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タランティーノは1969年ハリウッドを“音楽”でどう描いた? 選曲に見るカルチャーの交わりと変遷

リアルサウンド

19/9/19(木) 7:00

 クエンティン・タランティーノの最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』では、落ち目の俳優、リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)と彼の専属スタントマン、クリフ・ブース(ブラッド・ピット)、そして悲劇の女優として記憶されるシャロン・テート(マーゴット・ロビー)が過ごした1969年8月のハリウッドの様子が徹底的なこだわりで再現されている。

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 「ぼくが子どもの頃、母さんが運転する自動車の窓から観たロサンゼルスの風景がこの映画の原点だ。ぼくはそれをCGなしで再現した」(パンフレットのインタビューより。ただし、タランティーノがロスに引っ越してきたのは1971年)。

 まるでオープンワールドゲームをプレイしているかのように、観客を1969年8月のハリウッドに誘うのは、細部まで作り込まれた1969年のハリウッドの風景と、膨大な映画・ドラマの引用をはじめとする様々なカルチャーの断片、そして間断なく流れ続ける音楽だ。ロック、ポップス、映画・ドラマのサウンドトラック、そしてCMソングに至るまで、クレジットによるとその数は約60曲にものぼる。

 タランティーノ映画は、音楽の使い方にこそ味がある。ここではその代表的な数曲について、シャロンを中心にストーリーとどのように絡み合っていたのか触れてみたい。

 オープニングを飾るのは、Roy Head & The Traitsの「Treat Her Right」。黒人ばりのソウルフルなシャウトと派手なダンスパフォーマンスが人気を博したブルーアイドソウルシンガーのロイ・ヘッドによる1965年の大ヒットナンバーだ。The Beatlesの「Yesterday」と互角にチャート争いをした曲として知られている。「今から話をしようか」という歌い出しが、「ワンス・アポン・ア・タイム~(昔むかし)」というおとぎ話のような映画のオープニングにぴったり。

 映画界の若き俊英、ロマン・ポランスキーと彼の恋人、シャロン・テートが旧式のオープンカー、MG−TDでさっそうとパーティーに出かけるシーンで流れる「Hush」は、「Smoke on the Water」などで知られるハードロックバンド、Deep Purpleが1968年にリリースしたデビューヒット(この曲はハードロックサウンドではないけれど)。「彼女はいままで付き合った子のなかでも最高なんだ」という歌詞が、シャロンの横顔と重なるが、これはポランスキーの偽らざる気持ちだろう。なお、Deep Purpleは1969年3月までアメリカツアーを行っていた。

 シャロンが寝室でかけていたレコードは、Paul Revere & The Raidersのアルバム『The Sprit of 67』の「Good Thing」と「Hungry」。シャロンは部屋に入ってきたジェイ・セブリング(エミール・ハーシュ)に音楽の好みをからかわれてしまうが、Paul Revere & The Raidersはアイドル的な人気を誇ったバンドで、60年代後期はThe Monkeesとティーンの支持を二分していた(ビートルズは別格)。余談だが、沢田研二が在籍したThe Tigersが初めてテレビで演奏したのは彼らのヒット曲「Kicks」だった。

 Paul Revere & The Raidersとシャロンとポランスキーのカップルとは深いかかわりがある。バンドのプロデューサーを務めたテリー・メルチャーはシャロンとポランスキーの友人であり、彼らが住んでいたハリウッドの高級住宅地、シエロ・ドライブの邸宅の前の住人だったのだ。カルト集団を率いたチャールズ・マンソンは自作の曲で歌手としてデビューすることを夢見ており、自身の後見人だったThe Beach Boysのデニス・ウィルソンにメルチャーを紹介してもらった。マンソンはメルチャーの家を訪れたこともあったが(劇中、マンソンがメルチャーの家を訪れて、セブリングに「テリーとキャンディはもうここに住んでいない」と言われる。キャンディとは、メルチャーの恋人だった女優のキャンディス・バーゲン)、結局、レコードデビューの夢がかなうことはなかった。メルチャーは関心を示したが、レコード会社が拒絶したという説もある。

 マンソンはメルチャーを逆恨みし、信者たちに彼の家に住む者の皆殺しを命じたが、そこにはすでにメルチャーの姿はなく、そのかわりに住んでいたのがシャロンであり、シャロンは勘違い殺人の犠牲者になった――というのが通説である。なお、映画評論家の柳下毅一郎氏は、マンソンの本当の動機は黒人と白人の人種間最終戦争(マンソンは「ヘルタ―・スケルター」と呼んでいた)の加速であり、土地勘のあったハリウッドの豪邸を狙った無差別殺人だったと指摘している(パンフレットより)。

 シャロンの家で、友人のアビゲイル・フォルジャー(サマンサ・ロビンソン)がピアノで弾き語りをしていたのは、1960年代を代表するフォークグループ、The Mamas & the Papasの「Straight Shooter(ひたむきな恋)」。実際にシャロンの家にはこの曲の楽譜が残されていたという。原曲はかなりロック色が強い。

 シャロンは、The Mamas & the Papasのメンバーとも面識があった。シャロンとポランスキーがプレイボーイマンションでのパーティーに出かけた際、シャロンが「キャス!」と声をかけた赤毛の女性がメンバーのキャス・エリオット(レイチェル・レッドリーフ)だ。また、ハリウッドのトップヘアスタイリストだったセブリングが自分の顧客だったスティーブ・マックイーン(ダミアン・ルイス)が話しているときに隣にいる女性は、同じくメンバーのミシェル・フィリップス(レベッカ・リッテンハウス)である。なお、マックイーンは殺人事件のあった夜、シャロンからディナーに誘われていた。

 The Mamas & the Papasの代表曲が「夢のカリフォルニア」という邦題で知られる「California Dreamin`」。1960年代半ばに花開いたカウンターカルチャーを象徴するような曲だと言っていいだろう。1965年にリリースされ、当初はなかなか火がつかなかったが、曲によってカリフォルニアに注目が集まるにつれて売れ行きを伸ばし、66年にはビルボード4位に入る大ヒットとなった。劇中ではクリフが車で牧場から帰るとき、夕暮れのハリウッドの風景とともに流れる。

 形通りの大人になることなく、自由を愛し、音楽を愛し、戦争を嫌った若者たちによる文化は、温暖なカリフォルニアで育まれた。ヒッピーと呼ばれる若者たちは、結婚に縛られない自由恋愛を提唱し、コミューンを形作った。それと同時にハリウッドの古臭い映画産業は時代遅れのものになる。リックとクリフはその象徴的な存在だ。一方、カウンターカルチャーの落とし子がカルト集団のマンソン・ファミリーだった。1969年8月、信者たちがシャロン・テートと友人のアビゲイルら5人を殺害。若者たちのカウンターカルチャーも平和を愛するフラワームーブメントも雲散霧消した。

 劇中で流れる「California Dreamin`」は、盲目の歌手、ホセ・フェリシアーノによる哀愁ただようカバーバージョン。カリフォルニアの夢の残骸におくる、鎮魂歌のように響く。多幸感あふれるおとぎ話、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の中でも特に印象に残るシーンとなった。(大山くまお)

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