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平辻哲也 発信する!映画館 ~シネコン・SNSの時代に~

新作映画をネット上で封切る「仮設の映画館」オープン! 目標は、すみやかな「閉館」

隔週連載

第36回

20/5/10(日)

新型コロナウイルス感染防止による緊急事態宣言下、ネット上にオープンしたのが「仮設の映画館」だ。Netflix、Amazon Prime Videoなど映画を配信するサービスは多数あるが、明確に違うのは、新作映画として劇場公開するはずだった作品を上映し、映画館と収益を分けること。5月2日からはドキュメンタリー作家、想田和弘氏の最新作『精神0』が初日を迎えた。

「仮設の映画館」は、『精神0』の想田監督と配給会社「東風」が協議の上、生まれた仮想映画館だ。コロナ禍で映画館の閉館が続けば、ミニシアターだけではなく、配給会社、製作者も窮地に陥ってしまう。そんな危機感から着想された。

通常、配給会社が配信権を持っていれば、収益は配給会社の取り分となるが、これを全国の映画館で上映したと仮定して、プラットホームの使用料などを引いた後に残る収益を、劇場と配給とで5:5で分配。実際の映画興行と同じ仕組みを採用。独自のプラットホームではなく、オンライン試写などでも使われる映像配信サービス「vimeo」のシステムを使うことで、低コストかつスピーディーな“開館”を実現した。現在、ミニシアター救済のためのさまざまな取り組みがなされる中、ユニークな“映画館”として注目を浴びている。

「(クラウドファンディングで基金を募る)ミニシアターエイドは素晴らしい企画だと思います。既に2億円以上のお金が集まり、いくつかの映画館は潰れないで済むと思います。コロナ禍がいつまで長引くか分からない中、映画館をサポートできないかと考えました」。こう話すのは、このポータルサイトの運営会社「東風」の木下繁貴代表。これまで『人生フルーツ』や『さよならテレビ』など良質なドキュメンタリー作品を多数ヒットに導いた立役者だ。

4月8日にこの構想を発表すると、ムヴィオラ、ユナイテッドピープル、シマフィルム、ノンデライコ、ニコニコフィルム、サンディの7社が参加を表明し、福島県双葉郡広野町の人々の姿を追ったドキュメンタリー『春を告げる町』、マレーシアの名匠ヤスミン・アフマド監督の最高傑作『タレンタイム〜優しい歌』など11作品がラインナップされ、映画館も全国54館(5月1日現在)が参加。作品選びの間口が広くなったことで、より多くのミニシアター映画ファンがアクセスしたくなる仕掛けになっている。

鑑賞料金は映画館の一般料金と同じ1500〜1800円。利用者は上映劇場を選択することから始める。『精神0』の場合は、北は北海道のシアターキノ、南は沖縄の桜坂劇場まで35館。トップページには各劇場の外観、ロビー、ロゴなど写真が並べられていて、劇場名をクリックすると、vimeoの各リンク先に飛ぶ。各ページには、映画館の紹介文、所在地、座席数が掲載されている。支払いにはクレジットカードか、PayPalを利用。TV、PC、モバイル端末、タブレットに対応しているので、ほとんどの人が問題なく観られるはずだ。

「仮設の映画館」特設サイトより

“上映”前には、映画館らしい工夫もある。少しでも映画館の暗闇を想像してもらえるようにと、「オリジナルマナーCM」が流れる。真っ暗闇に、はしごを持って、スクリーンを作るアニメが流れ、「ご来場、誠にありがとうございます。上映中は携帯電話など音の出る電子機器の電源はお切りください。また、上映作品の撮影、録画などは固くお断りいたします」と、映画さながらの“場内アナウンス”が。さらに「もうひとつ、ご来場の皆さまにお願いがございます。状況が改善しましたら、ぜひ本物の映画館に足をお運びください。ここは仮設の映画館です。それでは、最後までごゆっくりご鑑賞ください」。そして、ブザーがなると、上映スタート。このブザーが映画館の雰囲気を醸し出す。

配信前に流れるオリジナルマナーCMより

開館までは「東風」の5人のスタッフがテレワークで作業に当たった。ロゴデザインは映画の宣伝美術を数多く手がけるグラフィック・デザイナー、成瀬慧さんの贈り物。「オリジナルマナーCM」の制作は、映画の宣伝美術や予告編制作などを数多く手掛ける「restafilms」。ナレーション(場内アナウンス)は渋谷のミニシアター「ユーロスペース」の岡崎真紀子さんが担当した。

上映作品『精神0』はベルリン国際映画祭を始め、世界で絶賛された『精神』(2008年)の主人公の一人だった精神科医、山本昌知さんに再びカメラを向けた“続編”。82歳になった山本さんが引退を決める。その理由には、夫婦の愛情物語があったというドキュメンタリー。今年2月のベルリン国際映画祭でエキュメニカル審査員賞を受賞し、ニューヨーク近代美術館Doc Fortnight2020の正式招待作品でもある。

『精神0』
(C)2020 Laboratory X, Inc

仮設の映画館開館後の“興行”はどうだったのだろうか? 「正確な数字はこれからですが、公開から4日間で約1500人の方が観てくださっています。うちの場合は全国一斉公開はやっていませんが、全国35館での興行という形で考えると、正直、物足りない数字ではあります。ただ、鑑賞料金は1800円という高い料金設定をしているので、その中でたくさんの方がご覧になっていただけたことは嬉しく感じています」と木下代表。

「仮設の映画館」はコロナ禍の苦肉の策。その願い、目標は、コロナが終息し、すみやかに閉じることだ。想田監督も同館オープンにあたって「コロナ禍が収束したあかつきには、本物の劇場で『精神0』を改めて公開することを目指しています。そのときはぜひ、“仮設の映画館”でご覧いただいた皆さんも、お近くの劇場に足をお運びいただきたい。そしてオンラインで観るのとは全く別の経験をして、改めて『映画館っていいもんだなあ』と、実感していただきたい。感染リスクを気にすることなく、トークイベントなども思い切りふんだんに実施したいと考えています」などとコメント。仮想の映画館が映画館復活の呼び水になることを願う。

映画館データ

公式サイト

プロフィール

平辻哲也(ひらつじ・てつや)

1968年、東京生まれ、千葉育ち。映画ジャーナリスト。法政大学卒業後、報知新聞社に入社。映画記者として活躍、10年以上芸能デスクをつとめ、2015年に退社。以降はフリーで活動。趣味はサッカー観戦と自転車。

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