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【ネタバレあり】『MIU404』を特別なドラマにした“失われた夏” 久住の存在が暗示したもの

リアルサウンド

20/9/5(土) 6:00

 0(ゼロ)――。

 それを「すべてを失った」とするか、「スタート地点」ととるか。私たちの人生は、そんな小さな選択の連続で作られている。

 金曜ドラマ『MIU404』(TBS系)が最終回を迎えた。オンエアのラストまで伏せられていたサブタイトル《 》の中に入る言葉は《 0(ゼロ) 》だった。東京オリンピックが開催されるはずだった、2020年夏。本来であれば様々なドラマが生まれたであろう新国立競技場の、“0”の形をした屋根と共に締めくくられる。

 あるはずだった、夏がなくなった。夢の舞台も、青春も、人生の節目となる式も、そしてエンターテインメントも……みんなウイルスが飲み込んだ。全世界を巻き込んで変わってしまった世界線が、この『MIU404』を特別なドラマにした。私たちが「ここからだ」と思える希望のドラマに。

ウイルスとの闘いを見ているような404VS久住

 最終回の見どころは、なんといっても伊吹(綾野剛)、志摩(星野源)、そして久住(菅田将暉)の魂をぶつけ合うような熱演だった。顔の見えない敵だった久住と対峙した伊吹と志摩。その眼光で、言葉で、お互いの心臓を突き合う。それは銃口を向け合うよりも、ずっと緊張感溢れるやり取りだった。

 久住の言い分は、ある意味で正論だ。「俺は大したこと何もしとらん。作りたい奴がクスリを作って、使いたい奴が使って、人形になりたい奴がなった」。久住のうまいところは、相手にそうしたいと思わせる、あるいはそうせざるを得ないと思いこませる状況を作っただけで、最終的な判断はその人自身に任せているところ。

 そして、恐ろしいことに「目的なんてないよ」と言い放つ。「アホが“ワーワー”やっとんの、高いところから見るだけ。ドラッグやらんでも気持ちよくなれる」と不敵に笑う。それは、まるで人体を蝕むウイルスの言い分を聞いているようだ。

 久住の手法は、人の心(細胞)に侵入し、次々と被害者を加害者に(苦しみを連鎖)させていく。やがて、免疫システム(人々の良心や警察組織)を暴走させ、多臓器不全(社会の崩壊)を招き、人びとは死に至らしめる。悪とは、自由な未来を奪うこと。人を殺してはいけないのも、人の権利を侵害するのも、社会のルールを破ってはいけないのも、全てはこの世界の自由を奪う行為だから。

 だが、ウイルスには意志がない。自由を求めることも、その先にある未来も望まない。宿り主がいるかぎり繁殖するが、宿り主が死滅してしまえば生き延びることができない。それは目的もなく人々を混乱させ、社会が崩壊したら生きていけない久住も一緒だ。この目に見えないけれど、確実にある小さな悪を、捕まえることも、罰することもできない。それが、姿なき敵と闘う難しさだ。

 伊吹と志摩も、久住に翻弄されるうちに、相手を、そして自分自身を、段々と信じられなくなっていく。ガマさん(小日向文世)の「どうしても許せない」苦しみの連鎖に囚われそうになる伊吹。正しいことをしていては久住を捕まえられないと元相棒・香坂(村上虹郎)のように暴走する志摩。やがて、2人の絆まで侵食され、単独行動へと繰り出す。

 自分が渦中にいると、なかなか見極められないスイッチだが、彼らを見てると最悪な道へのスイッチは「孤独」を呼ぶことがわかる。人を寄せ付けなくなったときこそ、危うい。それは、人と離れなければならなくなった今の社会の脆さにも投影できるのではないだろうか。孤独で心細くなったときこそ、そっと久住が近寄って「俺と組まへん?」とつぶやくのだ。

久住を生んだのは「誰のせいでもない」絶望かもしれない

 私たち人類にはウイルスにはない「未来を生きよう」という大きな目的がある。その想いを奮い立たせ、伊吹と志摩はほつれた信頼関係を結び直し、警察組織の連携によって、久住は抑え込まれる。ネット上で騒がれたメロンパン号テロリスト説が自浄されたように、誤作動を正し、再び動き出した免疫システムが勝利した。

 だが、抑えられた久住の身元情報はNot foundのまま。あれほど相手が望む人物になりきって偽りの過去を語り、心の中に侵入してきたのに、久住は何も語ろうとはしない。クズ、ゴミ、トラッシュ……と最後まで自分を「人」として自称しない久住とは何者だったのか。

「汚いもんを見んようにして、自分だけは綺麗やと思っとる正しい奴ら。みーんな泥水に流されて、全部なくしたらええねん」

「神様は俺よりもっと残酷やで。指先一つ、一瞬で、人も街もぜーんぶさらってまう」

「10年経てばみんな忘れて、終わったことになっとる。頭の中の藻屑や」

「神の采配やな。そいつは死ぬ運命やった」

 そして突然、標準語で語りだした「俺は、お前たちの物語にはならない」という言葉に、関西出身であろうというパーソナル情報もあやふやなものに。

 だが、「泥水に流される」「全部なくなる」「10年経てば忘れる」「神の采配」……これらの特徴的なワードを聞いて、2011年の東日本大震災の大津波を思い出したのは筆者だけではないはず。代々築き上げてきた街が、人々の生活の痕跡が、一瞬にして瓦礫となっていった惨状を目の当たりにして、誰もが無力を感じずにはいられなかったあの日。誰のせいでもない。でもどうしたって許せない状況に、心を殺さなければ立ち上がれなかった人もいるだろう。

 もし久住の愛するものが、すべてあの波にされてしまっていたとしたら。そして、「助けてほしい」「苦しい」と叫んでも、誰も手を差し伸べてくれる人がいなかったとしたら。神と呼ばれるものを恨み、目的なんて持っても意味がないと諦め、人の良心を利用して生き延びていくことに何の罪悪感を持たない者になったとしても不思議ではない。そして、架空の物語で人々を操ってきたからこそ、今度は自分の真実が誰かの都合のいい物語として利用されるのだけは我慢ならなかったのかもしれない。

 ……と、これも点と点をつなげて、無理やりストーリーを作り上げているにすぎないのかもしれない。でも、その想像力をふくらませて人を思いやること、そして絶望とも呼べる現実を知ろうとすることでしか、小さな正義を一つひとつ拾い上げることはできない。

 誰もがスマホとノートPCだけで、社会を崩壊させられるだけの悪になれてしまうこの世界で。志摩が久住に「俺たちと、ここで苦しめ」と声をかけた真意は「生きろ」にも聞こえた。生きていれば、もしかしたら間違うこともある。でも、それを正すチャンスもきっとある。いつだって、この瞬間から、その選択から、まだ見ぬ明るい未来への世界線が紡がれることを、忘れないでほしい。それは紛れもなく、誰のせいでもない《 0 》の夏を過ごした私たちへのメッセージだ。

■放送情報
金曜ドラマ『MIU404』
TBS系にて、毎週金曜22:00~22:54放送
出演:綾野剛、星野源、岡田健史、橋本じゅん、黒川智花、渡邊圭祐、金井勇太 / 
菅田将暉、生瀬勝久、麻生久美子
脚本:野木亜紀子
演出:塚原あゆ子、竹村謙太郎、加藤尚樹
プロデュース:新井順子
音楽:得田真裕
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS

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