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池上彰の 映画で世界がわかる!

『映画 太陽の子』―“日本の原発開発”の裏にある若者たちの葛藤

毎月連載

第38回

8月に入ると、6日は広島、9日は長崎が、それぞれ原爆忌。日本は唯一の被爆国であることを思い起こす日が続きますが、その日本も第二次世界大戦中、密かに原爆開発を進めていたことは、意外に知られていません。この映画は、そんな秘話を元にしています。

1938年12月、ドイツの物理学者がウランの核分裂現象を発見して学術誌に発表します。これを読んだアメリカの科学者は、これを元にドイツが「原子核爆弾」を開発したら大変だと考え、ドイツより先に完成させようと考えます。こうしてアメリカでは国家プロジェクトとして開発が始まりました。暗号名「マンハッタン計画」です。1942年10月にルーズベルト大統領が計画を承認し、イギリスやカナダからも物理学者を呼び寄せ、総勢13万人による大々的な研究がはじまりました。

一方、日本はアメリカに遅れること1年半、1940年4月に陸軍が調査を開始します。東京帝国大学の研究者に「原子核爆弾」の開発が可能かどうかを相談。可能であるとの回答を得て、1941年4月、理化学研究所に研究を依頼しました。

この研究は責任者の仁科芳雄氏のカタカナの頭文字「ニ」から「ニ号計画」と呼ばれました。陸軍とは別に海軍は、1941年11月になって、京都帝国大学の荒勝文策教授を中心とするグループに研究を依頼しました。こちらの研究は1945年になって「F研究」として本格化します。Fはfission(分裂)の頭文字でした。

若き研究者たちの葛藤と国のために戦う若者たちの思い

この映画は、京都帝国大学の研究の様子を描いています。

アメリカは巨大プロジェクトとして、国家を挙げて開発に邁進したのに対し、日本は陸軍と海軍が別々にひそかに研究していたのです。これでは敵うはずはありません。

自然界に核分裂を起こすウラン235は0.7%しか存在しません。残りは核分裂しないウラン238です。そこでウラン235の濃度を高めれば、「原子核爆弾」が製造できます。

では、濃度を高める、つまりウランの濃縮はどうやればいいのか。これは映画の中で説明されていますが、ウランをいったんガス化し、遠心分離機を使ってウラン235と238を分離すればいいのです。ウラン238の方が、中性子3個分重いからです。

とはいえ、中性子3個分の差など、ほんの僅か。それだけ高性能の遠心分離機を作るのは至難の業でした。

映画では、柳楽優弥演じる学生ら研究者たちが、手探りでウラン濃縮の方法を研究します。そのためにはウランが必要。陶器の釉薬に使われる硝酸ウランまで入手する奮闘ぶりが描かれます。

戦争が激化すると、文系の学生は学徒出陣として戦地に向かいますが、理系の学生は徴兵を免除されていました。研究室の学生たちは、そんな自分たちの立場に葛藤を抱く一方、自分たちの研究が成功すると、殺人兵器を作り上げてしまうことに恐れを持ちます。

この原子核爆弾開発の様子を縦糸とすると、横糸は、柳楽優弥と、その弟を演じる三浦春馬、それにふたりの幼馴染を演じる有村架純と心の交流です。戦争が終わったら、何をするのか。有村は夢を語りますが、柳楽と三浦は、語るべきものを持っていません。

今は亡き三浦春馬が、心に傷を負った陸軍の航空兵を熱演しています。

私たちは、原子核爆弾の開発競争に勝利したのがどこの国か知っています。それだけに、若き研究者たちの葛藤と、「お国のために」と決意する若者たちの思いは心を打ちます。

この映画は、広島にウランを濃縮させて製造された原子核爆弾が投下された8月6日に劇場公開されます。

掲載写真:『映画 太陽の子』
(C)ELEVEN ARTS Studios / 2021「太陽の子」フィルムパ―トナーズ

『映画 太陽の子』

8月6日(金)全国ロードショー

監督・脚本:黒崎博
出演:柳楽優弥/有村架純/三浦春馬/イッセー尾形/山本晋也/ピーター・ストーメア/三浦誠己/宇野祥平/尾上寛之/渡辺大知/葉山奨之/奥野瑛太/土居志央梨/國村隼/田中裕子

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。

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