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テイラー・スウィフトはいかにして変化と成長を遂げてきたのか? ドキュメンタリー映画『ミス・アメリカーナ』を観て

リアルサウンド

20/2/22(土) 8:00

 テイラー・スウィフトが1月31日より、ドキュメンタリー映画『ミス・アメリカーナ』をNetflixにて公開した。アメリカのフィメールアーティストにとって、生い立ちや私生活、音楽活動の舞台裏を織り交ぜたドキュメンタリーフィルムを制作するのは重要なステップだ。先駆者はマドンナの『Truth or Dare(邦題:イン・ベッド・ウィズ・マドンナ/1991年)』。舞台裏を見せる映像は男性アーティストも作るが、彼らはもう少し客観的というか、人任せな印象がある。しかし、普通の人がInstagramなどで無意識に「見て欲しい自分/わかってほしい自分」を強調するように、歌姫=ディーヴァたちは同じ動機をもって、より作為的に、プロの監督を立てた映像を1時間半くらいに収めている。ビヨンセの『Life Is But A Dream』然り、レディー・ガガ『Five Foot Two』然り。

(関連:テイラー・スウィフトドキュメンタリー映画『ミス・アメリカーナ』トレーラー映像

 『ミス・アメリカーナ』の監督は、エミー賞を受賞しているドキュメンタリーフィルム作家のラナ・ウィルソン。日本で自殺を食い止めようとする僧侶を追った『いのちの深呼吸』も作っている気鋭の作家だ。このラナとテイラーのケミストリーが、とてもいい。子どもの頃の映像や、家でほぼすっぴんのテイラーなど、熱心なファンが見たい映像をきちんと入れつつ、被写体であるテイラーと適度な距離を保つ。自然体で曲作りを見せた直後に、まばゆいライトを浴びてスタジアムでその歌詞を歌い上げるシーンは、お約束の撮り方とわかっていてもテンションが上がる。また、MVの撮影の舞台裏などからは、テイラーがどれくらいクリエイティブ面に関わっているかが伝わって、彼女の音楽をそれほど追っていない人でも興味深いだろう。『ミス・アメリカーナ』は、ストリーミング時代にどんどん増えていきそうなアーティストのドキュメンタリー作品の中でも、観るべき出来になっているのだ。

 さて、この記事の主題は「社会情勢の中でテイラーはどのように変化して、世の中に向けてどんなアクションを起こしてきたのか。その結果として、今もテイラーが若者のアイコンであり続ける理由は何なのか?」である。

 ……そう、けっこう大きなお題なの。前半の答えを先に書くと、テイラー・スウィフトは社会情勢の中で変化してきたというより、彼女の身に起きた出来事の結果として変化し、成長してきた女性であり、『ミス・アメリカーナ』はその記録だ。問題は、ハイティーンで恐ろしいほどの勢いでトップスターに登り詰めたがために、テイラー個人の体験は、社会情勢のひとつとして組み込まれていることだ。彼女自身、彼女の音楽自体が、社会状況の一面なのである。

 まず、私が考える「テイラー・スウィフトとは何者なのか」問題から。テイラーとは、ディズニー・プリンセスから大人向けロマンス小説まで、脈々と流れるアメリカのヒロインの心情を、自分の言葉として曲にできる稀有な才能をもつシンガーソングライターである。『ミス・アメリカーナ』の元になった曲名は、「ミス・アメリカーナ&ザ・ハートブレイク・プリンス」。彼女の恋愛対象は、「王子様」だったことの証左だ。

 テイラー・スウィフトは、二重の奇跡を体現してスターになった。ひとつめの奇跡は、女性なら誰しもが持つ恋心やお姫様願望を、びっくりするくらい率直にカントリーミュージックをベースにした聴きやすいメロディに乗せて奏でたこと。ふたつめは、そのアーティスト本人がお姫様然とした外見に恵まれていたこと。その奇跡が何十乗にもなって、魔法のような売上を記録したのだと私は思う。だから、最初の指数(乙女心)が低い人は魔法に引っかからなかったし、彼女の音楽が支持される理由が理解できなかったのだろう。

 その最たる例が、カニエ・ウェストだ。彼の執拗なまでのテイラーに対する攻撃は、彼女の音楽が自分より経済効果が高い事実を受け入れられないことから端を発する。乙女心指数が低く、音楽的には完全にカニエ派の筆者でも、2009年のMTVのビデオ・ミュージック・アワードでのテイラーの受賞スピーチ乱入事件は最悪だと思ったし、せっかく事が収まっていた2016年にわざわざ蒸し返した、「Famous」の歌詞とビデオの下劣さ、それにまつわるキム・カーダシアンのSNS攻撃は心が凍った。カニエはカニエで問題を抱え、乱入事件の余波が大きく、ひどい目に遭ったかもしれないが、そもそもテイラーは何もしていない。『ミス・アメリカーナ』では、乱入後、彼が去ったステージで、猫背でトロフィーを抱えて立ち尽くすテイラーの姿が何度も映される。「Famous」のリリース前に、「新曲で名前を出す」とテイラーに先に知らせたのは映像が残っている通り事実だろうが、「テイラーとまだセックスをしている気分だ(中略)あのビッチを有名にしてやった」というリリックを予め了諾するわけがないし、カニエもそのまま伝えてはいないだろう。

 もうひとつ指摘すると、妻のキムがTwitterでテイラーを、二面性や裏切り者を意味するスネーク(蛇)に例えた結果、SNSで#TaylerisOverParty(テイラーはオワコン)というハッシュタグが炎上した理由は、ヒップホップ的な極端な物言いに慣れている層と、そのまま受け取って眉をひそめる層がアメリカで混在しているからだと思う。この出来事は、ネイルサロンにも行けないほど、テイラーが引きこもる原因になったそうだ。

 本来、自分の音楽を作っていたかっただけのテイラー・スウィフトはしかし、いつまでもお姫様でいられないことを徐々に悟っていく。体型を維持するために摂食障害を患っていたこと、SNSに投稿していたモデルなど華やかな友人関係は上辺だったことなどが、告白や映像で次々と明かされる様は、「スターの孤独」というありがちな説明で済ませるには、闇が深く、ヘヴィだ。

 最後のほうで、「やっと(精神年齢が)実年齢に追いついてきた」と認める場面があり、私は「あ、自分は幼いという自覚があったのか」と合点がいった。テネシーのナッシュヴィルで純粋培養され、いきなり世界的なスターになったテイラーは、世間がいかに簡単に手のひら返しをするのか、マスコミが無慈悲なのか知らなかったのだ、と。俳優やミュージシャンとの華やかなデート遍歴がだだ漏れだったのも、それによって反感を持たれることを想定できなかったから。幼馴染と食事をするシーンで、「子育てって“たまごっち”みたい」と言ってしまうテイラーだが、おとなしい優等生をやめる、と言い放ち、政治的な意見もはっきり口にする時代のリーダーの道を歩み出す。

 父親やマネージメントのチームの反対を押し切ってーーどちらも白髪の白人男性だーーパブリシストとおそるおそる「民主党支持」をSNSに投稿する場面は、この作品のハイライトだ。彼女の発言の効果は、若者の間で絶大である。テイラー・スウィフトの作戦はいつもストレートで、わかりやすい結果を招く。彼女を「金髪の可愛こちゃん」扱いするトランプ大統領やテレビ番組のホストたち、そしてカニエ夫妻が見誤っているのは、テイラーがストリーミング配信やチケット販売を手がける巨大企業を相手取って真っ向から交渉し、勝ってしまうほど大胆で頭が切れるアーティストであるという事実だ。アルバム『Lover』(2019年)収録の「Soon You’ll Get Better (feat. Dixie Chicks)」では、イラク戦争時にブッシュ元大統領の政策に反対して大バッシングを受けた大先輩のDixie Chicksもフィーチャーし、最近のビデオではあえて「蛇」を何回も出している。個人的にテイラー・スウィフトの好きなところは、自虐ができること。自分を笑い者にできない大スターが多い中、「共感」がより重要になっていく2020年代には、武器となる強みだと思う。ストレートな言葉で自分たちを代弁しつつ、自分の立ち位置も客観的に見られるテイラーは、SNSでどう発信し、どう見られるかが大きな関心事になっている現代においてひとつの答えであり、ロールモデルなのだ。最新ニュースで、人に曲を提供するソングライター業に力を入れる姿勢を示したテイラー。彼女がこのまま売れ続けるかどうかは、誰にもわからない。だが、プリンセスから脱皮しつつあるテイラー・スウィフトが、地に足の着いたアメリカを代表する女性になっていく様子がいましばらく関心を集め続けるのは、間違いない。(池城美菜子)

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