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中川右介のきのうのエンタメ、あしたの古典

『マスカレード・ホテル』犯人役の語りにくい名演技  【ネタバレ有り】

毎月連載

第8回

19/2/12(火)

『マスカレード・ホテル』 (C)2019 映画「マスカレード・ホテル」製作委員会 (C)東野圭吾/集英社

 木村拓哉主演『マスカレード・ホテル』がヒットしている。東野圭吾のミステリ小説の映画化で、ストーリーは、驚くほど原作に忠実だ。

 『マスカレード・ホテル』の前の木村拓哉映画は、二宮和也とのW主演の『検察側の罪人』だった。雫井脩介の同題のベストセラー・ミステリが原作だ。木村拓哉が2作続けてミステリ映画に出たのは、このジャンルを愛するものとして、歓迎したい。

 私は原作のある映画の場合、たいがいは原作を先に読んでから観る。『マスカレード・ホテル』は、木村主演で映画になると知ってから読んだが、「これは木村拓哉にぴったりだな」と思った。それもそのはずで、原作者の東野圭吾は木村をイメージして書いたと発言していた。

 映画の宣伝のためのリップサービスかもしれないが、正義感があるが、やたらイラついている主人公は、木村のイメージに合う。理知的なところもあれば、アクションの見せ場もある。笑顔は封印され、事件が全て解決すると、ようやく笑顔となり、ファンサービスなのかと疑うようなとってつけたラストシーンなのだが、これも原作にあるものだ。そこまで考えて東野圭吾は書いたのだろうか。

『マスカレード・ホテル』(C)2019 映画「マスカレード・ホテル」製作委員会 (C)東野圭吾/集英社

不特定多数のひとが出入りする場所で、さまざま人間模様が同時進行する「グランド・ホテル形式」

 映画には「グランド・ホテル形式」と呼ばれるジャンルがあり、小説、テレビドラマ、コミックにも、派生した。

 起源となるのは、1932年製作のアメリカ映画『グランド・ホテル』である。原作の小説があるが、この映画で「グランド・ホテル形式」という言葉が生まれた。

 舞台となるのはベルリンの「グランド・ホテル」。その客と従業員たち何人かの一日が同時進行して描かれる。グレタ・ガルボ、ジョーン・クロフォード、ジョン・バリモアといった当時の大スターたちが共演したことでも話題となり、大ヒットした。

 以後、ホテルだけでなく空港や駅、あるいは病院など不特定多数のひとが出入りする場を舞台にして、何組かの人間模様を同時進行させて描くものが、小説、映画、ドラマで多数作られ、「グランド・ホテル形式」として確立した。

 映画の場合、主要キャストが大スターたちであるのが特徴となる。最近では三谷幸喜の『THE 有頂天ホテル』(2006年)が、まさに「グランド・ホテル形式」の映画だった。

 『マスカレード・ホテル』は、ほぼすべての出来事がホテル内で起きるし、数日間の出来事なので、グランド・ホテル形式のミステリだ。





※以下、犯人を明かします。ご注意ください。

二重、三重の芝居で観客をも惑わす名演技

 映画の登場人物は、木村拓哉が演じる刑事を含めた警察関係者、長澤まさみをはじめとしたホテルの従業員、宿泊客の三種類。それぞれテレビでおなじみの顔が登場する。宿泊客は、みな怪しい人物ばかりである。

 そのなかで、行動が最も怪しいのが、目の見えないふりをしている「片桐瑶子」と名乗る老婦人だ。木村演じる刑事は、片桐瑤子は目が見えているのではと疑う。それは的中し、彼女は目の見えないふりをしていたと判明する。しかし、その理由は犯罪とは関係のないことだと分かり、事件との関連はないと、疑いが晴れる。

 原作を読んでいれば、この片桐瑶子は高齢ではなく、「若いのに老人のふりをしている」設定であると分かる。だが、これを演じている女優が誰なのかは分からないように撮られている。

 数日後、この老婦人・片桐瑶子は再びホテルにやってくる。今度は目の見えないふりはしていない。しかし、この時点でも、客として迎える長澤まさみも木村拓哉、そして観客も、片桐瑶子が「高齢者ではない」ことは分からない。演じている女優が誰かも、まだ分からない。

 最後になって、片桐瑶子と名乗る女性が、自分が高齢者ではないと明かす段階になって、観客はその役を演じているのが「松たか子」であると知る。

 松たか子は、いわゆる「老けメイク」で、声のトーンも低くして、老婦人を演じている。だが、それだけではない、松たか子は、「老婦人を演じている40歳を過ぎた女性」を演じているのだ。
 この映画での松たか子は、女優の役を演じ、劇中でその女優は老婦人になりすまし、さらにその老婦人は目が見えないふりをすると、二重、三重の演技をしている。

 松たか子が意識しているかどうかは知らないが、「名女優が劇中でまったく違う人物になりすまして、観客もその一人二役に気づかなかった」例として、マレーネ・デートリッヒの『情婦』(1957年)がある。
 ビリー・ワイルダー監督の傑作のひとつで、アガサ・クリスティの戯曲が原作となっている。
 あまりに名演技だったので、評論家たちもディートリッヒの一人二役に気づかず、それゆえに「騙された」との思いから、賞を与えなかったという逸話もあるほどの名演技だ。

『情婦』(C)2014 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.

 『マスカレード・ホテル』の松たか子は、それに匹敵するとまではいかないが、それを思い出させるくらいの名演だ。

 この『情婦』というタイトルは、日本の配給会社が付けた邦題で、映画の内容に合っていない、「ひどい邦題」のひとつだが、原題は『Witness for the Prosecution』、訳せば「検察側の証人」である。
 雫井脩介の『検察側の罪人』は、当然、クリスティーの小説・戯曲のタイトルを知った上で付けたものだろう。

 1957年当時の日本では、配給会社は『検察側の証人』では客が来ないと思い、『情婦』という題で公開した。しかし、2018年の日本では、『検察側の罪人』というタイトルで、客は来る。60年の間にそういう変化があった。

 そして、60年たって、日本でも、美人女優が劇中で老け役をするようになった。はたして、助演女優賞をもらえるかどうかは分からないが。

作品紹介

『マスカレード・ホテル』(2019年・日本)

2019年1月18日公開
配給:東宝
監督:鈴木雅之
出演:木村拓哉/長澤まさみ

『情婦』(1957年・米)

監督・脚本:ビリー・ワイルダー
原作:アガサ・クリスティー
出演:タイロン・パワー/マレーネ・ディートリヒ/チャールズ・ロートン/エルザ・ランチェスター

『情婦』DVD
発売・販売元:20世紀フォックス
2014年4月17日発売(発売中)
価格:1419円+税

『検察側の罪人』(2018年・日本)

配給:東宝
監督・脚本:原田眞人
原作:雫井脩介
出演:木村拓哉/二宮和也

『検察側の罪人』Blu-ray豪華版
発売元:ジェイ・ストーム
販売元:東宝
発売日:2019年2月20日
価格:7800円+税
(C)2018 TOHO/JStorm

プロフィール

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)

1960年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社アルファベータを創立。クラシック、映画、文学者の評伝を出版。現在は文筆業。映画、歌舞伎、ポップスに関する著書多数。近著に『海老蔵を見る、歌舞伎を見る』(毎日新聞出版)、『世界を動かした「偽書」の歴史』(ベストセラーズ)、『松竹と東宝 興行をビジネスにした男たち』(光文社)、『1968年』 (朝日新聞出版)、『サブカル勃興史 すべては1970年代に始まった』(KADOKAWA)など。

『サブカル勃興史 すべては1970年代に始まった』
発売日:2018年11月10日
著者:中川右介
KADOKAWA刊

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