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中川右介のきのうのエンタメ、あしたの古典

遅ればせながら『君の膵臓をたべたい』に、はまっている

毎月連載

第3回

18/9/12(水)

『君の膵臓をたべたい』 (C)住野よる/双葉社 (C)君の膵臓をたべたい アニメフィルムパートナーズ

 遅ればせながら、というか、いい歳をして、『君の膵臓をたべたい』に、はまっている日々である。

 原作がベストセラーであること、映画も大ヒットしたことは知っていたが、あざといタイトルと、よくある「難病もの」だというので敬遠していた。だが先日テレビで、実写版映画『君の膵臓をたべたい』(月川翔監督)が放映されたのを観て、はまってしまったのだ。

 翌日、原作小説(住野よる著、双葉社)を買って読み、AmazonのPrime Videoで映画をさらに3回観て、マンガ版も読み、9月1日に公開されたばかりの劇場用アニメ版も観た。結末どころか、物語の展開も、セリフも覚えているが、それでも何度も観たくなる、不思議な物語なのだ。

 吉永小百合主演の『愛と死をみつめて』や、アメリカ映画『ある愛の詩』、最近では『世界の中心で、愛をさけぶ』と、「難病もの」映画は周期的に生まれて大ヒットする。

 「若くして死ぬこと」を望む女性も、「親しい女性が死んでしまうこと」を望む男性もいないはずなのに、若い女性が病死するフィクションが繰り返し作られるのはなぜだろう。そういう形でしか「純粋な恋」は完結しないと分かっているから、「ありえない」「ひとつの理想」として、人々はこういう物語を求めるのか。

 『君の膵臓をたべたい』はたしかに「難病もの」ではあるが、「病気の告知」で当人や周囲が衝撃を受けて嘆き悲しむシーンはない。そういう時期はとうに過ぎたところから、物語は始まる。そして、いよいよ弱っていき、危篤となり、枕元で最後のお別れをして、という「臨終の場面」もない。映画の中では終盤まで「涙」は出てこない。「お涙頂戴」ものではないのだ。

 物語のある時点で彼女が亡くなることは、大半の読者・観客は予め分かっている。いわば予定された「悲劇」へと2人の物語は向かっていくが、その予想を裏切って(伏線は張られている)、思わぬかたちで、彼女は唐突にいなくなる。
 「難病もの」だったのが、そうではなくなるのが、この物語の新しさのひとつだ。

『君の膵臓をたべたい』通常版
価格:Blu-ray 4700円+税/DVD 3800円+税
発売元:博報堂DYミュージック&ピクチャーズ
販売元:東宝

「君」という二人称から生まれる恋愛・青春物語の新しい形

 「恋愛もの」としても、『君の膵臓をたべたい』は通常とは異なる。
 主人公の2人の高校生は「恋人でも友だちでもない」、「仲良し」という関係なのだ。「男女間に友情はありえるか」という近代以降の男女が抱える問題を、2人は簡単に乗り越えている。

 残された時間のなさが、「恋人」同士になるのをためらわせているとも言えるが、もともとの2人の資質でもある。「ハグ」はしても、それ以上には進展しない。

 小説は「僕」の一人称で書かれており、その「僕」の名前が読者に分からない書き方は、叙述トリックになっている。映画での2人は、互いに「君」と呼び合い、名前では呼ばない。これが、映画ではラストの軽い衝撃への伏線にもなっている。小説はもう少し込み入っているのだが、映画は「君」で通しており、いい脚色だ。

 小説が出版されたのは2015年6月、映画の公開は2017年7月で、その間の2016年8月に新海誠監督の『君の名は。』が公開されている。
 時期からして、小説には『君の名は。』の影響はないだろうが、『君の膵臓をたべたい』もまた「君の名」の物語でもあるのだ。

 2作以外にも、最近の青春映画は『四月は君の嘘』『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』『君と100回目の恋』など、タイトルに「君」とあるものが多い。
 「君」というのは、どことなく距離感のある二人称だが、それが流行しているのは、互いに「君」と呼ぶ関係が潜在的に求められているからなのだろうか。

住野よる『君の膵臓をたべたい』(双葉社刊)

文学少年・少女が主人公になり得る時代の到来か

 小説『君の膵臓をたべたい』は、「図書委員の物語」、「小説が好きな少年の物語」でもある。小説が売れた理由はそこにあるのではないだろうか。

 本を買う人は、当然のことだが、中学・高校時代から本を読んでいる。この小説は、男女を問わず、そういう小説ばかり読んでいた人たちに「自分の物語」として受け入れられやすい。

 春春もの・学園ものの定番は、何かの目標に向かっていく物語だ。そこでは運動部や吹奏楽部、演劇部などが舞台となる。いずれも全国大会という分かりやすい目標があるし、映画化した場合も、「活動」が描きやすい。本を読んでいるだけの高校生なんて、「絵」になりにくい。たとえ美少年・美少女だとしても、本を読んでいるシーンなど、映像にしたら数秒しかもたないだろう。

 『君の膵臓をたべたい』の「僕」は休み時間も、ひとり、本を読んで過ごしている。放課後は図書委員として本の整理をする。

 しかし、こんな本好きの少年を主人公にしながら、小説『君の膵臓をたべたい』では彼が読んでいる本は具体的に示されない。映画もそれを踏襲し、彼の部屋の本棚はちらっと見せるが、彼が「いま読んでいる本」はカバーがかけられていて何の本か分からない。

 ところがアニメ版では、1冊だけだが、彼が読んでいる本を示してしまう。これはいい演出とは思えない。少なくとも私は、「彼はその本を読まないだろう」と違和感を抱いた。

 小説と映画で、具体的に示される唯一の本が、サン=テグジュペリの『星の王子さま』だ。ヒロイン・山内桜良が読んだ数少ない小説として出てくる。「僕」はこの小説のことを知っているが、まだ読んだことがない。だから、内容については書かれない。

 小説でも映画でも、2人がこの小説の内容について語ることはない。その意味では、扱いの難しい『星の王子さま』をモノとしての本=小道具として使いきった映画は見事だった。
 だがアニメでは『星の王子さま』のイメージが引用されてしまう。これは残念だ。

 さて、月川翔監督の最新作『響 -HIBIKI-』では、図書委員会ではなく文芸部が舞台となる。
 文学少年・文学少女が、青春ものの主人公となる時代が到来したのだろうか。

作品紹介

『君の膵臓をたべたい』(実写版)

2017年7月28日公開
配給:東宝
監督:月川翔
出演:浜辺美波/北村匠海

『君の膵臓をたべたい』(アニメ版)

2018年9月1日公開
配給:アニプレックス
監督:牛嶋新一郎
声優:高杉真宙/Lynn

『君の膵臓をたべたい』(単行本)

発売日:2015年6月17日
著者:住野よる
双葉社刊

『響 -HIBIKI-』

2018年9月14日公開
配給:東宝
監督:牛嶋新一郎
声優:平手友梨奈/アヤカ・ウィルソン/柳楽優弥/小栗旬/北川景子

プロフィール

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)

1960年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社アルファベータを創立。クラシック、映画、文学者の評伝を出版。現在は文筆業。映画、歌舞伎、ポップスに関する著書多数。近著に『海老蔵を見る、歌舞伎を見る』(毎日新聞出版)、『世界を動かした「偽書」の歴史』(ベストセラーズ)、『松竹と東宝 興行をビジネスにした男たち』(光文社)など。

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