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「音楽の販売スタイルはもっと模索できる」沖野修也が提言する、これからの音楽マネタイズ術

リアルサウンド

14/3/25(火) 18:14

20140325-okino-02-thumb.jpg取材は氏がプロデュースを務めた老舗店「THE ROOM」にて行われた。

 DJ、プロデューサーや兄弟DJユニット「Kyoto Jazz Massive」として活躍し、東京都渋谷にある老舗店「THE ROOM」のプロデューサーとしても知られる沖野修也氏が、現在の音楽シーンについて語るインタビュー後編。前編【沖野修也が明かす“1万円でアナログ販売”提案の真意「録音物にはライブとは違う価値がある」】では、ネット上で賛否両論を巻き起こしたエントリー「僕がアナログを一万円で売ろうと思った訳」を書いた真意について明かした。後編では、沖野氏が提唱する“全業”という仕事術や、再販制度や小売りの形態が変化を遂げる中で、いかに音楽をマネタイズしていくか、さらにはSpotifyなどの定額制ストリーミングサービスへの向き合い方まで、大いに語った。

「僕が提唱する『全業』には水平型と垂直型があり、僕の場合は水平型」

――沖野さんは自身のブログで、「自分でできることはすべてやる“全業”」という仕事術を紹介していました。音楽家としていろんなタイプの仕事を、ひとつの価値観を通して行い、しっかり稼いでいくという活動モデルです。

沖野:全業には水平型と垂直型があり、僕の場合は水平型で、“沖野修也”という世界を音楽以外の分野にも拡張していくこと。僕はあらゆる契約業務をはじめ、イベントの開催や、アーティストの出版管理も行います。その他にもアートディレクションやスタイリング、ライナーノーツの執筆、ラジオ番組の制作、DJ、作曲、リミックス……音楽を中心としながらさまざまな分野に手を伸ばしていますが、それらの根底にあるのは“レコメンデーション”です。自分の音楽だけじゃなく、他アーティストの音楽もレコメンデーションする作業――ただ単に制作・演奏するだけじゃなく、そこにかかわる仕事で、なおかつ音楽性とも矛盾しないことであれば、僕は活動の場をどんどん広げていきたいと思っています。去年、僕が描いたイラストの個展を開催したんですが、そこで出展した作品はアルバムのジャケットとして使用したり、The Roomに飾ったりもしています。それは結果的になんの矛盾もしていない。僕が突然、寿司屋で働き出したらおかしいと思いますけどね(笑)。

 ちなみにもうひとつの垂直型の全業というのは、音楽制作に特化して、入口から出口まですべてを自分がまかなうという手法です。例えば、Roomで働くスタッフ兼アーティストの冨永陽介が挙げられるんですが、彼はDJとして活動し、アーティストとしても曲も作り、プレス工場のオーダーも自分で手配し、自ら手売りで販売するといった、何から何まで自分でこなすタイプ。ミュージシャンはそのような作業をレコード会社や外部の人間に振っていますが、垂直型はコストをかけずに実質的な利益が減ってしまうリスクを回避できる。アナログのプレスを自分でするのは無理でも、コーディネイトからレコーディング、マスタリングまですべて自分自身で管理してしまえば、制作費はだいぶ抑えることができ、1枚あたりの収益を上げることができます。

――これから音楽で食べていくには、避けては通れない道かもしれませんね。

沖野:いずれ、そうなっていくと思います。実際、自分でミュージシャンをやりながらレーベルをやっている人も多いですし、海外にはアーティスト兼エンジニア、という人も大勢います。自分のスタジオを持っているから、そこで完遂できてしまうんです。さらに他アーティストのトラックダウンやマスタリング仕事も受けられるという、僕が考える全業のあるべき姿ですよね。

――日本ではエンジニア兼クリエイター、という人はあまり聞かないですね。

沖野:国内におけるエンジニアのイメージは、職人的な位置付けの職種ですが、海外では職人であると同時に、アーティストであり、作曲家であり、出版権も管理している人までいます。これだけで4つの顔を持ち合わせていることになります。

一生大切にしたいと思える作品であれば、1万円は決して高い買い物ではない

20140325-okino.jpg「1万円のアナログ盤リリース」を計画し、話題となっている沖野修也。

――なるほど。音楽産業の高い利益率が保たれてきた理由のひとつに、再販制度(再販売価格維持制度:音楽CDは時限再販商品)の存在があります。音楽配信・ストリーミングの普及によってその基盤が崩れる中で、ビッグヒットで稼いだ資金を若手に再配分するという音楽業界のエコシステムが崩壊するのでは? という懸念も出ていますが、それについてはどう思いますか。

沖野:個人的に再販制度はなくていいものだと思っています。アナログを1万円で売りたいとブログで書いたとき、「再販制度で守られているんだから」という批判もあったのですが、それはまったく見当外れの指摘です。僕は過去に自社作品・自社原盤でCDをリリースしたことがありますが、確かに価格は維持されるものの、“返品”という大きな問題があるわけです。小売店はCDの仕入れた量を一時的に買ってくれますが、仕入れ量が年々シビアになっていることもあり、確実に捌けそうな枚数しかオーダーしてくれない。僕らは返品を前提に小売店に仕入れてもらいますが、その際、仕入れ量に応じたお金は支払ってもらえるので、それを“利益”と錯覚してしまい、運転資金として使用してしまうこともあります。ところが、返品がきたら返金の請求書も届くわけです。なので、メーカーはどんどん作品を作って仕入れてもらい返金しなくていいように自転車操業していくわけです、どこかでバカ売れしなければ、結局は利益の錯覚と返金のいたちごっこになってしまうんです。

 さらにアーティストの著作権印税というのは、返品前に支払うのが普通なので、印税率に差はあれど、返品されたところで支払った印税が戻ってくることはありません。なので、僕のような数年に数枚しか出さない自社リリースは、再販制度の恩恵はまったく受けていないんです。

――値段を弾力化して、安くしてでも市場で売れた方がいいということでしょうか。

沖野:小売店も限られた予算枠の中で厳選しなくてはいけないので、今の時代は本当に少数しか仕入れてもらえない。でも、仕入れた分はいずれコアなファンが購入してくれる、と踏んでいるので、価格を自由に決められるようにすれば、仕入れ量にも変化は起きるはずです。かつて小売店にも潤沢な予算があった時代は、大量に仕入れても返品したときにお金が戻ってくるので、リスクはほとんどなかったんです。しかし今は最初に仕入れる分の予算もないので、確実に売れるであろう枚数だけ仕入れている、というわけです。

――すべてがそうであるとは言い切れないものの、沖野さんの立場からするといま話されたような状況だということですね。1万円という発想も、そこから生まれてくると。

沖野:仮にアナログの価格を1万円と設定し、7掛けで卸した場合、小売店側の利益は劇的に増えます。例えば、1万円の12インチを10枚扱いたいという小売店があったとき、店側の利益は1枚あたり3,000円に、僕の売り上げはトータルで7万円になります。もちろん、ここで大事なのは「1万円払う価値があるかどうか」です。完全限定生産で、海外でも話題になるレベル、一生大切にしたいと思える作品であれば、1万円は決して高い買い物ではない。アーティストがかけたコストに対するリクープ、店側と卸業側の収益、三者が納得して幸せになるケースはあり得るんです。

 “限定感”というのもポイントは高い。複製できるデジタルは安くて構いませんが、アナログに関してはやはり高値で売りたい。それこそ一点モノのシルクスクリーンをつけて、10万で販売することもできる。僕はこれからイラストをウェブで受注生産するんですけど、一番安いもので5万円、一番高いものは25万円に設定しているんですね。それをアナログに置き換えた場合、10万円が高いと思う人は1万円のアナログを購入すればよいし、1万円が高いと思う人は、デジタルをダウンロードすればいい。同じ曲でも、販売する形態を変えて価格を変える手法です。

――写真家にはプリントを100~200万で売る人もいます。でも、音楽はどちらかというと割安で、フリーミアムに近い形で配布してきましたよね。

沖野:販売スタイルも大きく関与してきます。例えば洋服だったら、ユニクロとディオールオムを同じ店では売らないですよね。でも、CDショップに行けば、僕の作品とアイドルの作品が同じJ-POPの棚に陳列されています。なので、今さら値段を上げるという行為に抵抗がある、というのはわかります。「僕のCDはこの店でしか買えない」というセグメントをしてこなかったツケもあると思います。

 極端な例ですが、セレクトショップ10店舗限定販売、というやり方でもいいのかもしれません。もしくはウェブオンリーの販売。地方のレコードショップで生き残っているところは、インターネットやSNS、e-bayのようなオークションサイトを有効利用し、以前より売り上げを伸ばしているところもあると聞きます。これまでは近郊の人へ向けた販売だったものが、日本全国もしくは世界中のコレクターが買ってくれる。広い視野で見れば、音楽の販売スタイルはまだまだ模索できるはずなんです。言わば、日本でセールスが1/10になっても、国の数を20倍にすればいいだけの話ですから。

アーティストはアクティブなエンターテインメント能力が問われている

――最近はSpotifyなどの定額制ストリーミングサービスが注目を集めていますが、それらに対してはどう思いますか。

沖野:僕は“購入して所有したい派”なのでまだやるつもりはないんですが、その利便性にヒントはあると思います。結局、情報が氾濫しているから、探す手間も面倒だし、時間もかけたくない。となれば、誰かが先頭に立ってキュレーションしたチャンネルを提供すればいい。例えば、僕が選曲したプレイリストを公開する“沖野修也チャンネル”といったものを。ただし、そこで使用された楽曲から生まれる利益がきちんとアーティストに還元されるのか、という疑問はありますけどね。

――1曲あたりの分配金は、現状ではかなり低いと見られています。

沖野:そこはアーティスト次第かもしれません。分配金が低くても宣伝になるからサービスに参加するアーティスト、とにかく断固として参加しないアーティスト、答えはひとつじゃないと思います。それと、盲目的になっていると思いますが、インターネットは“無償”のサービスではない。当たり前にいろんなサイトにアクセスし、サービスを受けているわけですが、そこには“接続料”の負担があるわけです。究極の話、携帯キャリアが音楽ストリーミングのプラットフォームを構築し、料金の中に接続料に加えて、“音楽サービス”を組み込むことができたら、アーティストに還元されるシステムを作りやすいのかもしれません。

 僕は自分の存在を知ってもらったり、音楽を普及させるためならストリーミング・サービスに参加はする……と思いますが、個人的には熱心な音楽リスナーに向けて、支払った金額以上の価値を提供したいと考えています。楽曲云々ではなく、ファンや聴き手をエンターテインしていくことが、アーティストに課せられる時代になってきた、ということです。もちろん、生業である音楽で純粋に評価されるべきですが、飽くなき欲求に応えていくアクティブなエンターテインメント能力が問われているのだと思います。

――そういう時代に、まるっきり音楽しかできないタイプのミュージシャンは、どうするべきだと思いますか?

沖野:そこはやっぱり、見せ方です。僕はゲリラ戦法というか、とにかく増やせるだけ露出は増やす。ブログもツイッターもフェイスブックも、イベントのフライヤーに載る名前や写真も、僕はすべて露出だと思っています。その更新頻度が増えれば、人の意識に働きかけられることができますからね。

 逆に、ツイッターもフェイスブックもブログもやらない、ましてや生活感すら見られたくない、音楽だけで勝負したい人は、存在価値を高めていくべきだと思っています。ダフトパンクはその最たる例ですよね。ライブ以外は会えない、正体もわからない(知っている人もいますが)、なにひとつ素性を知らない。でも音楽性は高く世界的なヒットを放っている。こういったことが神格化につながっていきます。

 売れるアナログの原理と一緒で、ある程度著名な人からのレコメンデーションや、すでに地位を確立した人との比較によって認知度が上がっていくようになる。例えば、僕がダフトパンクを推す一方で、無名の新人を並列で紹介したとします。すると、聴き手のその無名アーティストに対する印象というのは、無から有に変わると思うんです。影響力のある人間が、若手を積極的に世に紹介していくフックアップや、同様の音楽をグループ化していくことは、これから先もっと重要になっていくでしょうね。
(取材・文=編集部)

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