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満島ひかりの演技の細部を出演作とともに追う 『江戸川乱歩短編集』では明智小五郎役に

リアルサウンド

21/3/25(木) 10:00

「音を探す演技」

「パティ・スミス、ノーランズ、ランナウェイズ、ジョーン・ジェット、プリテンダーズ、ポスターは全部女だ。ただ一人、男はカート・コバーン。超愛してる。あとの男は、最低!」

 部屋の壁に貼られたロックスターたちのポスターにヨーコ(満島ひかり)のヴォイスオーバーが重なる。『愛のむきだし』(園子温監督/2009年)は、カート・コバーンとキリスト以外のすべての男を敵視する女子高生ヨーコを、タイトルどおり全力の“むきだし”で演じた満島ひかりの原点として、多様に示唆的な要素を含んでいる。後年、同じく園子温作品の『ヒミズ』(2012年)で、二階堂ふみが泥まみれになりながらリミッターを振り切った演技を披露したように、満島ひかりは、園子温作品の中で、感情を爆発させ、アクロバティックなアクションを駆使することで、劇中に流れるゆらゆら帝国の曲名(「空洞です」)に倣うかのごとく、心身を極限にまで擦り減らし、空洞化させていく。まるで心と体を空洞化させたその先にあるものをつかむためであるかのような“むきだし”な身振りは、どこか求道者のようですらある。このことは、満島ひかりが作品の持つ「音」を、この頃から演技に引き寄せていたこと、探求していたことを証明しているのかもしれない。後年、『海辺の生と死』(越川道夫監督/2017年)のインタビューの中で満島ひかりは、脚本やプロットを読んで作品の中に光や音を見つけていくことを語っている。

「変身と待機」

 『愛のむきだし』に続いて満島ひかりの評価を決定的にした『川の底からこんにちは』(石井裕也監督/2010年)では、人生における「待機」に多くの時間が割かれている。自分のことを「中の下の女」と評価するヒロイン佐和子(満島ひかり)は、東京で上司からみじめな扱いを受けるが、そのことに対して不当に感じつつも、同時に、状況を当然のように受け止めてもいる。なぜなら自分は「中の下の女」だから。田舎に戻った佐和子を待ち受けていたのは、都会には都会の地獄、田舎には田舎の地獄があることで、そしてその地獄の本質を石井監督は、都会も田舎も根本的に同じ本質として描いている。佐和子の停滞する時間は、汲み取り式のトイレの糞尿を肥料として撒く日々の中で、肥料の栄養を蓄えた一輪の花が咲くというささやかな幸せに支えられている。

 またこういった日常は、『愛のむきだし』でヨーコが言っていた「透明な戦争」(岡崎京子の言葉でいう「平坦な戦場」)の空洞にも通じている。そこからのしじみ工場の再生という急激に前向きな展開で、佐和子は「変身」を果たす。『愛のむきだし』と『川の底からこんにちは』には、「変身と待機」が主題として描かれており、それゆえに「変身」の際の満島ひかりのトランスした演技のコントラストの陰影がドキュメントであるかのような、生きた印象を残す。この技術はまったく別の形で以後の作品に昇華されていく。物語が始まる以前に「変身」を余儀なくされた、またはそれを受け入れたヒロインたちに。

 たとえば、ドラマ『カルテット』(2017年/TBS系)でチェロ奏者のすずめ(満島ひかり)は、父親の企てで超能力少女としてお茶の間に売り出され、世間にインチキ呼ばわりされた過去を隠していた。いつも笑顔だけど自分のことだけは決して話さない大人になったすずめが、真紀(松たか子)に問い詰められて、話を逸らし続ける食堂のシーンの演技(ここで真紀がすずめに語りかける「泣きながらご飯を食べたことがある人は、生きていける」は名台詞だ)。または、シングルマザーを描いたドラマ『Woman』(2014年/日本テレビ系)で、「母親という人格」を受け入れながら貧困の中を懸命に生きるヒロイン小春(満島ひかり)が、自分を捨てた実母(田中裕子)に向かって「母親として当然のことをしているだけで、大変とか、いろいろとか、そういうのないです」と語るシーン。何かをひた隠しにしながら、むきだしにしているような、あるいは、むきだしにしながら、何かをひた隠しにしているような、感情の焦点に不調和を呼び込むここでの満島ひかりの演技は、ヒロインの抱えるバックグラウンド=物語を見事に表象している。

「型の美しさ」

 『シリーズ江戸川乱歩短編集』(2016年~)で、探偵明智小五郎を演じる満島ひかりは、その少年にも少女にもなれる特性を生かして、それぞれの作品で男性と女性を自在に行き交う。中でも、菅田将暉と共演した佐藤佐吉の演出による「心理試験」(2016年)は、男装の満島ひかりの自由な身振りとポーカーフェイスを貫く菅田将暉の抑制された演技のぶつかり合いが見事に調和した傑作だ。本作に限らず、満島ひかりは、身に纏う衣装からキャラクターを自分に引き寄せていることがよく分かる。それは満島ひかりにとって、作品から聞こえてくる音を探すのと同義のことなのだろう。

 綾野剛と共演した「夏の終わり」(熊切和嘉監督/2013年)で、昭和クラシックな衣装を身に纏った満島ひかりは、言葉の使い方やイントネーション、身振りに至るまで、その感性を丁寧に細部に宿していく。満島ひかりという感性を介することで、音楽や衣装、小道具に物語が生まれていく。『カルテット』のチェロを弾く構えを思い出してもいいように、満島ひかりの「型」は美しい。その意味で、同じく『シリーズ江戸川乱歩短編集』の「お勢登場」(2018年)の、和室の天井から吊り下げられたハンギングチェアに座り、チュールレースを頭に纏った未亡人お勢(満島ひかり)をモデルのようにポージングさせた佐藤佐吉の演出は、圧倒的に正しい。

MONDO GROSSO / ラビリンス

 また、コレオグラフィに導かれた満島ひかりの「型」の美しさが、これ以上ない形で披露されたMONDO GROSSOのPV「ラビリンス」は、ウォン・カーウァイが描く夜のような色彩の香港のストリートで踊る満島ひかりを、カメラがひたすら追いかける傑作だ。ここでの満島ひかりのしなやかなダンスには、その瞬間に彼女がいることを引き寄せるライブ感がある。このライブ感は、満島ひかりが数々の作品で披露してきた感情の焦点への「ゆらぎ」と符合する。

「笑い上戸の星」

 ドラマ『太宰治短編小説集』(2010年)(NHK BS2)の「カチカチ山」は、本読み~リハーサル~本番の舞台という三部構成が、スリリングなライブ感を生み出していく意欲作だ。いわば満島ひかりによる『彼女たちの舞台』。後年、ドラマもバラエティもすべてが生放送だったテレビの創世記が舞台の『トットてれび』(NHK総合)で、生放送ならではのハプニングに対して、次々と気の利いたアドリブで乗り切っていく黒柳徹子を演じた満島ひかりの、あのスリリングなライブ感と通ずるところがある。

 『トットてれび』は、劇中で「テレビジョン=遠くを見る」と解説されるように、新しく入ってきたテレビ文化というものにワクワクしていた大衆の遠い夢(=テレビジョン)を、21世紀の現在から見る遠い夢として二重の意味で描いた傑作だ。満島ひかりは、黒柳徹子の持つ、カラッカラに明るい「永遠のお嬢さん」を体現する。

 黒柳徹子役として、しゃべってしゃべってしゃべり倒す満島ひかりと、彼女の他愛のない話を聞き流すでもなく、その早口でまくし立てられる声を、あたかもBGMであるかのように自然に耳に入れる向田邦子役の美村里江や渥美清役の中村獅童の抑制された受けとめ方も見事だ。向田邦子や渥美清は、黒柳徹子の話の内容よりも、しゃべっている黒柳徹子そのものを愛していることが、こちらに伝わってくる。しゃべってしゃべってしゃべり倒すことが、やがて心地よい音楽であるかのように聞こえるとき、彼女が話し相手を失った風景には、その静けさだけが痛切に広がっていく。昭和のテレビジョンを飾ったスターたちの幻影の前で、彼ら彼女らに先立たれた悲しみを振り切るかのように踊る黒柳徹子=満島ひかりの美しさに涙する。

 また、黒柳徹子が渥美清と最後に会った日、いつもどおりしゃべり倒す黒柳徹子の話に、天を仰ぎ、大笑いしているようにも大泣きしているようにも見える表情で受けとめる渥美清=中村獅童の演技が素晴らしい。「永遠のお嬢さん」を体現する満島ひかりへ向けられた最高の演技上の「反射」だ。黒柳徹子のことを「(山の手の)お嬢さん」と呼んだのは渥美清だけだった。『トットてれび』において、満島ひかりは、黒柳徹子の声と型を自身に引き寄せ、カラッカラに明るい笑いと、しなやかな身体のリズムを構築・再構築することで、誰も見たことのない「永遠のお嬢さん」像を獲得する。しゃべってしゃべってしゃべり倒す、カラッカラに明るい音声が残したせつなさ。満島ひかりは、大笑いと大泣き、喜びと悲しみを同じ地平の演技として探究する。『トットてれび』でも描かれた、黒柳徹子が渥美清にお互いに駆け出し時代に贈ったサン=テグジュペリ『星の王子さま』の一節こそ、満島ひかりが表現してきたものにふさわしい。笑い上戸の星を見上げる、その背景に隠された深い悲しみを思う。

「だから、きみが夜、空をながめたら、星がみんな笑っているように見えるだろう。すると、きみだけが、笑い上戸の星をみるわけさ」

■宮代大嗣(maplecat-eve)
映画批評。ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、キネマ旬報、松本俊夫特集パンフレットに論評を寄稿。Twitterブログ

■放送情報
シリーズ江戸川乱歩短編集Ⅳ『新!少年探偵団』
第3回「妖怪博士」
BSプレミアムにて、3月25日(木)19:00~19:29放送
演出:古屋蔵人
出演:満島ひかり、麿赤兒、菅原永二、高橋來(「高」はハシゴダカが正式表記)、善雄善雄、藤原颯音、YOUほか
制作・著作:NHK、テレコムスタッフ
写真提供=NHK

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