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『シュガー・ラッシュ:オンライン』ジェンダーロールから自由に プリキュアとの共通点を探る

リアルサウンド

18/12/28(金) 10:00

※この記事には『シュガー・ラッシュ:オンライン』のクライマックスのネタバレがあります。映画本編を観てから読むことをおすすめします。

 「男の子だってプリキュアになれる」

 12月2日に放送された『HUGっと!プリキュア』(朝日放送テレビ)42話「エールの交換!これが私の応援だ!!」で、男の子のプリキュア「キュアアンフィニ」が誕生したことが大きな話題になった。「女の子だって暴れたい」のコンセプトから始まったプリキュアシリーズは15年の歴史の中で、女の子に対する様々な固定観念を打ち破ってきた。そして、遂に男の子に対するジェンダーロールからの自由を描くようになった。次代を担う子どもたちに向けた作品だからこそ、新しい価値観を積極的に採用する同シリーズの姿勢は素晴らしい。『ズートピア』や『アナと雪の女王』に代表される近年のディズニー作品も、新時代の価値観を反映した作品を積極的に作っている。

 参考:<a href=”https://www.realsound.jp/movie/2018/12/post-295984.html”>なぜディズニー映画の監督は2人必要なのか? 『シュガー・ラッシュ2』監督に真相を聞いてみた</a>

 12月21日に日本でも公開の始まったディズニー映画『シュガー・ラッシュ:オンライン』も、そうした流れに沿う作品だ。そして、それは偶然か必然か、『HUGっと!プリキュア』42話とも方向性を同じくするものだった。本作は暗にこう言っていたように筆者には思えた。「男(の子)だってプリンセスになれる」と。

・プリンセスのコードの変遷
 
 『少女革命ウテナ』(1997年放送)という作品がある。王子様に助けられた幼い女の子、天上ウテナは、王子様に憧れるあまり自分も王子様になる決意をする。中学生となり全寮制の学校に進学したウテナは、「薔薇の花嫁」と呼ばれる少女、姫宮アンシーを巡る決闘に巻き込まれる。アンシーを守るため、ウテナは決闘に挑み続けるが、同時にそれはお姫様を守る王子様になるということでもあった。

 ウテナは最終的には王子様になることができずに物語は終わる。「王子様ごっこになっちゃってごめんね」という痛切なセリフが胸を打つ素晴らしい作品だった。

 王子様はお姫様を守るもの。言い換えれば、王子様になるには守るべきお姫様が必要。そして、お姫様になるには助けてくれる王子様が必要。王子様とお姫様には明確に役割が存在し、長らくそれは表現コードとして定着していた。『少女革命ウテナ』はそのコードを自覚的に破ろうと試みた先進的な作品だった。

 ディズニー作品にもこうした強固なコードが存在している。萩上チキの著書『ディズニープリンセスと幸せの法則』によると、ディズニーは年代ごとに異なるプリンセスコードを持っているとし、それぞれコード1.0/2.0/3.0と3つに区分している。

 コード1.0は『白雪姫』や『眠れぬ森の美女』といった、王子様の助けを待つ「美しく従順で働き者」な女性像だ。受動的な姿勢で王子様の助けを待つのがプリンセスの物語上での役割だった。

 荻上によると、80年代後半から新たなプリンセス像が提示されたという。王子様の助けを待つだけでなく、自ら行動し、王子様を見つけに行くプリンセスが登場した。『リトル・マーメイド』のアリエルや『美女と野獣』のベルなどが代表的なキャラクターで、これがコード2.0だ。

 コード2.0の時代には、『アラジン』のジャスミンや『ポカホンタス』、『ムーラン』など非白人のプリンセスも登場した。2009年には初の黒人プリンセスのティアナ(『プリンセスと魔法のキス』)も登場している。

 受動的な1.0から能動的な2.0に変わっても、プリンセスは常に恋する女であり、王子様役が必ず登場した。男装して戦うムーランでさえ彼女が恋をする王子様役が存在する。『少女革命ウテナ』の脚本家、榎戸洋司の言葉を借りれば、「王子様というのは、女の子がお姫様になるために必要な装置」(『少女革命ウテナ脚本集』下より)であった。

 それがディズニープリンセスにおいて始めて覆されたのは、『アナと雪の女王』だ。この作品にはディズニー史上始めて2人のプリンセスが登場する。姉妹のエルサとアナはそれぞれ別々のプリンセス像を提示している。妹のアナは行動的で、コード2.0のプリンセス像に近く、クリストフという王子様役もいる。対してエルサは、一人で氷の城に閉じこもる。閉じ込められたプリンセスというと、コード1.0に近いようだが、彼女を助けに来るのは王子様ではなく妹のアナで、王子様役の男性キャラが存在しない。2017年日本公開の『モアナと伝説の海』のモアナも恋をしないプリンセスだった。これがコード3.0だ。

・ドレスを捨てる「プリンセス」ヴァネロペ
 
 『シュガー・ラッシュ』のヒロイン、ヴァネロペは正式にはディズニープリンセスのメンバーではない。公式にプリンセスと認定されているのは14人で、本作にはその14人が総登場する場面があるのだが、まずヴァネロペはどういうタイプのヒロインなのか、おさらいしよう。

 ヴァネロペはお菓子のレースゲーム「シュガー・ラッシュ」のお姫様である。ヴァネロペ自身はその記憶を奪われており、キャンディ大王の策略によってゲームのバグだと思い込まされている。他のプレイヤーからも厄介者扱いされる孤独な存在だが、ラルフの活躍で大王の野望が暴かれ、実はゲーム世界のお姫様であることが、前作の最後に明かされる。

 いつもの私服からお姫様のドレスに衣装が変わり、お姫様である自分を取り戻したヴァネロペは、しかしそのドレスを脱ぎ捨て、いつもの私服姿に戻ってしまう。その方が自分らしいから、という理由で。

 『アナと雪の女王』の女王のテーマソング「Let It Go(ありのままで)」を思わせる行動だが、プリンセスの象徴とも言えるドレスを捨ててしまうヴァネロペは、だからこそプリンセス以外のものにもなれる自由を獲得したとも言える。プリンセスがプリンセス以外のものになれる可能性を示したという点で、ヴァネロペはコード3.0の発展形と言っていいかもしれない。

 そんな彼女が続編である本作で、歴代ディズニープリンセスに遭遇する。そこでのやり取りは、上述したようなプリンセスコードをパロディにした、コミカルなやり取りだ。そして、ヴァネロペは歴代プリンセスのようにミュージカルパートで歌ったりもする。

 一方、そんなプリンセスよりもヴァネロペが心酔するのが、新キャラクターのシャンクだ。彼女は、マッドマックスのような世界のレースゲーム「スローターレース」の凄腕ドライバーでワイルドな革ジャン身を包み、屈強な男たちを従えている。どの歴代プリンセスにも当てはまらない、ワイルドな魅力を放つシャンクは、リッチ・ムーア監督曰く「ヴァネロペの未来の可能性」だそうだ。(参照:https://animeanime.jp/article/2018/12/21/42253.html)

 ディズニー自身がこうしたシーンを描くのは、パロディとは言え、なかなかすごいことではないかと思う。世界中の女の子の憧れであるディズニープリンセス全員と会っておきながら、ヴァネロペはシャンクの方により強く惹かれてしまうのだから。そればかりか、プリンセスたちがヴァネロペに触発されてドレスから私服に着替えたりもする。パロディとしてもユニークだし、より自由で多様なあり方を提示した見事なシーンだった。

・ラルフだってプリンセスになれる?
 
 本作のプリンセスに対する挑戦はそれだけにとどまらない。冒頭に示した「男(の子)だってプリンセスになれる」をクライマックスでやってのけるのだ。

 物語の終盤、ピンチに陥ったラルフは14人のプリンセスたちに助けられる。この時、ラルフはなぜか白雪姫のドレスを着せられ、意識を失いベッドに横たわったところをカエルの王子様にキスされて目覚めるのだ。

 ここで筆者は『HUGっと!プリキュア』を思い出さずにはいられなかった。19話「ワクワク!憧れのランウェイデビュー!?」でキュアエールが「男の子だってお姫様になれる」と言い、42話では男の子がプリキュアになった(プリキュアのジェンダーロールに関してはkasumi氏の記事を参照してほしい)。

 コミカルな描写として描かれているあたり、プリキュアに例えればキュアゴリアくらいの意味合いのシーンなのかもしれない。とはいえ、男がプリンセスになれる可能性をわずかでも提示した意義は大きいのではないか。前作ではヴァネロペという少女がドレスを脱ぎ、今回はラルフという男がドレスを着るという鮮やかな対比の構造になっている。

 『シュガー・ラッシュ』は出自にとらわれず、自由に生きることの大切さを描く作品だ。ゲームの悪役として生まれたラルフは、前作の大冒険の末、ヴァネロペだけのヒーローになった。本当はプリンセスであるヴァネロペもおてんばな1人の女の子として生きる道を選んだ。職業や生きる場所だけでなく、続編の本作では性別の規範からの自由も描いた。蛇足にも、焼き直しにも陥らず、的確なアップデートを果たした見事な続編だ。 (文=杉本穂高)

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