Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

樋口尚文 銀幕の個性派たち

中村靖日、名もなくいじましく不自由に

毎月連載

第40回

20/1/9(木)

『運命じゃない人』 PFFパートナーズ

往年のバイプレーヤーのなかには、もうその顔がスクリーンに出てくるだけで映画が「かたち」をなす人がいる。たとえば山茶花究がそうだ。と言っても1914年生まれで1971年没(顔に年輪と味があるのでもっと年長に見えた)だから、今どきの若い観客にはいったいそれは誰という感じかもしれないが、森繫劇団の主要メンバーだったので森繫久彌主演の東宝「駅前」シリーズ、「社長」シリーズでもコミカルなレギュラーメンバーだったし、シリアスな方面でも黒澤明に気に入られて『悪い奴ほどよく眠る』の建設会社の重役、『用心棒』の宿場町のやくざの親分、『天国と地獄』の債権者など、癖のある悪役をやらせても天下一品だった。そもそもが戦前戦後をまたいでボードビル・ユニット「あきれたぼういず」を結成していたハイカラさんだが、1950年代前半以降は主に喜劇俳優として映画、舞台で活躍した。『しとやかな獣』の作家など川島雄三作品でも愛のある起用がたびたびなされていたが、成瀬巳喜男『女が階段を上る時』のバーオーナーや市川崑『鍵』の古美術商、大島渚『青春残酷物語』の金満オヤジなど、ちょっと顔を出すだけでも、映画の味わいが豊かになった。

さてなぜ今こんなに愛すべき名脇役の山茶花究のことにふれているのかといえば、私は映画やテレビで中村靖日の顔を見るたびに山茶花究のことを思い出すのだ。それは中村靖日が画面に登場するだけで何か面白いことをやらかしてくれそうな雰囲気を醸しているからで、勝手ながらぜひ往年の山茶花究みたいなポジションで攻めていってほしいと願っているからだ。そして、数々の名バイプレーヤーのなかで私が中村靖日に山茶花究を感じてしまうのは、ぱっと見の都会型の軽快さの奥に食えない曲者感を見てしまうからだろう。

1972年生まれの中村は、武蔵野美術大学の映像コースで学んだが、やはり同校出身の佐藤信介監督の自主映画『寮内厳粛』などに参加し、その縁で佐藤監督が脚本を手がけた市川準監督『東京夜曲』『ざわざわ下北沢』などに顔を出し、いち早く目をつけた犬童一心監督『ジョゼと虎と仲間たち』、荻上直子監督『恋は五・七・五!』に出演していたが、やはり出世作は内田けんじ監督のPFFスカラシップ作品『運命じゃない人』だろう。初主演作である本作は恋愛コメディふうに始まりながらハードボイルドふうのサスペンスに横滑りしてゆく構成展開が話題になったが、中村はこの序盤で観客を大いに油断させる平凡で気弱なサラリーマンに扮したが、やがて意外な事件の展開に翻弄される。

この作品が中村の持ち味を広く知らしめたのは間違いなく、以後、『東京ゾンビ』『地下鉄に乗って』『愛の流刑地』『百万円と苦虫女』『カイジ ~人生逆転ゲーム~』『ステキな金縛り』『しあわせのパン』『夢売るふたり』『のぼうの城』『日本のいちばん長い日』などさまざまな作品に起用され、テレビドラマではなおいっそう数多くの作品で重宝がられてきた。テレビの場合、NHK『サラリーマンNEO』シリーズのように軽妙に市井の名もなき勤め人の小さなこだわりや忍耐を演ずると大変なはまりようだったが、この「いじましさ」「不自由さ」は中村の役柄イメージのエレメントかもしれない。たとえば芸人がおもしろおかしくサラリーマンを演じても、この小市民的なこだわりが出せないと全く身につまされないのだ。まさに一見腰が低いが食えない奴というイメージが、ベテランのサラリーマンのリアルさだ。

ところで、ごく最近、あるテレビドラマのコンペティションの審査をつとめていたら、各局の出品作のうち半分近くに中村靖日が出てきて、「お!今度はこんな役だ」とついに審査員の話題になった。ある作品では神戸の震災でずたずたになった被災者を、ある作品ではネットの風評被害で折れた心をなんとか再生させようとしている塾の先生を、ある作品では昭和のスナックにたむろする常連客を、ある作品では特異な記憶力をもつ警察官を、まさに演技職人的に演じ分けていて、くだんの「いじましさ」「不自由さ」の味にいっそう磨きがかかっているのに瞠目させられた。



直近出演作品

『旅猫リポート』
2018年 配給:松竹
監督:三木康一郎 原作:有川浩
脚本:有川浩平/松恵美子
出演:福士蒼汰/広瀬アリス/大野拓朗/山本涼介/前野朋哉/田口翔大/二宮慶多/中村靖日/戸田菜穂/橋本じゅん/木村多江/田中壮太郎/笛木優子/竹内結子

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が9/20(金)に全国ロードショー。

『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

アプリで読む