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アリエルの黒人歌手起用から考える、ディズニーの“進歩主義”的姿勢と女性キャラ表象の歴史

リアルサウンド

19/7/20(土) 10:00

 2019年、ウォルト・ディズニー・ピクチャーズによる実写版『リトル・マーメイド』アリエル役がハル・ベイリーに決定し、大きな議論を巻き起こした。ベイリーは黒人だが、オリジナルのアリエルは白い肌をしている。このことを受けて、英語圏SNSでは、#NotMyAriel(彼女は私のアリエルじゃない)等の反対運動が勃発する事態に発展。ただし、フェイクやボットも多かったことが検証されている。アメリカの成人を対象としたThe Hollywood Reporter調査において、ベイリー支持派は55%、反対派は16%だった。

「徹底的な調査のもと、ハル・ベイリーが適役であることは明白でした。スピリット、ハート、イノセンス、若さ、加えて輝かしい歌声ーーアイコニックな役に必要とされる本質的な魅力が備わっています」
(ロブ・マーシャル監督のステートメントより)

 ディズニーの選択について、いろいろと推測することはできる。まずは音楽面。オリジナル版で重要とされたのは、ブロードウェイおよびカリビアン風のサウンドである。姉妹デュオChloe x Halleとしてディズニーへの楽曲提供経験も持つベイリーの歌唱スキルは決定打になりえただろう。他キャスト候補にも、オークワフィナにハリー・スタイルズとミュージシャンが並んでいる。また、マーケティング事情も考えられる。近年、ハリウッドにおいて「ディズニーがあまり手をつけないから競合スタジオが稼げるジャンル」とされる3つが「ホラー」「黒人ターゲット」「女性もの」だ(2019年アメリカで『ダンボ』に競り勝った『Us』はこの3要素を兼ね備えている)。黒人スターキャストを多く抱える超実写版『ライオン・キング』はこのうち2つ目、そしてベイリー主演『リトル・マーメイド』は3分の2をカバーするポテンシャルがある。

 ブランドとしてもそう不自然ではない。近年、ディズニーは『美女と野獣』等のセルフリメイク実写映画によって進歩主義的な再解釈を行ってきたが、こうした賛否を呼ぶ姿勢は今に始まったことではない。1989年版『リトル・マーメイド』自体、主演の白人女優がバッシングに見舞われる騒動を起こしているのだ。少し歴史を振り返ってみよう。

 1989年に公開された『リトル・マーメイド』は、59年『眠れる森の美女』以来のディズニー・プリンセス映画だった。この30年の間、アメリカではウォルト・ディズニーが逝去し、フェミニズム・ムーブメントや公民権運動が起こっている。スタジオも社会も大きく変わっていたのである。その勝負どころで誕生した人魚姫のアリエルは、ストーリー・アーティストを務めたエド・ゴンバートによると「ウォルトの時代とはもう違う」直感によって描かれたキャラクターだ。実際、このカリフォルニア風の赤毛をなびかせる少女は、それまでの比較的温和なプリンセスたちとは異なっていた。アリエルは好奇心旺盛で活発だったし、父親の教えにそむいて人間の世界に行ってしまう。さらには貝殻のビキニは当時では刺激的だったため、メディアからは「もっともセクシーなディズニー・プリンセス」と呼ばれた。公開当時、評論家ロジャー・イーバートは以下のように賞賛している。

「アリエルは画期的な女性キャラクターだ。受動的ではなく、独立して考え行動し、ときに反抗的ですらある。彼女は頭がよく、自分自身のためにものごとを考える。観客は彼女のたくらみに共感するのだ」(RogerEbert.comより意訳)

 革命的な『リトル・マーメイド』は大ヒットを記録し、アカデミー賞にまで到達。ディズニー・ルネサンス最初期の作品に位置づけられることとなった。

 ただし、アリエルを演じたジョディ・ベンソンは、バックラッシュにも見舞われることとなる。大きかったのはキリスト教保守派層からの反発だ。90年代に入ると、国内最大級の宗教派閥、南部バプテスト連盟SBCが「反(伝統的)家族」なディズニー社へのボイコット運動を開始。2005年まで続いたこの運動は、同社のゲイ・フレンドリーな指針が主要因とされたが、ベンソンによると、ビキニ姿の娘が父親に反抗する『リトル・マーメイド』も敵視されていたようだ。事実、保守派グループのアメリカン・ライフリーグは、本作を「セックス暗喩」だとするボイコット運動を展開させていた。1997年にUSA Weekendが実施した調査では、SBCによるディズニー・ボイコットの是非は賛成49.5%、反対50.5%。ディズニー社が進歩主義的な姿勢を押し進め賛否をかもす状況は、すくなくとも1990年代から存在したと言える。

 『リトル・マーメイド』をひとつの転換点として、ディズニーはますます女性表象を進歩させていくこととなる。「現代の女性」を目指して描かれた1991年『美女と野獣』のベルは、脚本家リンダ・ウールバートン公認のフェミニストだ。『アラジン』や『ムーラン』では、人種や民族に関するさまざまな描写が批判されたが、女性キャラ表象に関してはさらなる変化を見せていた。ジャスミンは男たちに「私は褒美の品じゃない!」と叫ぶし、ムーランに用意されたものはお約束な結婚エンドではなかった。こうして、プリンスたちが変わりつづけたからこそ、21世紀を代表するフェミニズム・ムービー『メリダとおそろしの森』や『アナと雪の女王』への道が築かれていったのだ。それは数字にも表れている。2016年、言語学者キャメロン・フォートとカレン・アイゼンハワーは「ディズニーの女性キャラクターが受ける賞賛」を「外観/スキルおよび成果」別にカウントする調査を発表した。

クラシック:外見55%/スキル11%(『白雪姫』等)
ルネサンス:外観38%/スキル23%(『リトル・マーメイド』等)
ニューエイジ:外観22%/スキル40% (『アナと雪の女王』等)

 ディズニー作品がフェミニズム的評価を高めた2010年代、言い換えればアリエルを見て育った子どもたちの多くが親になったとき、『リトル・マーメイド』は「子どもに見せたくない映画」として名前があがるようになる。女優キーラ・ナイトレイやミンディ・カリングも、そうした判断や躊躇を抱く保護者の一人だ。彼女たちは、同作について「大好きな作品だが、男性のために自らを犠牲とする少女の物語を子どもに見せたくない」旨を告白している。他方で再評価の動きもあるもののーー90年代直前に革命をもたらした『リトル・マーメイド』は、30年のときを経て、あらたな革命を必要とする作品になっていた。つまり、リメイクには良いタイミングだ。

 オリジナルのアリエルを演じたベンソンはベイリーを擁護したが、じつはもう1人、声を挙げた人魚姫がいる。ミュージカル舞台版『リトル・マーメイド』で主演を務めた日系アメリカ人のダイアナ・ヒューイだ。彼女もまた、人種を理由に激しいバッシングに遭い続けている。しかし、そうした経験をThe Wrapで語るなか、示唆的なコメントも残した。

「300回以上ショーをやっても、“アリエルに見えない”と言う子どもは見たことが無いんです」

 賛否を呼びつづけるディズニー・ピクチャーズだが、その作品群は、基本的に子どもたちに宛てているはずである。「すべての世代にそれぞれの伝説がある」とは『スター・ウォーズ』シリーズの言葉だが、実写版『リトル・マーメイド』の運命を決めるのは、きっと子どもたちだ。(文=辰巳JUNK)

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