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Netflixはなぜ圧倒的な成功を収めたのか? 「結果がすべて」の冷徹な人事戦略

リアルサウンド

20/12/21(月) 14:32

 Netflixってなんであんなに広まったんだろう? と思う人は多いだろう。Netflixの内幕を書いた本で邦訳が出ているものは4冊。これらがそれを考えるヒントをくれる。4冊をざっと紹介すると以下になる。

1)Netflixで人事を取り仕切っていた(現在は退社)パティ・マッコードの『NETFLIXの最強人事戦略~自由と責任の文化を築く~』。

2)DVDレンタルビジネスで世界最大を誇ったブロックバスターを新興のNETFLIXが打ち破った過程を生々しく描いたジャーナリストのジーナ・キーティングによる『NETFLIXコンテンツ帝国の野望 GAFAを超える最強IT企業』。

3)現CEOのリード・ヘイスティングスに半ば追い出された初代CEOマーク・ランドルフが創業からIPOまでを綴った『不可能を可能にせよ!Netflix成功の流儀』。

4)ヘイスティングスが、名著『異文化理解力』を書いたINSEAD教授エリン・メイヤーとともにNetflixの独特な人事施策(社員の休暇日数は指定しない、上司の承認のようなプロセスを極力排除してスピード感をもって現場で意思決定できるようにすると同時に結果を出せなければ容赦なく切る)を国際展開するにあたり、どんなフレームワークを使ってローカライズしているのかを記した『NO RULE世界一自由な会社、NETFLIX』。

 1のマッコード本と4のヘイスティングス本は重複が多く、どちらか一冊読めば十分だ。

 2のキーティング本と3のランドルフ本も、Netflixが今のように動画ストリーミングサービスに移行する以前のDVDレンタルビジネス時代時期を扱う点で重なっている。

 ライバルのブロックバスター側の取材も踏まえて全体像を捉えるか(キーティング本)、当事者の視点で見るか(ランドルフ本)という違いはあるが、これもどちらか一冊でいいだろう。

 本から探ろうとすると「Netflixがサブスクリプションモデルのストリーミングサービスに移行してからどんなマーケティングをしてきたのかを知りたい」という、おそらくもっとも需要のありそうな部分については直接的には見えない。

 ただ、組織づくりや創業ストーリーから今につながる特異さをみいだすことはできる。

結果を出せそうな人間には自由な権限と巨額を投資(うまくいかなければさよなら)

 マッコードやヘイスティングス本で繰り返し説かれるのは、

・ハイパフォーマーだけ集めた組織を作って権限を与える
・社内調整や上司の承認のようなプロセス、ルールは極力省略
・カネは出すが口は出さずにチャレンジ推奨
・中途半端な結果しか出せないなら早めに切る

ということだ。

 こうなった理由は、業績不振でリストラしたあと残った人間だけで仕事を進めたときに「あれ? 前よりスムーズに仕事ができるぞ」とヘイスティングスたちが気づいたことにある。

 たとえひとりあたりの人件費は高くなっても、才能ある人間だけを集めて自由にやらせたほうが、そこそこの人間をたくさん集めるよりよほど仕事が回る、と。

 したがって、Netflixでは上長が「引き留めたい」と思う人材以外は切られていく。

 これはかつて「経営の神様」と言われたジャック・ウェルチがGE経営者時代(1981~2001)に「1番か2番になれない事業からは撤退する」と言って業績を挙げる一方、容赦なく人切りを実行していったことを思わせるシビアさだ。

 これは対クリエイターに言われていることとも通じている。

 Netflixはデータ重視の経営で知られているが(いかにして同社がデータサイエンティストを集めて経営に反映していったのかについては2のキーティング本に詳しく書かれている)、クリエイターに対して細かく数字を元に口出しするようなことはしていないと言われている。

 正確には、『ハウス・オブ・カード』成功の理由についてCEOヘイスティングスの本4には「フィンチャーを起用したことに尽きる」と書いてあり、ジャーナリストのキーティングの本2では「ビッグデータを使ったマーケティングに基づく制作のおかげだ」というNetflix内部の人間の発言が引かれており、どっちが正しいのかわからない。

 ただ映像制作者のインタビュー記事などを合わせて読むと、ヘイスティングスの言っていることのほうが真実に近いのではないかと思う。

 同社の徹底したデータ活用はあくまで、いかに顧客を獲得するか、ユーザーに作品をどう提供するかというto C(対顧客)部分に対してであり、大手映画会社などとは異なり、クリエイティブ部分(作品づくり)にやたらと制約やチェック、承認プロセスを何重にも設けているわけではないらしい。そしてドラマでもパイロット版をつくるくらいならシーズン1全部作らせてしまう、と。

 しかし、期待した成果が得られなければ容赦なく打ち切る。

 それがスピード感のある経営と制作につながっている。

従業員は「家族」ではなくスポーツのような「チーム」(だから適応できなければ切る)

 Netflixは当初、店舗型DVDレンタルを展開するブロックバスターに対してオンラインでDVDを郵送するレンタルビジネスを展開、「延滞料がいらない」と謳って定額のサブスクリクションモデルを打ち出すことで急伸し、ブロックバスターがオンラインレンタルに乗り出すと巨額の赤字を垂れ流しながらつぶし合いを繰り広げてついに勝利した。

 しかし、ヘイスティングスは早くから「DVDレンタルはあくまでストリーミングへの移行のための布石にすぎない」とにらんでいた。

 ブロックバスターに勝つとオンラインレンタル料金の値上げをしたうえに「クイックスター」という会社にレンタルサービスを分社化。

 これにはDVDレンタルサービスの長年のファンから猛反発を喰らってもう一度Netflix本体に吸収することになり、しかし、結果としてはオンラインレンタル事業の縮小・撤退は早まり、クイックスターに移籍した古残スタッフは100人単位で失職した。

 人事の責任者マッコードの本1には、環境や事業が変化したら今いるスタッフに任せるのではなく外から人材を採用し、変化に適応できない人には十分な退職金を払って去ってもらう、その方がお互いにとってWIN-WINだ、と書いてあるが、2キーティング本を読めばわかるように、現実にはヘイスティングスの早すぎる判断の尻拭いを従業員がさせられていたりもする。

 ヘイスティングスもマッコードも自身の本ではきれい事を書いているが、キーティングやランドルフの本でわかる、Netflix創業からIPOまでの社内外とのゴタゴタや切った張ったを見ていくと、「ヘイスティングス、サイコパスなのでは?」と思うほど、結果を出せない事業や人間に対して冷徹だ(一方で、自分のミスや思い込みを正してすぐに軌道修正する実直さもある。ただ彼は何度失敗しても今のところ追い出されておらず、特権的な地位にいることは間違いない)。

 その冷徹なスタンスをヘイスティングスは「われわれは家族なのではなくチーム。プロスポーツで結果が出せなければ契約が切られるのと同じ」と語る。

 ただ創業から何年も苦労を分かち合ってきた人間たちに対しても「これからはストリーミングに力入れてくんで、バイバイ」ということを容赦なく実行できる――しかも実際やったあとはDVDレンタル時代のNetflixの熱狂的なファンであるブロガーなどにぶっ叩かれているが意に介していない――。

 ここにも「プロセスはどうでもいい(から極力シンプルにする)、結果がすべて」というNetflixの精神が現れている。移り変わりの早いビジネス環境の変化に適応するべく、その時々に圧倒的なハイパフォーマンスを出せる人を採り、必要なくなれば積極的に早めに切って新陳代謝していく。これがNetflixの強さを生んでいる。

 Netflix関連本を読むと、おそらく10年後、20年後にこの会社は今のような事業を中心にしていないのではないか、と思わされる。そういう意味では「ストリーミングサービスに移行してからどんなマーケティングをしてきたか」などという話は本質的ではない。Netflixとはどんな組織なのか、その体制・方針はいかにしてできたのか――つまり、本で読んでわかることのほうがよほど重要だ。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

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