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生誕90年篠田正浩監督、坂東玉三郎主演『夜叉ヶ池』4Kデジタルリマスター版を語る

ぴあ

篠田正浩

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日本映画のレジェンド、篠田正浩監督が坂東玉三郎を主演に泉鏡花の世界を映像化した『夜叉ヶ池』が4Kデジタルリマスターで、実に42年ぶりにリバイバル公開、Blu-rayも発売。さらに今年のカンヌ国際映画祭クラシック部門(カンヌ・クラシックス)で上映が決定した。篠田監督はことし90歳。「生誕90年祭」として、その代表作のレトロスペクティブ上映も行われる。

戦後すぐと今のコロナ禍の状況はまったく同じ

「僕が生まれたのは1931年。満州事変の年です。それから中国との十五年戦争が始まった。パールハーバーは小学5年生のとき。正に戦争一色の戦時下で幼年期・少年期を過ごしました。

僕の母は9人の子供を生みましたが、戦争中の、僕が12歳のときに二番目の姉が結核で亡くなり、その下の姉もそれに感染しました。このままでは篠田家の子供は結核で滅んでしまうと思った母は、牛の内臓を買ってきて僕たちに食べさせた。戦後すぐにペニシリンが普及して結核の脅威は少し治まったけれど、その状況は今のコロナ禍とまったく同じです。

僕はことし90歳になった。渋谷のユーロスペースで始まる〈篠田正浩監督生誕90年祭〉はそのお祝いだと思っている。さらに嬉しいのは今まで顧みられることが少なかった『夜叉ヶ池』が4Kデジタルリマスターで上映され、Blu-rayになったことですね」。

スコセッシが絶賛した玉三郎の『夜叉ヶ池』

『夜叉ヶ池』(C)1979/2021 松竹株式会社

幻想文学の礎を築いたといわれる泉鏡花の傑作『夜叉ヶ池』が映画化されたのは今から42年前の1979年のこと。名作『乾いた花』『心中天網島』などで知られる巨匠篠田正浩の意欲作だ。歌舞伎界を代表する女形の坂東玉三郎が初めて映画に出演し、村に暮らす女性の百合と夜叉ヶ池の龍神・白雪姫の一人二役を演じたことが大きな話題になった。

「玉三郎さんは撮影当時29歳。三島由紀夫に“百年にひとり出るかどうかの天才女形”と言わしめた人ですから、こちらも緊張感をもって臨みました。その甲斐あって彼の演技は国内外で大評判になりました。

アメリカでも公開され、ニューヨークのジャパンソサエティーのプレミア上映会に玉三郎さんと僕が招待された。そこで知り合ったのがマーティン・スコセッシ。彼は試写のパーティーが終わった後、午前1時ごろブロードウェイにあるマンションに招待してくれた。

後日、スコセッシは手紙をくれて、そこには〈玉三郎さんの演技と、あなたが演出した素晴らしい手法に魅了されました。玉三郎さんが繊細に演じた百合を凌ぐものがあるとしたら、彼が演じた歌舞伎にインスパイアされた素晴らしい夜叉ヶ池の白雪姫をおいて他にないでしょう〉と書かれてありました。玉三郎の演技はそれほど皆に賞賛されたのです」。

『夜叉ヶ池』(C)1979/2021 松竹株式会社

このように内外の映画人を魅了した玉三郎の演技の源泉は、鏡花への愛と心酔だ。鏡花原作の『滝の白糸』始め『南地心中』『白鷺』『通夜物語』『辰己巷談』『稽古扇』『夜叉ヶ池』『天守物語』『日本橋』『山吹』『婦系図』に出演していることからそれは明白。鏡花については、「おこがましい言い方になってしまいますけれど、鏡花先生の作品が私になぜ合ったかといえば、読んでいて、自分の言いたかったことが書いてあるような気がするんです。だから覚えること、喋ることが苦痛じゃなくて、むしろ気持がいいんです」と語る。(五代目 坂東玉三郎公式サイトより)

篠田監督と鏡花の結びつきも、玉三郎のそれに勝るとも劣らぬほど強く、深い。

「中学三年のとき敗戦になり軍国主義から解放されると国語の教師が明星派の詩人で泉鏡花を教えてくれた。マルクス・レーニン主義が時代の中心になっているときに、粗末なガリ版刷りで『高野聖』をテキストに〈日本とは何か、日本語とは何か〉を語ってくれて、僕はたいへん感動したわけです」。

“鏡花狂い”ともいうべきそんなふたりがタックを組んで誕生した映画『夜叉ヶ池』が、並の映画であるはずがない。

時代を先取りしていた冨田勲のシンセサイザー、矢島信男の特撮

まず観客を驚かせたのが、音楽と、大量の湖水が奔流する特撮だ。日本の伝統文化を引き継ぐ鏡花の世界に対位する冨田勲のシンセサイザー音楽、まだCGもない時代のミニチュアワークと光学合成による矢島信男のアナログ特撮が、『夜叉ヶ池』の最大の見どころ聴きどころ。

「『夜叉ヶ池』の舞台は大正二年と規定されているけれど〈現代〉の視点で宇宙の神秘を解明しようとした戯曲だから、これは現代音楽しかないと思いました。

シンセサイザーというのは〈合成する〉という意味で、冨田勲はコツコツと音楽のコードに合わせて合成していく。音を重ねてハーモニーを作って、ムソルグスキー『展覧会の絵』、ドビュッシーの『沈める寺院』をシンセサイズした。それが本作を、数多ある鏡花原作映画のなかで唯一の”鏡花映画”たらしめていると思う。」

『夜叉ヶ池』(C)1979/2021 松竹株式会社

冨田のシンセサイザー音楽についてはよく知られているが、特撮監督の矢島信男の仕事は一部のマニアにしか知られていない。矢島の出発点は松竹の日仏合作映画『忘れえぬ慕情』での台風のシーンの撮影。松竹映画のシンボル映像〈富士山〉の撮影も担当している大ベテラン。日本映画最初期のCG作品『宇宙からのメッセージ』の特撮を担当したことでも知られている。

「『夜叉ヶ池』の特撮がアメリカで非常に高く評価されたんだけれども、日本の映画ジャーナリストがレポートしなかったので、彼はそれを知らずに死んでしまった。50トンもの水をセットに流しこんだ洪水のスペクタキュラーは矢島信男だからできたシーンです」。

『夜叉ヶ池』(C)1979/2021 松竹株式会社

駆け足になってしまったが、『夜叉ヶ池』がどんなに凄い作品かが分かっていただけただろうか。泉鏡花の評価が製作時よりも遥かに高くなっている現在、その映画化作品が最新デジタルで鑑賞できる幸せを噛みしめたい。そしてレトロスペクティブ「篠田正浩監督生誕90年祭『夜叉ヶ池』への道 モダニズム ポップアート そしてニッポン」で篠田監督の偉業を再確認するのも意義あることだろう。



撮影/宮田浩史、取材・文/植草信和

映画スチールはすべて 『夜叉ヶ池』(C)1979/2021 松竹株式会社

特集上映
「篠田正浩監督生誕90年祭 『夜叉ヶ池』への道 モダニズム ポップアート そしてニッポン」

開催期間:2021年7月10日(土)〜30日(金)
上映劇場:ユーロスペース
上映作品:
『夜叉ヶ池 4Kデジタルリマスター版』
『私たちの結婚』
『涙を、獅子のたて髪に』
『乾いた花』
『暗殺』
『心中天網島』
『無頼漢』
『沈黙 SILENCE』
『化石の森』
『はなれ瞽女おりん』

■初日舞台挨拶
7月10日(土) 12:00の回上映後
ゲスト:篠田正浩監督、坂東玉三郎

※その後全国各地で順次公開予定

Blu-ray『夜叉ヶ池 4Kデジタルリマスター版』

『夜叉ヶ池』(C)1979/2021 松竹株式会社

発売:7月14日
価格:6,380円(税込) SHBR-0635
封入特典:
・1979年劇場公開時のポスターデザインのポストカード
・1979年劇場公開時のプレスシート縮刷版
発売・販売:松竹

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