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秋吉久美子 秋吉の成分

好奇心とインスピレーションで旅程が生まれる

全10回

第8回

20/11/6(金)

美人の秘境を目指してプロペラ機で飛ぶ

のんきなインド一人旅がちょっとした冒険旅行になって行ったのは、面白いきっかけなんです。カルカッタのごはんも手ごろな値段で食べられるカフェのようなお店にいたら、お隣にいたインド人の女性が凄くきれいだった。私はきれいな女の人を見ているのが好きなんですが、この人はちょっとずば抜けて美人だったの。あれは鳶色の瞳というのか、グレーとブルーとブラウンがミックスされたような蠱惑的な色の瞳。佇まいも品格があって素敵でした。しばらくするとそこへご主人と男の子が入ってきて、完璧な理想の家族です。

その美女にどこから来たのかと尋ねたらシムラーからだという。それでシムラーに行ったら、こんな麗しい美女や理想の家族がたくさんいるのかなと思って、私はすぐに行ってみたくなって『地球の歩き方』のシムラーのところに印をつけた(笑)。そしてさらに本で調べると、シムラーのあるインド北部方面にはダラムサラがあって、そこでダライラマのお正月の法話会が催されるという。これはもう行ってみるしかないと、デリーからプロペラ機でシムラーへ飛んだんです(笑)。あのプロペラ機は、どうやって予約したのでしょうね。人間 やればできる。(笑)

ところが、飛行機がシムラーの山の上にあるローカル空港に着いたら、降りたのは私ひとり。面白いのはそういうプロペラ機がバスみたいにローカル空港に降りては数人ずつ降ろして行くんです。そしてシムラーのバスターミナルくらいの大きさしかない空港が、私が出たとたんにガラガラとシャッターを閉めてしまった。(笑)。しかもバスもタクシーもいない山頂です。「いったい私はどうなるの~」とカルメン・マキの歌みたいな気分になって(笑)、従業員に「どうやったら街へ行けるのか」と尋ねたら、その職員が乗り合わせるワゴンに乗ってよいとのこと。

それしか手段がないからそのワゴンに乗ったら、当時の日本円にして一万円くらいお金をとられた。きっと従業員どうしで山分けしたんじゃないか(笑)と思うけど、その時は「ま、いいや」という気持ちになった。私はだいたい異議があったらすぐに言うんだけど、この時は、乗せてくれてありがとう気持ちがあって、何も言わなかった。こんなことしてまでやって来たシムラーにお目当ての美人がひしめいていたかと言うと、特にそうでもなかった(笑)。

ようやく乗合ワゴンでシムラーの市街地まで降りて夜ごはんを食べていると、みんな暇で娯楽もないものだからオジサンたちが外でしゃべっていて、私にも話しかけてきた。そして必ず誰もが“What do you want?”って聞いてくる。いい宝石も生地もあるぞ、と。だから私は「宝石はいらないけど、ダラムサラに行きたい」と言った。すると「明日タクシーを用意してあげる。2~3時間で着くから。料金は400から500ルピーだ」と言ってくるので、翌日の時間も決めた。

当日やって来たのは白タクで助手も乗っている。そして走るのはロバしか通れないようなガケ伝いの山道で、なんと10時間もかかった。普通はみんなデリーから電車に乗ってダラムサラに行くんです。私はそんなことも知らなかった。そんな思いをしてチベット人がたくさんいる土地に着いたら、「ここまで来たからいいか」と気がゆるんで、それまで自分には禁じていた町場の食べ物に手をつけたんです。具体的にはマトンカレーだったんですが、これに当たってしまって3日間ホテルから出られなくなってしまった。

『秋吉久美子 調書』より

アラブ人の妻兼店主にスカウトされる

私は普通の日本人だからそんなに頑丈でもないので、けっこう健康管理には気をつけていたんです。インドに来てもずっと安ホテルに泊まって冒険旅行を続ける体力はないから、まずはある程度安心なホテルに泊まって、現地で数日体調を整えてから、町場の宿屋に移った。そうやってメリハリをつけながらあまり無理はせずユニークな旅行を続けていたんです。水を浄化する薬を日本で買ってペットボトルに入れて飲んだりもしていた。ところがダラムサラに着いたと思ったらつい油断して、このありさま。しかもそこがなんと目的のダラムサラではなかった!

その土地がちょっと思っていたダラムサラとは感じが違うので道行く人に尋ねたら、「あなたが言っているのはアッパー・ダラムサラのことで、ここからバスで20分くらいのところだ」と。それは全くその通りで、まずはそこに手頃なホテルをとったのですが、ダライラマのティーチングがある旧正月は軒並みテンプルホテルも満杯になるので、運がよかった。だって無計画でやって来たヨーロッパのバックパッカーの若者は泊まるところがなくて、レストランに寝袋で寝ていた。チベット人は基本、優しくて親切なので助けてもらえたんですね。

こうしてやっとお目当てのダラムサラに着いた私は、ダライラマのティーチングの前に、高僧に会ってみようと、その情報収集をするために、行動開始しました。何をしたかというと、海外のツーリストがよく立ち寄る地元のアクセサリー屋に足しげく通ったんです(笑)。するとそこの店主のアラブ人のオヤジが「ダライラマや高僧たちは暗殺者に狙われることもあるから、そうそう居場所は明かされない。そんなことよりおまえは自分の二番目の妻になれ」と言って来たんです(笑)。

そのオヤジの話によると、「2キロぐらい離れたところに新しいアクセサリー店を開店したので、そこをおまえに任せよう」ということだった(笑)。まあ日本人観光客相手に使えるのではと思ったのでしょうが、私を採用したい理由というのがおかしかった。「おまえの値切り方が気に入った」と言うんです(笑)。全く何のことやらわからないのですが、どうやら私はアラブ人が納得する値切り方をしていたらしんです(笑)。

そんなおかしな目にあいながら、私はその宝石店に通って諜報活動を続けたのですが(笑)、ドイツ人のチベットヲタクみたいな人から遂に高僧の泊まっている場所を知ることができたんです。それはあまりにも意外な場所でした。(つづく)

秋吉久美子 成分 DATA

『秋吉久美子 調書』(筑摩書房刊/2,200円+税)
著者:秋吉久美子/樋口尚文

特集上映「ありのままの久美子」
2020.10.17〜30 シネマヴェーラ渋谷

上映作品:『十六歳の戦争』(1973)/『赤ちょうちん』(1974)/『妹』(1974)/『バージンブルース』(1974)/『挽歌』(1976)/『さらば夏の光よ』(1976)/『あにいもうと』(1976)/『突然、嵐のように』(1977)/『異人たちとの夏』(1988)/『可愛い悪魔』(1982)/『冒険者カミカゼ -ADVENTURER KAMIKAZE-』(1981)/ 『さらば愛しき大地』(1982)/『誘惑者』(1989)/『インターミッション』(2013)

取材・構成=樋口尚文 撮影=南信司

当連載は毎週金曜更新。次回は11月13日アップ予定です。

プロフィール

秋吉久美子(あきよし・くみこ)

女優・詩人・歌手。1972年、松竹『旅の重さ』で映画初出演、その後、1973年製作の『十六歳の戦争』で初主演を果たし、1974年公開の藤田敏八監督『赤ちょうん』『妹』『バージンブルース』の主演三部作で一躍注目を浴びる。以後は『八甲田山』『不毛地帯』のような大作から『さらば夏の光よ』『あにいもうと』のようなプログラム・ピクチャーまで幅広く活躍、『異人たちとの夏』『深い河』などの文芸作での主演で数々の女優賞を獲得。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。

樋口尚文(ひぐち・なおふみ)

映画評論家、映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『ロマンポルノと実録やくざ映画 禁じられた70年代日本映画』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』ほか多数。共著に『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『女優水野久美』『万華鏡の女女優ひし美ゆり子』『「昭和」の子役もうひとつの日本映画史』など。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。早稲田大学政治経済学部卒。

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