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池上彰の 映画で世界がわかる!

『82年生まれ、キム・ジヨン』―韓国はもちろん、日本の多くの女性が社会で直面する“生きづらさ”

毎月連載

第28回

これを見て胸が詰まる思いをする女性は多いのではないでしょうか。「キム・ジヨンとは自分のことだ」、あるいは「キム・ジヨンは未来の私ではないか」と。

一生懸命勉強して大学まで行き、就職試験を受けるも、なかなか結果がわからない。不安になっていると、封建的な父親から「女は就職なんかしないで早く嫁に行け」と言われる。

やっと就職できると、男性上司からかけられる女性蔑視の無神経な言葉の数々。職場ではセクハラ事件も起きる。

就職してバリバリ活躍していても、上司から「女は出産・育児を控えているから長期のプロジェクト参加はできない」と言われてしまう。それも女性の上司から。

結婚すると、義母から「早く子どもをつくれ」とプレッシャーを受ける。正月には夫の実家に行って家事に追われる。出産してからは育児が大変。社会も子育て中の女性に冷たい。やりがいを求めて仕事に復帰しようとしてもベビーシッターが見つからない。

夫は「僕が育児休暇を取る」と言ってくれるが、それを知った義母は激怒。「うちの息子の将来を犠牲にするのか」と怒鳴られる。

キム・ジヨンの夫は、いかにも現代風の妻思いの優しい男性であるがゆえに、その思いやりが重くのしかかる。

これは現代の韓国を描いたドラマですが、まるで日本社会を描いているように思えてしまいます。

1982年に韓国で生まれた女性の名前で最も多かったのが「ジヨン」でした。韓国の典型的な女性像として、原作の書名になりました。原作は2016年に発売され、韓国で130万部を超えるベストセラーになりました。韓国の人口は日本の半分弱ですから、日本に当てはめると300万部近い大ベストセラーです。

日本でも2018年に翻訳が出ると、16万部を突破するベストセラーになりました。韓国の小説が日本でヒットするのは珍しいこと。それだけ女性たちの心をつかんだのです。「なんだ、日本と全く同じではないか」と共感が広がったのでしょう。

韓国の少子化の背景にあるものとは

韓国の2019年の出生率は、なんと0.92。2018年に初めて1を割り込み、その後も回復の兆しはありません。出生率が1を割り込むということは、夫婦の間に生まれる子どもがひとりに達しないということですから、少子高齢化が急激に進みます。

韓国は熾烈な受験社会。小学生の頃から塾に通い(ここは日本と同じですが)、大学受験は国を挙げての一大イベント。試験開始時間に遅れそうな受験生を送り届けるために駅前にパトカーが待機する国です。

それだけ猛勉強を重ねても、現代やサムスンなどの財閥に入れなければ、“負け組”にされてしまうため、財閥とは違う“勝ち組”である公務員試験を目指す若者たちも多く、大学に通いながら公務員試験対策の予備校にも通います。親がかける教育費の高さは、どれほどのものになるのか。

そんな様子を見ていれば、出産をためらうカップルも増えようというものです。しかも高学歴の女性にしてみれば、出産は自分のキャリアを中断することにつながります。ジヨンのように再就職もむずかしいとなれば、キャリアは中断ではなく放棄を意味します。

この映画を観れば、韓国の少子化の理由がわかります。

一方、日本の2019年の出生率は1.36.韓国よりは高いとはいえ、2を割り込んでいるのですから、やはり少子化が進みます。1982年生まれの日本女性で一番多い名前は「裕子」。『82年生まれ、裕子』という名前の映画が制作されてもいいはずです。

掲載写真:『82年生まれ、キム・ジヨン』
(C) 2019 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights

『82年生まれ、キム・ジヨン』

10月9日(金)より 新宿ピカデリー他 全国ロードショー
配給:クロックワークス
監督:キム・ドヨン
原作:「82年生まれ、キム・ジヨン」チョ・ナムジュ著/斎藤真理子訳(筑摩書房刊)
出演:チョン・ユミ/コン・ユ/キム・ミギョンほか

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。

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