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「早すぎたポップ・スター」としてのマリア・カラス 20世紀オペラの伝説的歌唱を改めて聴く

リアルサウンド

14/10/7(火) 19:00

141007_mk_1.jpg(C)Sotheby’s

 アイドル、ロック、ボカロ、EDM、時にはジャズ、宝塚など、Real Soundは幅広いジャンルを扱っているけれど、ポップ・ミュージックを中心にした音楽サイトだとはいえるだろう。そのサイトで今回、オペラ歌手の故マリア・カラスをとりあげる。彼女はクラシックの世界に生きた人だが、その記憶のされかたは、ポップ・スターに近いところがある。クラシック通以外にも名前を知られ、広く聴かれた点では、ポピュラーな歌手だったのだ。

 生誕90周年にあたる今年、1940~60年代のスタジオ録音が、ロンドンのアビイ・ロード・スタジオのエンジニアによってリマスターされ、豪華なボックス・セットがリリースされた。また、日本企画として、やはり新リマスターによるSACDのリサイタル集13タイトルが11月、オペラ全曲集6タイトルが12月に発売される。一連の再発プロジェクトは、クラシック界でのカラス再評価の機会となるはずだ。同時に、このプロジェクトに伴って選曲された編集盤『PURE』は、オペラ初心者でも親しみやすい内容になっているし、ポップ・スターとしてのマリア・カラスを味わえると思う。Real Soundで話題にするには、ふさわしいアルバムだろう。

 カラスは、歌劇における演技力、役の心理の理解に優れた歌手だった。そして、実人生のほうも、芝居のようにドラマティックなものだった。1950年に歌劇『アイーダ』で注目された当初は、オペラ歌手らしい肥りかただったという。だが、女優オードリー・ヘップバーンへの憧れや、映画監督で舞台演出も行ったルキノ・ヴィスコンティの薦めから、54年には約30キロのダイエットで変身。その後、様々な舞台を成功させる一方、夫を捨て大富豪オナシスとの恋愛に走る。2人は結婚に至らず、オナシスは、暗殺されたケネディ大統領の未亡人ジャクリーンと再婚した。カラスは、派手な社交や恋愛でも知名度を上げた。

 カラスのスキャンダルは、それだけではない。イタリア大統領も臨席した58年のローマ公演を、第1幕のみで出演をキャンセルし、批判を浴びた。30代半ばからは喉が不安定になり、42歳だった65年には歌劇の舞台から引退。その後は、69年に映画『王女メディア』に主演したほか、舞台演出、音楽院の講師を務め、73~74年にフェアウェル・コンサート・ツアーを行った。77年9月16日にパリの自宅で心臓発作を起こし、53歳で死去。74年11月11日の札幌が、最後の公式ステージだった。

 オペラ歌手としての充実した活動期間は短く、51年からの7年間が全盛期、歌声に波があった60年代まで含めても10数年にすぎなかった。早すぎる衰えは、若い頃に難曲で喉を酷使したため、あるいはダイエットのせいとも不摂生のせいともいわれる。それに対し、出演キャンセルだけでなく、興行側と摩擦を起こしつつ舞台から遠ざかったのは、自分に要求する水準が高かったからだととらえる人もいる。恋愛に溺れた一方で、高度なテクニックを持ち、講師として的確に指導する知性もあった。カラスは多面的な人だったし、どの部分に焦点をあてるかで、彼女のイメージは大きく違ってくる。

 後の時代からさかのぼり、残された音源を聴くものとしては、紆余曲折のあった彼女の人生を、歌唱から感じとろうとする。曲自体のドラマだけでなく、歌い手のドラマが、そこに反映されていると思って聴く。波乱のある人生を送り、老いる前に死んだアーティストに対しては、どうしてもそうなる。ジャズのビリー・ホリデイ、シャンソンのエディット・ピアフ、ロックのジャニス・ジョプリンなどがそうだし、オペラのマリア・カラスもそうだろう。歌い手自身の物語やキャラクターの強さが、ジャンルを越えて聴かれる要因ともなっている。

141007_mk_2.jpg(C)Erio Piccagliani

 そのようにしてカラスの生涯に興味を持った時、よい入門編になるのが『PURE』だ。ここには、53~64年に彼女が歌った18曲が収録されている。「恋は野の鳥(ハバネラ)」(歌劇『カルメン』)、「ある晴れた日に」(歌劇『蝶々夫人』)など、日本でも多くの人が聴いた覚えのあるはずの曲が含まれている。ポイントは、映画に使われたことのあるオペラのアリア(独唱曲)ばかりが選曲されていること。うち6曲は、映画のサウンドトラック(『永遠のマリア・カラス』『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』『フィラデルフィア』『マジソン群の橋』)に使用された音源である。

 カラスは、映画監督(ヴィスコンティ、フランコ・ゼフィレッリ)が演出した舞台で歌い、映画に出演し、死後は半生が映画化された。『PURE』の編集コンセプトは、映画と深い関係があったカラスの一生を念頭においたものだ。また、今年発行された「KAWADE夢ムック 文藝別冊 マリア・カラス」には、カラスが亡くなった1977年に「レコード芸術」に掲載された追悼座談会が再録されている。同記事では彼女の死が、マリリン・モンローやエルヴィス・プレスリーの死にも似た、ある時代の終わりとして語られていた。プレスリーのデビューが54年、ビートルズのデビューが62年と書けば、カラスがどのような時代に生きて死に、神話になったのか、想像できるかもしれない。

 大衆の娯楽の中心が映画からテレビへと移り変わる一方、ラジオ、レコードの普及とともにポップスやロックなどの新しい音楽が流行し始める。そんな時代に、伝統あるクラシック音楽の世界で実力を認められながら、出演キャンセルや恋愛スキャンダルでマスメディアの話題になり、長くは生きられなかった。

 彼女は、オペラ歌手であるだけでなく、一種のポップ・スターとして記憶される存在になった。自分に正直に、それこそピュアに生きただけだったかもしれない。しかし、録音に残された歌声は複雑な色あいで響いており、マリア・カラスは謎のままだ。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。

■リリース情報
『PURE』
発売:2014年9月24日
【初回限定盤(DVD付)】¥2,600(税抜)
[CD] 収録曲は通常盤と同様。
[DVD収録予定映像]  註:DVDは、2014年リマスターではありません。
1.ハバネラ(恋は野の鳥) ~ビゼー:歌劇『カルメン』より  (1962年、ハンブルク)
2.歌に生き、恋に生き ~プッチーニ:歌劇『トスカ』より (1964年、ロンドン)
3.今の歌声は ~ロッシーニ:歌劇『セビリャの理髪師』より (1959年、ハンブルク)
4.カラス・リマスタード・プロジェクト2014 PR映像 ~エンジニアは語る(2014年/字幕入り)

【通常盤】¥2,000(税抜)
PURE[収録曲]  *・・・実際のサウンドトラックで使用されている音源(6曲)
1.恋は野の鳥(ハバネラ)
~ビゼー:歌劇《カルメン》/1964年録音・・・映画「永遠のマリア・カラス」*
2.清らかな女神よ
~ベッリーニ:歌劇《ノルマ》/1960年録音・・・映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」* 
3.私のお父さん
~プッチーニ:歌劇《ジャンニ・スキッキ》/1954年録音[MONO]・・・映画「眺めのいい部屋」
4.さようなら、ふるさとの家よ
~カタラーニ:歌劇《ラ・ワリー》/1954年録音[MONO]・・・映画「ディーバ!」
5.ああ、そはかの人か
~ヴェルディ:歌劇《椿姫》/1953年録音[MONO]・・・映画「プリティ・ウーマン」
6.花から花へ
~ヴェルディ:歌劇《椿姫》/1953年録音[MONO]・・・映画「プリティ・ウーマン」
7.歌に生き、恋に生き
~プッチーニ:歌劇《トスカ》/1953年録音[MONO]・・・映画「コピーキャット」
8.ある晴れた日に
~プッチーニ:歌劇《蝶々夫人》/1955年録音[MONO]・・・映画「危険な情事」
9.亡くなった母を
~ジョルダーノ:歌劇《アンドレア・シェニエ》/1954年録音[MONO]・・・映画「フィラデルフィア」*
10.あなたの愛の呼ぶ声に(ミミの別れ)
~プッチーニ:歌劇《ラ・ボエーム》/1956年録音[MONO]・・映画「月の輝く夜に」
11.私は卑しい召使いです
~チレア:歌劇《アドリアーナ・ルクヴルール》/1954年録音 [MONO]・・・映画「フィラデルフィア」*
12.彼の優しい声が(香炉はくゆり)
~ドニゼッティ:歌劇《ランメルムーアのルチア》/1953年録音[MONO]・・・映画「フィフス・エレメント」
13.恋はバラ色の翼に乗って
~ヴェルディ:歌劇《イル・トロヴァトーレ》/1956年録音[MONO]・・・映画「バスキア」
14.アヴェ・マリア
~ヴェルディ:歌劇《オテロ》/1963年録音・・・映画「O(オー)」
15.今の歌声は
~ロッシーニ:歌劇《セビリャの理髪師》/1957年録音・・・映画「市民ケーン」
16.エウリディーチェを失って
~グルック:歌劇《オルフェオとエウリディーチェ》/1961年録音・・・映画「最終目的地」
17.あなたの声に心は開く
~サン=サーンス:歌劇《サムソンとデリラ》/1961年録音・・・映画「マジソン郡の橋」*
18.シストロの鉄線が鳴り(シャンソン・ボエーム)
~ビゼー:歌劇《カルメン》/1964年録音・・・映画「永遠のマリア・カラス」*

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