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ミュージカルの話をしよう 第6回 岡幸二郎、あの日夢を見た少年は“夢”の作り手になった(後編)

ナタリー

21/4/7(水) 19:00

岡幸二郎

生きるための闘いから、1人の人物の生涯、燃えるような恋、時を止めてしまうほどの喪失、日常の風景まで、さまざまなストーリーをドラマチックな楽曲が押し上げ、観る者の心を劇世界へと運んでくれるミュージカル。その尽きない魅力を、作り手となるアーティストやクリエイターたちはどんなところに感じているのだろうか。

このコラムでは、毎回1人のアーティストにフィーチャーし、ミュージカルとの出会いやこれまでの転機のエピソードから、なぜミュージカルに惹かれ、関わり続けているのかを聞き、その奥深さをひもといていく。

6人目は岡幸二郎。前編では、地元で知られた歌好き少年だった時代の思い出や、代表作の1つであるミュージカル「レ・ミゼラブル」との運命の出会い、オーディションに挑む心構えなどを教えてもらった。後編では、舞台の作り手としての信念や、観客の裾野を広げようと積極的に若手俳優たちと関わる姿勢、さらには約32年のキャリアの中で“特に忘れられない光景”について聞いた。

取材・文 / 中川朋子

若手の現場に身を置いて…裾野を広げるには自分から動くこと

──岡さんは個性が強めの役や悪役がお好きだそうですね。役にはどのようにアプローチされているのでしょう。

改めて聞かれると難しいですねえ……。確かに悪役が多いですが、悪役にもいろいろあるので。舞台の中でどのように立ち回れば作品がうまく回るかが一番大事なので、「悪役だからこうする」ということはあまりないです。比較的最近の「1789 -バスティーユの恋人たち-」「ロミオ&ジュリエット」はどちらも小池修一郎さんの演出作ですが、小池さんはビジュアルにもキャラクターにも、ご自身の中に確固たるイメージをお持ちなので、それに合うように役を作りました。ただ悪役に限らず、私が舞台に出るときに一番気にしているのは“品”。悪役の場合は“下品”でいいから品を感じられるように演じ、決して“ゲス”にならないように意識しています。

──過去のインタビューでは「面白そうだと思った作品にしか出たくない」とおっしゃっていました。「1789」や「ロミオ&ジュリエット」では舞台を引き締めるような役を演じられた一方、昨年は2.5次元作品「RICE on STAGE『ラブ米』~Rice will come again~」で陸稲耕二郎(おかぼこうじろう)役を演じて「米・ミゼラブル」を歌い、観客を爆笑させていました。振幅の大きさに驚きましたが、ご自身にとって面白そうなお仕事とはどんなものですか?

作品や役柄の面白さは、稽古場に入ってみないとわからないところではあります。ただオファーを受けたとき、作り手が真剣に作品を作ろうとしているか、楽しんでいるかはすごく気にしていますね。「ラブ米」の場合、演出家も共演者も初対面の方ばかりで、加藤良輔くんぐらいしか知り合いはいませんでした。でもプロデューサーは20年以上の付き合いがある人で、なぜ「ラブ米」をやりたいのか、なぜ私をキャスティングしたいのかと熱い話を聞かせてくれた。だから「これは間違いない」と思ってお受けしたんです。

──良い作品を作ろうという真摯さ、熱意がお仕事選びのポイントになっている?

私はそうです。結果、面白い作品ができて、たくさんのお客様が観てくだされば万々歳。それに「ラブ米」の場合、あの作品を観る方の多くは、私が出ているような大規模な舞台を観る習慣がないと思うんです。逆に私のファンの方は、「ラブ米」の子たちが出るような舞台になかなか行かないでしょうし。私が「ラブ米」のような作品に出ることが、皆さんが普段ご覧にならないジャンルの舞台を観るきっかけになればうれしいなと。「いろいろな方に観てほしい」とおっしゃる業界の方は多いですが、まず自分が行動しなければと私は思います。以前はよく、ママチャリを漕いで「何かないですか」とネルケプランニングのオフィスに聞きに行きましたよ(笑)。

──岡さんが2.5次元作品や若手俳優中心の舞台に参加されるのは、そういうお考えからなのですね。

2.5次元の現場では、若者たちが切磋琢磨してよくがんばっています。そこに参加できるのは、私自身も楽しい。熱意のある子は、歌のことや年齢とキャリアの悩みなどを相談しに来てくれたりします。そこで私がアドバイスすると、あとで「岡さんから言われたように歌ったら、のどが楽でした」と言ってくれたりして。そういうやりとりは、現場で一緒にいないとできません。上から目線で少し失礼な言い方になりますが、私たちのような世代の俳優が自分から下りていって若者と交流しないと、観客の裾野を広げることにもつながらないんじゃないかなと感じます。そうして交流できた若い俳優と大舞台で再会できると、すごくうれしい。ほとんど親目線です(笑)。

「恋するブロードウェイ♪」から飛躍した若きスターたち

──5月から上演される「ロミオ&ジュリエット」では、岡さんがスーパーバイザーを務める「恋するブロードウェイ♪」シリーズに出演経験がある味方良介さん、立石俊樹さんと共演されます。恋ブロはどのように生まれたのですか?

実は私、味方くんが中学生だった頃から知っているんです。当時から「ミュージカルをやりたい」と相談を受けていて、折に触れてアドバイスはしていたんですが、そんな彼が「ミュージカル『テニスの王子様』」に合格したと聞いた。きっとこういう“実力があるけどまだ帝劇のような大舞台に出ていない子たち”がたくさんいると思ったので、そういう若手を集めてショーを作ろうという話になり……そうして生まれたのが恋ブロです。

──恋ブロのVol.1には太田基裕さん、大山真志さん、小野田龍之介さん、海宝直人さん、内藤大希さん、松下洸平さん、そして初舞台の味方さんが出演されました。今やミュージカルや映像で活躍している方々ばかりです。

恋ブロには、私が舞台やテレビで観て気になった子に出演してもらいました。松下くんは舞台「愛と青春の宝塚」で歌を聴いて、とても感動して。恋ブロVol.2の森崎ウィンくんは当時テレビのCMに出ていて、特に歌っていたわけでもないのですが、一目でピンと来たので声をかけました。今みんな大活躍していてうれしいです。「帝劇に出たことがない若手を集めて」なんて思って始めたけれど、2019年の「レ・ミゼラブル」ではマリウス役の3人(編集注:海宝、内藤、三浦宏規)全員が恋ブロ出身でしたし。

──2015年に恋ブロに初参加された三浦宏規さんのように、2.5次元舞台にも大きく羽ばたいた方もいらっしゃいます。

宏規は初め歌が得意ではなかったので、初参加のときソロは1曲だけで、あとはバレエを披露してもらいました。その後も彼は恋ブロに参加しましたが、私が宏規についてプロデューサーに「歌をもっとがんばってほしい」と言ったことが本人に伝わったようで、奮起して歌の勉強を始めたそうです。「レ・ミゼラブル」で彼のマリウスを観ましたが、本当にとても上達していました。それで私のオーケストラコンサートにもゲスト出演してもらったんです。

チケット代を超える満足感を持って帰ってほしい

──岡さんはオーケストラコンサートのシリーズ「ベスト・オブ・ミュージカル・コンサート」を、2014年から続けていらっしゃいます。作り手として、一番大事にされていることは何ですか?

私がミュージカルを志したきっかけは、客席から舞台を観たこと。だから根底にずっと観客としての視点があります。例えば1万3500円のチケットだったら、1万3500円分の内容では足りない。最低でも1万5000円分くらいの舞台をお見せしないと、お客様は満足できないと思います。自分のコンサートも基本は同じ。選曲や曲順をどうするか、どんなゲストを呼んでどこで歌ってもらうか、どうすればお客様の気持ちを高めて「ああ、良かった!」と思いながら帰ってもらえるか、そういうことしか考えません。当たり前ですが、どんな企画にも予算がある。だからスタッフはまず「予算がこれだからこれくらいが限界」という話をしがちですが、私は「それだとつまらないから、このくらいやりたい」と少し上を行く提案をします。大抵「予算が足りない」と言われますが、それならチケット代を上げればいい。さっき言った話と矛盾していると思われるかもしれませんが、ちょっと値上げすることで満足度が高まるなら、お客様はそれを高価すぎるとは感じないんじゃないかなと。であれば料金を上げてでも、完成度を高めたほうがいいと考えています。

──常に観客目線で考えていらっしゃるのですね。

お金がないと興行は成り立ちませんが、やっぱりエンタメは楽しいものですから。お金をいただく以上は楽しんでいただきたいんです。劇場に行って「ケチられているな」と思うと、すごく嫌ですし(笑)。力の入れ具合って、衣装とか舞台美術からわかってしまうじゃないですか。私は舞台を非現実の世界だと思っています。特に今はコロナ禍で、観劇できる回数が減っている。皆さん、少しでも気を晴らしたいのだと思いますし、そこで残念なものをお観せするわけにはいきません!(笑)

客席で夢を見た人が、夢を作り出す人になるかも

──約32年のキャリアの中で、“忘れられない光景”はありますか?

長く出演した「レ・ミゼラブル」のことは特によく覚えています。アンジョルラスを演じていた頃、鹿賀丈史さんや滝田栄さんといった大先輩の演技をいつも間近で観ていました。ある日、ジャベール役の村井國夫さんが「今日、『ジャベールの自殺』の場面を少し変えてみる」と、本番中にボソッとおっしゃって。お客様に変化が伝わったかはわかりませんでしたが、私は村井さんの演技を袖から観て泣きました。先輩がそうして“背中”を見せてくださったのだから、自分もそのように後輩に伝えなくてはと思います。

それから「レ・ミゼラブル」や「ミス・サイゴン」のようにずっと出ていた演目の千秋楽で、「もうこの作品の出演者としてこの客席を観ることはないんだ」と思いながらカーテンコールで客席を見たときの景色も忘れられません。まあレミゼはアンジョルラスで終わるつもりがジャベールも演じましたし、もしかしたら数年後にテナルディエを演じているかもしれませんから、先のことはわかりませんけど!(笑) でも2014年の「ミス・サイゴン」に出たときは、今後は舞台の数をセーブしようと決心していたので、特に感慨深かったですね。今はコンサート以外の舞台は1・2本にしていて、案外楽です。好きなことばかりやっていて、わがままに見えるかもしれませんが(笑)。

──最後に、岡さんが考えるミュージカルの魅力とは何でしょう。

やはり日常とはまったく違う、素敵な世界に連れて行ってくれるところでしょうか。たった2・3時間ですが、そのひと時は夢を見られる。もしかしたら私のように、客席で夢を見た人が将来に“夢”を抱き、舞台の夢を作り出す側になることもあるかもしれません。そういう空間を生み出してくれるものだと思いますね。

プロフィール

1967年、福岡県大川市生まれ。大学4年のときに「イダマンテ」で初舞台を踏む。大学卒業と同時に劇団四季オーディションに合格し、1993年まで在籍。1994年にミュージカル「レ・ミゼラブル」のアンジョルラス役で人気を博し、その後同作でジャベール役を務めた。主な出演ミュージカルに「オペラ座の怪人」「クレイジー・フォー・ユー」「ピーターパン」「風と共に去りぬ」「ミス・サイゴン」「プロデューサーズ」「グランドホテル」「タイタニック」「1789 -バスティーユの恋人たち-」など。フルオーケストラをバックにミュージカルの名曲を歌うコンサートシリーズ「ベスト・オブ・ミュージカル・コンサート」にも取り組んでおり、九州大谷短期大学では客員教授を務める。今年5月から7月にかけては、「ロミオ&ジュリエット」が控える。

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