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ドラマ『3年B組金八先生』配信スタート 風間俊介、亀梨和也、加藤シゲアキ……出演ジャニーズの光る名演

リアルサウンド

20/5/18(月) 6:00

 1979年から32年間にわたって放送されたドラマ『3年B組金八先生』の配信が、4月24日からParaviで順次スタートした。同作は、東京下町の桜中学校を舞台に、3年B組の学級担任を長年つとめる国語教師・坂本金八と各年度の在籍生徒たちが、数々の難題を一緒に乗り越えていく姿を描いている。時代をあらわす社会問題、教育問題を織り込んだ物語が物議を呼んできたことから、今回の配信でも鑑賞者の間であらためて熱論がかわされそうだ。

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 また全8シリーズとスペシャル回を合わせた全185話には、今の日本映画、ドラマを支える俳優たちが多数出演しており、登竜門的な作品でもある。中でもジャニーズ事務所に所属するタレントたちの存在感は目をひき、それぞれ大きく羽ばたいていった。

 そこで今回は、秋以降に配信される第5シリーズからファイナル「最後の贈る言葉」にかけての、ジャニーズ所属の面々の役柄、演技の見どころについて紹介する。

●場を支配する怪物・武田鉄矢
 ジャニーズのタレントたちの芝居について話す前に、彼らがぶつかった相手、金八先生=武田鉄矢についてまず触れておかなくてはならない。同作における武田鉄矢は、語弊を恐れず称するならば“怪物”である。

 歴代の3年B組は、みんな年頃とあって何をするにもやかましい。すぐ騒然となり、聞き分けがなく、大人への反発心や憎悪がどこかにあり、傷つきやすい。金八先生は、そんな生徒たちの気持ちをすべて引き出し、それを一身に受け止めて体内に吸収、そして倍返しで諭していく。まるで『ドラゴンボール』におけるサイヤ人の初期設定のごとく、ダメージを受ければ受けるほど、その反動でパワーが増して強くなるようなキャラクターだ。

 作家たちの言葉や書籍の一文を引用することもあれば、激情のあまり理論そっちのけになることもある。でも、ちょっと強引であっても納得させられる語気と求心力がある。武田は、本気の涙と鼻水を流し、つばと汗を飛ばし、顔を赤くし、噛むか噛まないかは問題にせず自分の言語感覚で台詞をまわす。ドキュメンタリーのような緊張みなぎる間合いを生み出し、毎回必ず場を掌握して説き伏せていく。武田にしかできない圧巻の芝居だ。

 第5シリーズ以降の武田は特に凄みを増している。過去シリーズで激しい戦火をくぐってきたことで総合値もピークに達した時期であり、金八先生としてもっとも脂がのっている。第7シリーズの初回、出欠確認で返事をせず無視を決め込む生徒の前へ行き、名前をひたすら連呼しながら見せる笑顔は尋常ではない破壊力があった。

 ここでピックアップするジャニーズの俳優たちは、まだまだ駆け出しでありながら、武田鉄矢の強大さを前に奮闘していたことをまず言及しておきたい。

●実力が光る風間俊介、手慣れのなさが良い亀梨和也
 第5シリーズ(1999年)の題材となったのは、学級崩壊だ。表面上は優等生に見える兼末健次郎のアジテーションのもと、担任教師・中野をクラスで集団暴行。さらに健次郎は、休養する中野に供花を手向けることを発案し、自殺未遂にまで追い込む。代打で担任をつとめることになった金八先生は最初、模範のような健次郎に騙されるが、学級崩壊の糸を引いているのが彼であると気づいていく。

 健次郎を演じたのは、風間俊介。アイドルグループとしてCDデビューせず、俳優路線に舵を切って独自のポジションを築いた風間は、のちに出演するドラマ『それでも、生きてゆく』(2011年)や『映画 鈴木先生』(2013年)然り、狂気的な若者役が似合う。パッと見の普通感を武器に、健次郎のような表裏のある役ならギャップをうまく作り出し、「誰もが屈折した部分を抱えて生きている」と他人事には思わせない共感性を生む。

 芝居として興味深かったのは第2話だ。金八先生の話を聞いているときは背筋を伸ばしてキッチリしているが、金八先生が廊下に出た瞬間、第一ボタンを外してかったるそうな動きをする。健次郎の“邪”が見えるカットだ。このシーンはカメラも風間に寄っているため、オーバーアクションが仕掛けられている。そして金八先生が戻ってくると、さりげなくボタンをかけ直す。

 健次郎にとってこの「ボタンを外す」という行為が表裏のスイッチのひとつなっている。18話で母親と言い争うところでは、当初はボタンを外しているが、母親にかけ直されて優等生の顔に戻る。良い意味で癖が強くなく、フラットな印象を持つ風間だからこそ、二面性の切り替わりがはっきり分かる。まるでジキルとハイド。第一ボタンをかける、外すで彼が感じる環境の息苦しさを表現した流れは、演出の妙味もあるが、演者として仕草を理解してやらないと鑑賞者の脳裏には残らない。

 このシリーズでもうひとり欠かせないのが亀梨和也だ。健次郎に操られる不良・深川明彦に扮した彼は、目線を下に落とした芝居が特徴的。人を直視せず、授業中も机に突っ伏すなど、ほとんどうつむいている。そうすることでキャラクターの本質がつかみづらくなり、不気味さがふくらむ。また、目線を上にしない、あまり前を向かないという動作で明彦自身が抱える未来への不安や自信のなさが表現できる。

 17話で金八先生に感情を吐露する場面があるが、一切顔を上げず唇を噛みながら喋る芝居は、明彦の迷いがよく出ている。亀梨は第5シリーズが俳優デビュー作なのだが、その手慣れのなさが効果となり、ここでは実際の進路指導を覗き見している気分になる。18話の金八先生と明彦が火を囲んで語り合う場面は、映画『イージー・ライダー』(1969年)のオマージュだろうか。明彦が「自由とは何か」を知る旅の物語となっている。シリーズ終盤で葛藤から解き放たれていく表情は、亀梨自身が役と一緒に成長を遂げたことを感じさせる。

●パーフェクトなキャラクター像を守りきった加藤シゲアキ
 上戸彩が性同一性障害の転校生・鶴本直を熱演したことで話題となった、第6シリーズ(2001年)。誰もが人と違いを持っており、それを認め合うことの大切さを伝えたシリーズとなっている。直が、素性を明かさずメールで悩みを打ち明けている相手が、クラスメイトのハセケンこと長谷川賢だ。ハセケン役には、加藤成亮(加藤シゲアキ)が抜擢された。

 男前で正義感も強く、誰からも慕われていて、成績も優秀で、弁護士の家庭で育ったエリート。そんなハセケンのハイライトとして外せないのは、何と言っても2話目。クラスで文化祭の出し物を考えているとき、大騒ぎになってまとまりがつかなくなる。ハセケンはそんな周りを見渡して、おもむろに机の中からリコーダーを取り出し、ベートーベンの「運命」を吹いて騒乱を制圧。ハセケンの影響力がいかに強いか分かる一連である。

 まさに完全無欠のヒーロー。その真っ直ぐさは、直の頑なさすら笑顔に変える。こんな役は並大抵の俳優ではできない。その点、加藤は誰が見ても二枚目だと認めるビジュアルの説得力、さらに5歳の頃に絵本を書き、のちに小説家としてもデビューする知的さを持つ。彼にしかできないようなキャラクターだ。

 また加藤は、パーフェクトなハセケン像を一切壊さず役を進めていったキープ力が素晴らしい。決して派手な役ではないが、完璧に思える人間であっても弱い一面は必ずあるという、第6シリーズのテーマに沿った重要なポジションを担っている。卒業回、金八先生から「男前が台なしだ」といわれるほど大号泣する姿も、これまた魅力的だ。

●武田鉄矢を食った、八乙女光
 第7シリーズ(2004年)は、かなりヘビーな内容で知られている。同シリーズでは何かに依存することをテーマにしており、とりわけ麻薬蔓延、ドラッグ中毒に関する描写は衝撃的だ。

 中心となる生徒は、丸山しゅう。父親がドラッグに溺れた挙句に事故を起こして寝たきり状態。そして母親からは激しいDVを受けている。しゅうはかつての幸せな家庭が忘れられず、どんな暴力を振るわれても母親を愛し、もはや意思疎通がかなわない父親を懸命に守ろうとする。彼の健気さが切なすぎて苦しい。

 第11話で父親を乗せた救急車を追うシーンでの、しゅうの悲痛な叫びは、彼の感情の糸が切れゆく瞬間でもある。家族が崩壊して孤独となり、さらに唯一分かり合えていた親友との仲違いや進学問題が重なる。心優しく、素朴な少年の精神が堕ちていき、心の弱さに負けてドラッグに手を出す。

 演じた八乙女光はとにかく役への没頭がすさまじかった。八乙女は、元ドラッグ中毒患者を取材するなどリアルさを追求。涙ながらに腕に注射を差し込むショッキングな場面を境に、顔つきが明らかに変化する。金八先生が家にやって来たせいでドラッグを打てなかったとき「チッ」と舌打ちする姿も、何気ない仕草だが、リアルな苛立ちがうかがえて演技として見過ごせない。

 リアルといえば、母親から暴力を受けるシーン。母親が手を振り上げた瞬間に、下を向いてビクッと肩をすぼめ、条件反射的に殴られる体勢を作るところは実に見事。

 極め付けは19話。教室内でドラッグの中毒症状があらわれ、床にこぼれた水をすするところ。同級生役の濱田岳が力づくでドラッグについて問い詰めても、「水が飲みたい」と床に目線をさまよわせる。禁断症状からくる異様な執着心を体現している。金八先生は「しゅうはいいやつだった。そんなやつがこうなっちゃうんだ。ドラッグを憎め!」と魂を込めて訴えるが、武田の力演を引き出したのは、間違いなく八乙女の壮絶な芝居だ。武田を食ったワンシーンである。

●柔軟でバランス感覚に優れた岡本圭人
 最後に取り上げたいのは、『金八先生・ファイナル~「最後の贈る言葉」4時間SP』(2011年)に登場する不良・景浦裕也に扮した岡本圭人だ。

 桜中学校はエリート校化を目指し、能力面や生活態度において落ちこぼれな生徒は排除する教育方針へ傾いていく。問題のある生徒と親身に接してきた金八先生は、画一的な教育方針に異議を唱える。規則と個性の折り合いについて考えさせられ、集団の中で違ったことをする影響について、多面的に論じたストーリーとなっている。

 このファイナルで異分子として扱われるのが、裕也である。この役のポイントは、とにかくキレまくるところ。金八先生を躊躇なく殴る場面は、裕也の暴力性が見てとれる。金八先生も「37年間の教師生活でこんなこと初だ」としょげるほど。ただ、人としての心を完全に失っているのかというと、決してそうではない。

 立場を利用して偉ぶり、自分たちの都合で子どもを振り回す。そんな大人たちへの反発。正義感のねじまがりが暴力へと発展。大人をまったく信用できなくなった裕也のモヤモヤを、岡本は絶妙なバランス感覚で演じている。

 金八先生と共同生活を送ることになり、坂本宅へ初めて入ったとき、金八先生の妻・里美の遺影を見つめる表情。手のつけようのない悪ガキだが、そのとき浮かべる顔つきは、彼のことを理解してあげたくなるものだった。裕也は、金八先生との生活の中で変化していく。自分自身が変わるだけではない。まわりの気持ちも変えていく。これは非常に難しい役回りだ。岡本は、意外にも柔軟な演技力で景浦のさまざまな側面を見せていく。そして、憎めない人物像を作り上げていく。

 今ではすっかりスターになったジャニーズの出演者たちにとって、『3年B組金八先生』はまさに学びの場だったのではないだろうか。当時はまだまだ経験が浅くて、芝居はがむしゃら。でも、きらりと光るものが必ずある。この配信の機会に、彼らの才能の片鱗を見つけ出して欲しい。(田辺ユウキ)

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