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三枝成彰 知って聴くのと知らないで聴くのとでは、大違い!

驚きの『アルマゲドンの夢』

毎月連載

第30回

20/12/8(火)

新国立劇場に、オペラ『アルマゲドンの夢』を観に行きました。今回が世界初演です。

じつにメッセージにあふれた内容で、近年、日本から発信された新作オペラでこれほど現実に踏み込んだ内容の作品に接したことがなかったので、たいへん驚かされました。

何に驚かされたのか? この作品の指揮者であり、新国立劇場のオペラ芸術監督である大野和士さんの大英断と勇気に驚き、感動したのです。

作曲は藤倉大さん。イギリスを拠点に国際的に活躍しておられる、たいへん才能のある方です。台本は長年にわたって藤倉さんと共同作業をしておられるというハリー・ロスさん、演出はアメリカ出身のリディア・シュタイアーさんで、当然ながら台本も英語でした。

『アルマゲドンの夢』の物語は、近未来の欧米社会を想定したと思われるSFです。「宇宙戦争」や「タイム・マシン」で知られるイギリスのSF作家、H.G.ウェルズの短編小説を原作としているそうですが、私からすると、SFの様式を借りることによって、作り手たちは鋭い社会批判を可能にしたように見えました。

とはいえ、場所は新国立劇場。文部科学省、つまり政府の管轄下にある劇場です。新作オペラの内容を決めるには、関係者による稟議に通す必要があるでしょう。新国立劇場は開館が1997年。オープンしてから23年になるわけですが、エンターテインメントを取り巻く世界情勢も変わるなか、歴代のオペラ芸術監督のなかで、大野さんほど時代に踏み込んだ企画をした人はいなかったと思います。

若い税理士のフォートナムに、謎の男クーパーが近づき、「自分は別の時間を生きていた、夢のなかで殺された」と言います。クーパーは妻のベラと幸せに暮らしていました。しかし、あるとき現れたインスペクターによって、その平穏な暮らしは破られます。インスペクターは戦争への恐怖をあおり、若者たちをたきつけ、自衛のための戦いへと駆り立てようとします。やがて社会はどんどん戦争へと向かい始めますが、その狂騒のなかでもベラは己を見失うことなく自由を求め、大きな力に命をかけて立ち向かうのです。自らの命を危険にさらしてまで自由と平和の大切さを訴えつづけるベラですが、その結末は悲しいものでした。

このオペラの全編に流れるのは、全体主義への批判、戦争への忌避、自由の尊重という大きなメッセージです。休憩なしで紡がれる物語に圧倒されました。

私もオペラづくりをライフワークに掲げている現役の作曲家であり、いわば同業者ですので、『アルマゲドンの夢』が音楽的にどうだったか、ここで書くつもりはありません。ただ、新国立劇場の合唱団は素晴らしかったです。

とにかく私は、このような作品をいま上演された大野さんに敬意を表したいと思うのです。

政治情勢の変化や、新型コロナウイルスの感染拡大の影響などで、世界が大きなパラダイム・シフトを迎え、新たな全体主義に傾こうとしている風潮もみられる現在、戦争への反対と、思想や表現への規制にノーを突きつけ、「自由と平和を大切にしよう」と正面から訴えることは、たいへん勇気のいることです。

私にはとても同じことはできません。そんな自分を我ながら腰抜けだと思っています。

2004年に初演した新作オペラ『Jr.バタフライ』で、私は太平洋戦争前夜の世相を描きました。そして日本軍がアジアで行った蛮行について批判したところ、それまで支援して下さっていた企業のいくつかが離れてしまったことがありました。また、ちょうどそのときに、イラクで日本人の青年男女がテロ組織に誘拐されるという事件が起こりました。それがあまりにもタイムリーだったため、1幕が終わったところで拍手が起こらず、会場が静まり返っていたのを思い出します。

『Jr.バタフライ』写真:山本倫子

日本の音楽界ではほぼ無視に近い扱いを受けた『Jr.バタフライ』ですが、イタリアで初演したときにはそのメッセージ性が現地の批評家や聴衆から絶賛を受け、その後の再演にもつながりました。でも、いま全体主義にある中国や、全体主義に傾きつつある日本では、上演することはできないと思います。『アルマゲドンの夢』は、台本が英語だったことが一種のオブラートとなって、企画を通すのにはよかったのかもしれません。

それにしても、国立の劇場で、これほどのメッセージを含んだ作品を世界に向けて発信した大野さんには頭が下がります。ヨーロッパで長年活躍してこられた彼だからこそできたことかもしれませんが、その勇気を私はおおいに尊敬しています。

プロフィール

三枝成彰(さえぐさしげあき)

1942年生まれ。東京音楽大学客員教授。東京芸術大学大学院修了。代表作にオペラ「忠臣蔵」「Jr.バタフライ」。2007年、紫綬褒章受章。2008年、日本人初となるプッチーニ国際賞を受賞。2010年、オペラ「忠臣蔵」外伝、男声合唱と管弦楽のための「最後の手紙」を初演。2011年、渡辺晋賞を受賞。2013年、新作オペラ「KAMIKAZE –神風-」を初演。2014年8月、オペラ「Jr.バタフライ」イタリア語版をイタリアのプッチーニ音楽祭にて世界初演。2016年1月、同作品を日本初演。2017年10月、林真理子台本、秋元康演出、千住博美術による新作オペラ「狂おしき真夏の一日」を世界初演した。同年11月、旭日小綬章受章。

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