Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

山本益博の ずばり、この落語!

第十六回『瀧川鯉昇』令和の落語家ライブ、昭和の落語家アーカイブ

毎月連載

第16回

19/9/30(月)

瀧川鯉昇

私がお気に入りの落語家は、誰もが高座に品格が漂っている。

落語は、神羅万象、老若男女を描き分ける芸能だが、うっかりすると、たちまち品のない芸に堕ちてしまうことがよくある。噺のまくらのごく普通の日常茶飯事でも、その観察眼、語り口によって、品が良かったり、下品になったりする。

意図的に落語家口調を使ったり、江戸っ子ぶったりするのも、品がいいとは言えない。どんなに噺の巧い落語家より、人生経験からにじみ出た生活的教養が芸の年輪になってゆく落語家のほうが魅力的で、昭和の名人古今亭志ん生は、人生の先輩としても、誰もが憧れる落語家だった。

つまり、自分より年上の落語家からしか、人生の妙味は教えてもらえないということではなかろうか。私より少し年下だが、同世代(昭和28年生まれ)の瀧川鯉昇はその一人である。落語ファンは自分が歳をとると、次第に聴きたい落語家が減っていくわけだが、その中の大変貴重な存在と言ってよい。

鯉昇の自伝ともいうべき本が『鯉のぼりの御利益』(東京かわら版刊)である。そのまえがきの冒頭は、高座でのまくらがそのままふられている。

「……ものわすれが、たいへん激しくなって参りました。第一声が出ない日もあれば、そのまま終わる日もあります。落語は私ども噺家がしっかりするより、お客様がしっかりしていれば、なんとか成立できる芸能です。私どもが申し上げるお噺は、もう皆様方はどこかで聴いたことがあるよという、そんなお噺ばかりでございます」

鯉昇は高座に上がると、このまくらを今でも、淡々と飄々としゃべりだす。歯切れのよい口調でテンポよく噺を運ぶ若手の気鋭の落語家のあとに上がると、意表を突かれた観客は一瞬、間があった後、爆笑となる。

『鯉のぼりの御利益』を読むと、浜松生まれの鯉昇は、上京して、八代目春風亭小柳枝の弟子になるのだが、ほどなくして、師匠が落語家を廃業してしまう。大酒飲みが原因で、しくじりを重ねた結果だった。にもかかわらず「見栄を張らない、虚飾のない芸・生き様」に惚れていた前座時代の鯉昇は、師匠の酒にとことん付き合い、破滅型の師匠の人生にどこまでもついていった。

そのあたりの話は凄絶を極めるのだが、なぜか悲哀を通り越して清貧さに打たれるのだ。二つ目時代のアパート暮らしの話でも、あるのは「裸電球と落語全集」といった、まるで落語を地で行く貧乏生活なのだが、薄汚れた感じを与えず、高潔な性分が覗けて清々しいほど。

こういう修業時代を送った落語家の高座が面白くないわけがない。とりわけ、『長屋の花見』『粗忽の釘』『千早ふる』『ちりとてちん』といった長屋の滑稽噺が素晴らしい。本にも「私は浜松の実家時代から、ずっと貧しい暮らしを楽しんできましたから、噺のなかの、長屋の皆さんの全てに強い親近感があって、熊さん、八っあん、長屋の大家さん、与太郎は、もはや同胞、いつも私の脳内の江戸八百八町をかっぽしています」と書かれている

師匠の小柳枝と同じ酒が大好きな鯉昇だから、酒が出てくる『二番煎じ』や『芝浜』も得意にしている。

鯉昇師匠と筆者(なかの小劇場で)

先日、鯉昇師匠に「いつか、『富久』を演っていただけませんか?」とお願いしてみると、「このごろ、長い噺は覚えられなくて」とやんわりと断られてしまった。酒で旦那をしくじった幇間の久蔵が、旦那の家の火事で駆け付け「出入り」を許される件が、鯉昇師匠なら独特の味が出るのではないかと思ったのだが、断り方が一枚上だった。

豆知識 『太鼓』

(イラストレーション:高松啓二)

寄席や落語会に欠かせない道具の一つに太鼓があります。

大太鼓に小さな締め太鼓。この太鼓を叩くのは前座さんの仕事で、開場と同時に叩くのは「一番太鼓」。縁起を担いで、お客様が大勢いらっしゃるように「どんどん、どんとこい」と叩きます。開演直前に叩くのは「二番太鼓」で、正式には能管と言って笛が加わります。真打ですが、春風亭一朝師匠が笛の名手として知られています。

私がプロデューサーを務める「COREDO落語会」では、時として前座さんが一人しかいない場合があります。そんな場合、高座に上がって座布団返しをするのは前座で、二つ目や真打が手助けで太鼓を打つ時があります。いつでしたか、前座さんが二人いたときでも、春風亭小朝師匠が、自ら買って出て、二番を叩いてくださいました。さすがに、お手本は太鼓の音が違いました。

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む