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植草信和 映画は本も面白い 

著者・高田雅彦さんに聞く『「七人の侍」ロケ地の謎を探る』

毎月連載

第47回

20/8/25(火)

黒澤明監督の〈作品と人〉にまつわる本が、今まで何冊出版されたのかを正確に把握している人はそれほど多くないだろう。

我が国や欧米の関連書は調査できても、中国や中東を始めとするアジア圏の出版点数を精査するのは困難だからだ。

それほどおびただしい数が出版されている「黒澤明監督関連書」だが、2006年刊の田草川弘の名著『黒澤明VS.ハリウッド』を読んだとき、これで打ち止めになるだろうと思った。

しかしその後、野上照代著『黒澤明 樹海の迷宮:映画「デルス・ウザーラ」全記録1971-1975』(2015年)が出て、こんな切り口がまだ遺されていたのかと驚愕。再度、これが正真正銘の最後の「黒澤関連書」だろう、と確信した。どう考えても、もう本にするだけの素材は見当たらないからだ。

ところが、またヨミは外れた。

そのヨミをくつがえした本のタイトルは『「七人の侍」ロケ地の謎を探る』。

著者は『成城映画散歩』(白桃書房/2017)、『三船敏郎、この10本』(同/2018)で知られる映画研究家の高田雅彦氏だ。

『「七人の侍」ロケ地の謎を探る』 (アルファベータブックス刊・2.500円+税)

〈ロケ地探訪本〉といえば、『世界の映画ロケ地大事典』や『「男はつらいよ」寅さんロケ地ガイド』などガイド的なものが多い。だが、本書はそうした類いの本とは根本的に違う、名作『七人の侍』のロケ地を特定し、記録しようという壮大な意図を持つ映画研究本だ。

本題に入る前に、自己紹介も兼ねて『成城映画散歩』で東宝と成城の関係を詳述した著者と東宝映画の関係について語っていただこう。

「私は『七人の侍』『ゴジラ』公開の翌年、山形市に生まれました。実家が東宝映画封切館の株主だったので幼少時から東宝映画に親しみ、父親からは〈黒澤映画は特別なもの〉と教え込まれました。上京後の住まいも東宝撮影所のある砧、勤務先も成城学園でしたから、東宝映画には特別な愛着があります。そんな縁があって三年前、東宝映画のロケ地を明らかにする書『成城映画散歩』を上梓しました」

生まれ落ちたときから東宝映画とは〈赤い糸〉で結ばれていた、ということだろうか。それでは本書の執筆動機から。

「その『成城映画散歩』で『七人の侍』の五カ所に及んだ村のロケ地のひとつでメインの撮影地になった世田谷区大蔵の現場と、農民たちが侍探しをするオープン・セット用地跡を詳らかにしました。しかし大蔵以外のロケ地すべてを検証・特定して、初めて『七人の侍』撮影地の全貌を明らかにしたことになるのではないか、そう考えるようになったからです。それが東宝映画に育てられた者の使命ではないか、と。少しオーバーかもしれませんが」。

高田氏はこうして、困難が予想される『七人の侍』ロケ地探索の旅に船出する。

撮影時は助監督だった堀川弘通監督の『評伝黒澤明』、美術助手だった村木与四郎の『村木与四郎の映画美術』、黒澤明研究会編『黒澤明 夢のあしあと』といった本と、セカンド美術助手で数少ない存命者である竹中和雄氏の証言を水先案内人として。

2018年夏、最初の目的地である水車小屋のシーンが印象的な「村の東」の伊豆市堀切を探訪。しかし撮影から65年の歳月は、風土・山河をことごとく変えてしまっていた。彷徨を重ねて二回目の歴訪で、ようやく水車小屋と「村の東」のロケ地跡を特定。氏は以下のように記述する。

「今この地に立っても、その風景は激変しており、あの世界的傑作の中でも一際印象的なロケ・セットが建てられた場所とは、すぐには信じられないかもしれない。しかし、『七人の侍』を愛する方なら、その匂いですぐ確信いただけるに違いない」。

このようにして著者は、ファースト・シーンで野武士たちが見下ろす村の全景セットが設営された静岡県田方郡の下丹那、決戦場の入り口となる「村の北」の御殿場などを訪ね、次々とロケ地を特定していく。

関係者が遺した書籍以外に羅針盤になったのは、東宝秘蔵のスナップ写真と国土地理院「地理空間情報ライブラリー」の地図と航空写真、登山者用地図ソフト「カシミール3D」といった最新テクノロジーによる画像データだ。

砂漠で針を探すような旅といえばオーバーだが、蜃気楼のように茫漠とした65年前のロケ地探訪の旅は苦しくなかったのだろうか。

「それが楽しかったんですよ。楽しくて仕方なかった。ある意味、世界で最初の旅人、発見者になりますからね。特に街道シーンのロケ地探索は特に楽しかったです」

「街道シーン」とは、盗賊から赤ん坊を救った勘兵衛(志村喬)の後を追う菊千代(三船敏郎)、勝四郎(木村功)、百姓たち(土屋嘉男、左卜全他)の奇妙な交流を描いたユーモラスなシーンのこと。

えっ、あの名シーンのロケ場所が!!! と驚くべき発見だが、その経緯を詳らかにする紙幅がない。それは東宝が秘蔵する撮影スナップ写真があったから見つけ出すことができた、とだけ書いておこう。

その撮影スナップが本書には90点近く掲載されているが、どれも初めて見るものばかり。眺めているだけでタイムスリップ感が楽しめる。

『七人の侍』が侍たちの出会いによって成り立っている物語であるように、本書も著者とロケ地近隣に住む撮影当時を知る人たちとの出会いから生まれた。

「思えば、こうした本を作れたのも、その土地土地で『七人の侍』に関わった多くの人たちとの出会いがあったからです。みな、嬉々としてこの映画について語ってくださいました。大部屋俳優の加藤茂雄さんも含め、決して忘れられない強烈な経験だったのでしょう。でも、これってまるで、映画の百姓と侍たちとの出会いみたいですよね。『七人の侍』で一番面白いのは、侍探しのくだりだとも言いますし・・・・・・」。

今年は奇しくも黒澤明生誕110年、三船敏郎生誕100年のメモリアルイヤー。ふたりの天才が遺した最高傑作『七人の侍』を、ロケ地の場所がすべて分かる本書を傍らに鑑賞するのも、意義ある体験ではないだろうか。

プロフィール

高田雅彦(たかだ・まさひこ)

1955年、山形市生まれ。実家が東宝の封切館「山形宝塚劇場」の株主だったことから幼少時より東宝映画に親しむ。成城大学卒城後、成城学園に勤務しながら、東宝映画研究をライフワークとする。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師と映画講座、映画文筆を中心に活動。著書に『成城映画散歩』『三船敏郎、この10本』がある。

植草信和(うえくさ・のぶかず)

1949年、千葉県市川市生まれ。フリー編集者。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。著書『証言 日中映画興亡史』(共著)、編著は多数。

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