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ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(7)柊キライ、Kanariaら2020年の活躍と今後のシーンに寄せて

リアルサウンド

20/11/8(日) 12:00

ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(6)syudouと煮ル果実の功績、YouTube発ヒット曲の定着 から続き)

 2020年の最重要ボカロPとしては真っ先に柊キライが挙げられるだろう。2019年1月10日投稿の「ビイドロ」でボカロPとしての活動を始めた柊キライは、同年8月19日投稿の「オートファジー」でヒット。2020年4月26日投稿の「ボッカデラベリタ」は自身最大のヒットを記録する。この楽曲は2020年7月6日に放送されたNHK Eテレ『沼にハマってきいてみた』の「ボカロ沼」特集で「何度もリピートして聴きたい曲」という投票制ランキングの第3位にランクイン(参照:Twitter)。若年層から熱烈な支持を受けていることが伺われる。

ボッカデラベリタ / 柊キライ feat.flower

 柊キライはぬゆり以降のエレクトロスウィングの文脈に登場したボカロPであるが、「ボッカデラベリタ」にエレクトロスウィング色はあまりなく、強いて言えばエレクトロの入ったポップス/ロックといった具合。ワブルベースとオーケストラヒットの目立つイントロ、トラップ的なハイハットの目立つAメロ、EDM的なビルドアップ-ドロップ構成を援用した1番のサビ、対してジャージークラブ的なリズムになる2番のサビと、クラブミュージックを中心に様々なジャンルの要素が取り入れられている印象を受ける。エレキギターも随所で用いられており、ワブルベースとレイヤーされている点は非常にユニークだ。これに対して比較的エレクトロスウィング色の濃いヒット曲が2020年1月3日投稿の「エバ」だ。ボカロシーンにおいてエレクトロスウィングはブラスの有無よりも速めの2ビートやシャッフルのリズムなどによってジャンルが規定される節がある(ぬゆり「フィクサー」がわかりやすい)が、この楽曲はまさにそのフォーマットに沿ったもの。一方でワウのかかったピアノのような音色や、Bメロにおける歌詞と同期したオーケストラヒットなどは独自の感覚を演出することに成功している。

エバ / 柊キライ feat.flower

 2020年において最も鮮烈なデビューを果たしたのはKanariaだろう。2020年5月10日投稿の第1作目「百鬼祭」は箏のような音色が目立つ和風ポップスだが、BPM71の低速で重々しいビートや朴訥としたシンセベースを用いることにより、都節音階などとは違った方法である種のおどろおどろしさを演出している印象を受ける。この楽曲は順調な再生数の伸びを見せ、16日にはMARETUがリミックスを、18日にはSouが歌ってみたを投稿。一躍注目のボカロPとなった。影響を受けたアーティスト/ボカロPについては明確に語っていないものの、Twitterのフォロー欄を遡るとMARETUと羽生まゐごを最初にフォローしていることがわかる。羽生まゐごは和楽器を取り入れたポップスを得意とするボカロPで、「百鬼祭」の作風的にもKanariaに影響を与えた可能性は十分にあるだろう。

【初音ミク】百鬼祭【Kanaria】

 8月2日投稿の第2作目「KING」は2020年10月現在YouTubeで500万再生、ニコニコ動画で100万再生を超え、今年を代表するボカロ曲と言っても過言ではないほどの人気楽曲だ。1番のAメロ以外の全てのパートで同じコード進行が用いられている他、メロディにおいてもトラックにおいてもBメロとサビが(リズムの変化はあれど)シームレスに繋がっており、転調やブレイクなどによって「ここからサビ」感が演出されがちなヒットボカロ曲においてはやや特異な印象も受ける。また、エレキギターも用いられてはいるものの、基本的に目立つのはシンセや電子的なビートとなっており、柊キライと併せてロック一強のボカロヒットチャートが完全に去ったことを実感できる楽曲でもある。この非ロック的な感覚を考慮し、先に特異と述べた構成を「連続的」な手法と捉えれば、Orangestarの植え付けた感覚の延長にある楽曲と言えるかもしれない。VOCALOIDの英語ライブラリに日本語詞を歌わせることによって独特の崩れた歌い方が演出されていたり、全体で約2分と短い尺である点も特徴的だ(尺に関しては2018年にデビューし、1分ジャストの楽曲を複数ヒットさせたすりぃを先駆に位置付けることも可能だろう)。

【GUMI】KING【Kanaria】

 この他にもChinozo、Peg、wotaku、john、獅子志司、SEVENTHLINKS、マイキP、シャノン、Aqu3raなどの新人ボカロPがここ1、2年でミリオン級のヒットを記録。着実に新世代の人気ボカロPが生まれている。またこの一方で、第3回で名前を挙げた てにをは も2020年2月7日投稿の「ヴィラン」で自身最大級のヒットを記録。この楽曲における最も特異な要素はサビで現れる極端に歪んだスネアだろう。もはややりすぎとも言えそうだが、音が鳴っている時間は短いのでダーティーになりすぎることはなく、エレピやピアノなどと組み合わさることにより独特のハイファイ感が形成されている。スネア以外にも電子的な音色のビートが目立ち、この楽曲はsyudouや煮ル果実などによるビート志向な楽曲のヒットの延長にあると捉えることもできる。特にBPM102とミドルテンポで、オルタナティブロック的なギターが多く含まれている点など、煮ル果実「ヲズワルド」との共通点は少なくないだろう。現時点においてニコニコ動画でミリオン再生された2020年投稿のボカロ曲は「ボッカデラベリタ」「KING」「ヴィラン」の3曲となっており、そのどれもが将来ボカロ曲の歴史を見ていく上で重要な楽曲になっていてもおかしくないものだ。

ヴィラン / flower・てにをは (villain/ flower・teniwoha)

 ここからは少し趣向を変えて「ボカロっぽさ」の先端も見ていこう。筆者が「ボカロっぽさ」の一つの(突然変異的な)到達点として推したいボカロPが、2018年2月14日投稿の「終末のお天気」でボカロPとしての活動を始めた、いよわだ。同年12月14日投稿の「水死体にもどらないで」はこれまで当連載に登場してきた不協和なリード、メロディの急な跳躍、リリースカットピアノ、3連符のBメロ(厳密にはサビ前。ビートも変わっているので少し例は異なる)といった要素が多分に取り入れられながらも音楽性はあくまでもポップス。音数や手数は非常に多く、DTM初心者が思いのままに打ち込んだ(いよわの場合はリアルタイムで録音したものを用いているようだが)ようにも聴こえる混沌っぷりだが、破綻することはなく不思議と統制が取れている。同時代の音楽シーンを見渡してみても類を見ないポップネスと未聴感だろう。

水死体にもどらないで / 初音ミク・flower

 2019年11月10日投稿の「IMAWANOKIWA」は比較的すっきりした編曲ではあるが1番終わりの間奏~2番Aメロのピアノなどはやはり異質で、16分音符の早口歌唱や過剰な高音、サビでの転調(C→E)などの要素も見られる。「ボカロっぽさ」に内在する過剰性は見方を変えれば「わかりやすい≒キャッチー」ではあるのだが、ここまでの次元でポップスとの融合を果たしたボカロPはいよわ以外に存在しないように思う。この楽曲は現在YouTubeで約50万再生と、いよわの楽曲としては最多の再生数を誇る。第1回で触れた「先鋭的な楽曲もヒットすることができる土壌」としてのボカロシーンが未だ健在していることも示す楽曲だ。

IMAWANOKIWA / いよわ feat.初音ミク

 2016年2月22日投稿の「秘密音楽」でボカロPとしての活動を始めた稲葉曇も是非ともここで紹介したい。メロディにおける短6度の上昇や完全5度、8度(オクターブ)の反復、あるいはディストーションのかかったポエトリーリーディング的なパートなどは本人も多大な影響を公言しているwowaka(ヒトリエ)を彷彿とさせるが、半音単位で動くシンセリフや細かく切り刻まれた(エディットされた)ギターなどは独自色が非常に強い。現在最も再生されている2018年2月27日投稿の「ロストアンブレラ」はBPM274の高速ロックで、サビで急に転調(Am→Cm)、完全8度以上の跳躍や半音が盛り込まれ、休符や繰り返しも少ない複雑なメロディが約12秒で過ぎ去る先鋭的な楽曲だ。

稲葉曇『ロストアンブレラ』Vo. 歌愛ユキ

 ギターのエディットという点においてはかいりきベアと共に括ることもできるが、かいりきベアが複数の奏法を接着してフレーズの複雑性を高めていることに対し、稲葉曇はどちらかと言えばカッティングの延長/拡張とも取れるようなリズム志向の用法で、両者のスタイルは少し異なる印象を受ける。2020年7月16日投稿の最新曲「ラグトレイン」はサビ頭で音高が下がるメロディが特徴的なBPM147のポップロックで、YouTubeの再生数はすでに200万を超える。現在大きな注目を浴びるボカロPの一人にして「wowakaフォロワー」の最前線だ。

稲葉曇『ラグトレイン』Vo. 歌愛ユキ

 第5回で触れた、刻むように鳴らすリリースカットピアノを用いてヒットの兆しを見せているのが2020年2月29日投稿の「kanata」でボカロPとしての活動を始めた立椅子かんなだ。16分音符の早口歌唱やギターのエディット、Just the Two of Us進行などのこれまで触れてきた要素も用いる他、現在投稿されている楽曲の動画版の尺は全て2分20秒以内(Twitterに投稿可能な尺。実際に立椅子かんなは動画サイトへの投稿と同時にTwitterにもフル尺で投稿している)と、すりぃ~「KING」の流れとも同期している。影響を受けたボカロPとしてツミキとjohnを挙げていることからも直近のボカロ曲に大きな影響を受けていることが伺われるが、リリースカットピアノにおける短いリフを徹底的にループさせる用法や、ピッチベンドも用いたフレーズは非常に個性的だ。今後に要注目のボカロPの一人だろう。

kanata / KannaTateisu feat.flower

 この他にもIDONO KAWAZU、楽園市街、FLG4、ど~ぱみん、雨乃こそあど、えいぐふと、アオワイファイ、吐息、tamon、BCNO、higma、Δ、ive、r-906、椎乃味醂、柊マグネタイト、Noz.、youまん、ゐろは苹果、卯花ロク、葵木ゴウ、不眠症、虻瀬、なきそ、香椎モイミなどのボカロP達が独自の作風と質を両立させ、頭角を現して来ている。これらのボカロPにはエレクトロニックミュージックの流行と同期した楽曲も多く、その中でもエレクトロスウィング的な要素は目立つ。もはや最新型の「ボカロっぽい」音楽の一つと言えるだろう。

 全7回を通してボカロシーンの音楽的な流行の変遷を追ってきた当連載であるが、これまで概観してきたものはボカロシーンのごく一部であることは強く主張しておきたい。ほとんどのボカロPはメインストリームから外れて活動しており、シーン内の流行に左右されない人物も多い。彼ら/彼女らがいて初めて「ボカロシーン」は成り立つのだ。そこには多種多様なバックグラウンドを持った様々な音楽がある。これまで何度か指摘してきた「アマチュアの音楽が広く聴かれる」というボカロシーンの性質には、「千本桜」に代表される単発での特大ヒットという意味も当然含まれるが、それ以上にアマチュアによる楽曲群が第三者によって厳選されることなくユースカルチャーとして定着したという点こそが本当の意味でのボカロシーンの特異な性質ではないだろうか。

 この「ボカロシーン」は様々な要素が奇跡的に絡み合った結果に形成されたものだろう。初音ミクの人間とは異なった響きの声がアニメキャラクター的なビジュアルと紐づいたこと、公式のキャラクター設定が最小限に留められていたこと、ブームの中心地となったニコニコ動画にタグ機能があったこと、発売とニコニコ動画の隆盛のタイミングが重なったこと、歌ってみたなどのカルチャーと紐づいたこと、そして多くのボカロPに用いられたこと。このどれか一点でも欠けていたとしたら、初音ミク/VOCALOIDは一過性の局所的なブームに留まっていた可能性は高い。YouTubeの台頭によりマイナーな楽曲が認識されにくくなるということは前回述べたが、最近ではボカロP・ちいたなが発起人となりTwitter上に「#vocaloPost」というハッシュタグも登場している。まだニコニコ動画のタグほど使用率は高くないが、今後より普及していけばシーン全体を見渡せるほどまでの重要なタグとなるかもしれない。また、YouTubeやbilibiliなどに存在する海外のボカロシーンには当連載で述べたものとは別の歴史が存在するし、そもそも「ボカロ曲」というラベルが貼られていないVOCALOID使用曲も多い(元々の開発目的としてはこちらの方が自然だろう)。繰り返しになるが、当連載で取り上げたものはVOCALOID使用曲のほんの一部の歴史に過ぎないのだ。

 様々な変化を経て現在、ボカロ曲は以前にも増して広く聴かれている。今後シーンがどのように変化するのかは誰にもわからない。シーンという枠組みを保ったまま音楽的にも人口的にもより大規模になることもあり得るだろうし、逆に各々の音楽ジャンルに帰属し始め、シーンが解体されることもあり得るだろう。ただ確かに言えるのは、2007年の日本に新しい音楽シーンが誕生し、多くのアマチュアミュージシャンが頭角を現したこと、それを見て多くの人物が音楽を始めたこと、その流れが後続の音楽にも大きな影響を与えたことなのである。

■Flat
2001年生まれ。音楽を聴く。たまに作る。2020年よりnoteにてボカロを中心とした記事の執筆を行う。noteTwitter

ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察

・(1)初音ミク主体の黎明期からクリエイター主体のVOCAROCKへ
・(2)シーンを席巻したwowakaとハチ
・(3)kemuとトーマ、じんが後続に与えた影響
・(4)n-bunaとOrangestarの登場がもたらした新たな感覚
・(5)ナユタン星人ら新たな音楽性の台頭
・(6)YouTube発ヒット曲の定着
・(7)2020年の動向と今後

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