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『マイ・ブロークン・マリコ』の平庫ワカ、初期作品集『天雷様と人間のへそ』の完成度に驚き

リアルサウンド

21/3/16(火) 10:00

 先ごろ(3月12日)、第24回文化庁メディア芸術祭の受賞作品が発表され、マンガ部門の新人賞に、平庫ワカの『マイ・ブロークン・マリコ』が選ばれた(注)。

注……同作のほか、『スインギンドラゴンタイガーブギ』(灰田高鴻)と『空飛ぶくじら』(スズキスズヒロ)の2作品が新人賞を受賞。

驚きの「完成度」

 『マイ・ブロークン・マリコ』は、突然、親友の「マリコ」の死を知ったOL・シイノが、暴力的な父親からその遺骨を奪い取り、かつて彼女が「行きたいな」といっていた岬を目指して旅立つ物語だ。シイノの回想(=マリコとの思い出)を作中の要所要所に巧みに挿入することで、「もういない人に会うには 自分が生きているしかない」(ある登場人物のセリフより)というテーマを見事に浮き彫りにしたこの作品は、2019年7月に『COMIC BRIDGE』で第1話が公開されるやいなや、口コミで目の肥えた漫画読みたちの注目を集め、単行本が刊行された2020年には、その年を代表する漫画作品のひとつになった。

 さて、その『マイ・ブロークン・マリコ』の作者・平庫ワカの作品集が、3月8日に発売された。『天雷様と人間のへそ―平庫ワカ初期作品集―』というタイトルのその作品集には、(副題どおり)MFコミック大賞で新人賞を受賞した表題作のほか、レアな初期作品の数々(高校時代の習作も含む)が主に収録されている。

 その多くは、(無理矢理まとめてしまえば)『マイ・ブロークン・マリコ』と同じ「生と死の物語」であり、少々荒削りではあるが、やはり平庫ワカは最初から平庫ワカであった、というほかない。とりわけ注目すべきは、表題作の『天雷様と人間のへそ』であり、新人賞受賞作(応募作)とは思えないほどの「完成度」がこの作品にはある。

※ 以下、短編『天雷様と人間のへそ』の内容について触れている箇所があります。未読の方はご注意ください(筆者)

『マイ・ブロークン・マリコ』発表後の作品も

 『天雷様と人間のへそ』は、ある日、突然、大切な人を失ってしまった者の物語だ。そういう意味では、『マイ・ブロークン・マリコ』と同じ骨格を持った作品だといえなくもないが、こちらの物語はこの国にまだ侍がいた頃の話――さらにいえば、超自然的な存在が出てくる時代ファンタジーである。

 主人公は、身寄りのない子供たちを集め、手習塾を開いている一田宗次郎という青年。ある時、この宗次郎が燕十三郎という剣豪を雇ったことで、物語は動き出す。

 宗次郎の母(実の母ではなく育ての親)は、かつて「天雷様」によって連れ去られており、彼は、ある秘策を練って、十三郎と子供たちとともに、奪われた母を取り戻そうとしているのだった。しかし、激しい落雷と豪雨のなか、ようやく対峙することのできた「天雷様」が、宗次郎に告げたのは……。

 「復讐の物語」、あるいは「奪還の物語」という意味では、宗次郎の作戦は失敗に終わるが、彼がこの「戦い」を通して何も得なかったわけではない。

 かつて、血のつながっていない母は、少年時代の彼にこんなことをいった。「あなたには私がついてますよ」と。その時、肩にかけてくれた優しい母の手の温もりを、彼は生涯忘れることはないだろうが、その時の彼女と同じ行為を、彼は知らず知らずのうちに、身寄りのない子供たちにしていたのであった。

 ある場面で、宗次郎は、十三郎にこんなことをいう。「(母は)私に残された唯一の人なのですから」

 それに対して、無精髭を生やしたむさ苦しい剣豪は、こう答える。「“唯一”じゃねぇだろう…」

 そういう意味では、この物語は、「喪失の物語」ではなく、血のつながっていない「家族」が心でつながっていく、「再生の物語」だと考えたほうがいいだろう。

 また、巻末に収録されている『ホット アンド コールドスロー』は、初期作品ではなく、『マイ・ブロークン・マリコ』発表後に描かれた比較的新しい作品(2020年8月に公開)。これもまた、新たに「家族」が作られていく物語だといえなくもないが、出産を前にした若い夫婦の葛藤を描いた作品といえば、奇しくも、今回の文化庁メディア芸術祭のマンガ部門で優秀賞を受賞した、山本美希の『かしこくて勇気ある子ども』と比較可能な物語でもある。

 いずれにせよ、平庫ワカと山本美希という、時代を代表する鬼才ふたりが、同じような時期に同じようなテーマを選び、かつ、それをそれぞれの味で料理しているのを見れば、漫画という表現の自由さと奥深さを改めて実感することができるだろう。

 なお、『天雷様と人間のへそ』の巻末広告によると、平庫ワカの最新作、『海里と洋一』が、今年の夏から『COMIC BRIDGE』で連載開始予定とのこと。こちらにも期待したい。

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。Twitter

■書籍情報
『天雷様と人間のへそ―平庫ワカ初期作品集―』
平庫ワカ 様
715 円(税込/電子版)
公式サイト

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