徹壱氏の最新作『フットボール風土記』は、北は北海道から南は宮崎までそれぞれの土地に根を張る、または根を張ろうとするサッカークラブを2016年から2020年のシーズンにわたって取材した一冊だ。

 日本サッカーの裾野には社会人主体の企業チームもあれば、Jリーグを目指すクラブチームなどがひしめき合っている。例えば先述した福山シティFCは2017年にできたばかりのチームだが、新型コロナ禍で存続の危機に遭いながらも、「令和的戦略」で解散の危機を回避した。また福島県1部リーグ(本書掲載時。現在はJFL)のいわきFCは県1部リーグで圧倒的な強さを誇っており地元の人気も高く、近代的なクラブハウスや人工芝のグラウンドなどチーム環境が整っている。

 片やデコボコの土のグラウンドの上で2000円ボールで練習し、一度はJFLに昇格するも、親会社の不祥事で岡山県リーグから再出発し現在は中国リーグで戦う岡山県の三菱水島FCのような企業チームもある。

 全国で唯一JクラブがないJ空白県(本書時点:テゲバジャーロは2021年にJ3昇格)である宮崎県では企業チームのホンダロックSCとJリーグを目指すテゲバジャーロ宮崎という複雑に絡み合った2チームがJFLでダービーマッチを戦う。そのJFLで戦う四国のFC今治(2020年からJ3)は元日本代表監督の岡田武史氏が代表となり、日本のトップチームを目指し、またその先の世界までを見据えている。

 Jリーグを目指すチームや企業チームとして存続自体が目標など、様々なモチベーションのチームの姿を本書から知ることになるが、書名となっている“風土記”(地方の歴史や文物を記した地誌のことを指す)が表す通り、他所からは見えなかった地域特有の地元感情も見逃せない。

 FCマルヤス岡崎がある愛知県岡崎市では「三河の中心」という自負があり、名古屋は別の国、同じ西三河の豊田は「成り上がり」のイメージがあるという。また岡崎市の中でも矢作川を越えると別世界という認識があるなど、行政区分だけでは推し量れない東海地方独特の歴史的な地元感情が見て取れて面白い。また宮崎県はプロ野球のジャイアンツのキャンプ地として有名だが、プロ野球のオープン戦やJクラブのトレーニングマッチなどが無料で見られるため、お金を払ってプロスポーツを観戦する習慣が薄いというのも地域性と言っていいのかもしれない。

 そしてJリーグ発足当時からサッカーを見ている人にとっては懐かしい名前が登場する。FC今治代表の岡田武史氏をはじめ、FCマルヤス岡崎には森山泰行選手、元日本代表FWの高原直泰氏がCEO兼選手としてプレーする沖縄SVは、ユニフォームデザインが高原氏が在籍していたアルゼンチンのボカ・ジュニアーズを模し、チーム名のSVはハンブルガーSVから取っている極めて高原直泰色の濃いチームだ。また2018年に若くして亡くなった「読売クラブの守護神」藤川孝幸氏は2015年から北海道の十勝スカイアースの代表として務めていた。日本サッカーの裾野の広さが多くの選手や監督、スタッフの活躍の場となっている。

 ただし読み続けているとどのクラブにも当てはまる言葉が頭に浮かぶ。理想と現実だ。地域の活性化やスポーツ文化の普及と発展など“理想”でクラブチームが立ち上がるわけではなく、まずは「お金」が無いとクラブは立ち上がらない。ホームタウンの支援、地元企業のスポンサード、またはタニマチ的な個人の支援などクラブによって運営は様々だが長期にわたり持続可能なクラブ運営の難しさや課題も本書から見えて来る。

 FCマルヤス岡崎のサポーターは、無理にJリーグを目指さず、市民のあいだで「わが町にJクラブを」という機運が高まることで持続可能な市民クラブとなるだろうと言う。また資金面で余裕が無いクラブでは所属選手の生活面でもスポンサー企業が選手の雇用を世話をし、場合によっては引退後のセカンドキャリアの就職先としても受け入れているところもあるなど、多くの課題や模索を続けながらクラブチームは地域に根を張ろうと努力している。

 サッカークラブが地元にあることの意味とはなんなのかと自問しながら読んでいると、クラブチームがJクラブであるよりも、地元であるがゆえに無条件で応援できるチームが存在することのほうが重要ではないかと思えてくる。そこで思い出したのが地元のサッカークラブがJ2に昇格した年、初めてスタジアムで観戦した時だ。熱心なサポーターが集まるゴール裏から歌声が聞こえた。瞬く間にメインスタンド、バックスタンドの観客たちへと歌が広がり、スタジアム全体が一体となった。その歌は県歌だった。無条件に応援できるチームが存在することに格別の喜びを感じながら、小学生以来歌ったことがなかった県歌を思い出しながら必死に声をあげた。

 同じ町、地域に住みながらそれまで互いに見知らぬ者だった人々に“わが町のクラブチーム”という共通言語が生まれる。長年住んでいた者だけでなく、新しく住み始めた人たちやこれから“わが町”やってくる人々へも分け隔てなく持つことができる共通の言葉。地域の人々を繋ぐことができる存在、それがサッカークラブの意味なのではないだろうか。

 『フットボール風土記』は、日本サッカーの裾野の広さを知ると共に、サッカークラブが持つ可能性に気付かされた1冊である。

※第100回大会は新型コロナの影響で大会方式が変更され1回戦から5回戦まではアマチュアチームのみの参加となりJクラブの参加は準々決勝からとなった。

■すずきたけし
ライター。ウェブマガジン『あさひてらす』で小説《16の書店主たちのはなし》。『偉人たちの温泉通信簿』挿画、『旅する本の雑誌』(本の雑誌社)『夢の本屋ガイド』(朝日出版)に寄稿。 元書店員。

■書籍情報
『フットボール風土記』
著者:宇都宮徹壱
出版社:カンゼン
定価:本体1,700円+税
http://www.kanzen.jp/book/b547343.html

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