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岡村詩野と田中宗一郎が語る“音楽ライターのあり方” 「自覚と見極めがないまま文字だけが増え続けている」

リアルサウンド

14/12/11(木) 15:00

20141210-talk.jpg『オトトイの学校 presents 「岡村詩野音楽ライター講座 YMW特別編』でトークを行った岡村詩野氏(左)と田中宗一郎氏(右)。写真提供:YEBISU MUSIC WEEKEND(撮影:Yutaro Suzuki)

 11月1日~3日にかけて行われた、恵比寿発のエンタメフェス・『YEBISU MUSIC WEEKEND』。同イベントではアイドルやロックバンド、DJなどのライブに加え、音楽にまつわる各業界の有識者たちが活発なトークセッションを行った。今回は、数々の音楽ライターを輩出してきたオトトイの学校の『岡村詩野音楽ライター講座』の特別編として、講師である岡村詩野氏とゲストの田中宗一郎氏(「SNOOZER」編集長、音楽サイト「ザ・サイン・マガジン・ドットコム」クリエイティヴ・ディレクター)が登壇したトークセッションを一部レポート。音楽にまつわる文章を長年に渡って書き続けてきた二人が、ライターのあり方や執筆スタンスについて鋭く語らった模様をお届けしたい。

「批評性とは無縁の、自らのテイスト自慢みたいなものになってしまいがち」(田中)

岡村詩野(以下:岡村):タナソウさんは基本的にこういう場に登場するのを大変嫌う人で、今日も非常に陰鬱な表情で登場されて、「こんなイベント、供給過多だ」と言ってはばからず…(笑)。

田中宗一郎(以下:田中):だって、実際、今、音楽作品も音楽イヴェントも音楽についての文章も過剰供給でしょ。いらないものが多すぎる。今日はライティングの話なので、なるべくライター志望の方向けのお話をするように努めたいんだけど。まず現状、紙の雑誌というのは非常に少なくなった。新聞メディアでもポップカルチャーに割くスペースは特に増えたりしてはいない。でも、ネットに関しては明らかに増えている。企業化されたwebメディアもあれば、個人がやっているブログもあり、実際、個人発信の方がクオリティが高かったりもする場合も多い。ただ、それも含めてあまりに過剰に氾濫していて、自分自身が書いていても、果たしてこれ以上書く必要があるのかな?と思うことがあります。英語がいける人なら、『ガーディアン』さえ読んでりゃいいんじゃないの? っていう。

岡村:書かなくていいものと書くべきものの違いはありますか?

田中:何が必要で何が不必要なのか? についての答えはひとつではなく、難しいところです。ただ、世の中に100人の人がいたとして、100人全員に届けたいと思って書いている人もいるし、10人に読んでもらえれば十分と思って書いている人もいる。でも、大半の言葉はそういうことさえ意識しないまま、ただただ量産されている。だから、状況的にはすごくカオティックですよね。例えば、今は「マスメディアは要らない、webさえあればいい」という論調もあります。ただマスメディアが正しい方向に向かうように市井の人々がきちんと働き掛けてさえいれば、ジェネラルな情報源としてのマスメディアというのは非常に便利なんですよ。100ある情報を10にフィルタリングしてくれるし、10の情報に対していくつもの視点があるなか、とりあえずは1つのアングルを提示してくれます。それを受け手が鵜呑みにせずに判断すればいい。100のブログを読むより、遥かに楽。

岡村:必要とされるものに従ってきた結果、1990~2000年代を最後のピークにしてある程度は崩壊しましたが、依然として一般的に日本における音楽ライターの仕事の軸はリリース・タイミングでの取材ありきという状況です。そこを今一度見直したかったし、他の道筋でもライティングができないものかと考え、私は居住地を京都に移しました。今でも東京と京都とを毎月行き来はしていますが、何のために書くのか、誰に届けたいのかを考え直すいいきっかけになっていると思っています。

田中:マスメディアに書く場合とブログで発信する場合で、モチーフもスタイルもトーンも変わるのが普通だと思うんですよ。マスメディアを通して何かを書くことには縛りがある。あまりマイナーなモチーフは取り上げられない、とかね。でも、その縛りがあるからこそ、面白いものが書けることもある。でも、ブログなり、webメディアで何を取り上げても構わない、となった場合には、大半の場合、批評性とは無縁の、自らのテイスト自慢みたいなものになってしまいがちです。でも、それゆえ逆に、ある意味、閉じられたSNS内での知人・友人間の情報交換の方がそれなりに説得力を持っていることになったりもしている。

岡村:なるほど。

田中:だから、最初に必要なのは、自分自身のテキストが、誰に対して、どういう目的を持ったものなのか? それを書くことには果たして必然があるのか? に対しての自覚と見極めです。ツイッターに書くことと、毎週更新するブログに書くことと、メディアに仕事を依頼されて書くこと、実際にはどれも役割なり、目的が違っているはずなんだけど、そういうことに対する意識のないまま、ひたすら文字だけが増え続けている。実際、web上の日本語で書かれた音楽についての文章の9割はまったく不必要だと言ってもいいと思う。今日ここに来た皆さんに訊きたいんですけど、音楽についてのどんな文章が読みたいですか?

聴衆:『the sign magazine』の「ジュリアン・カサブランカスの新作があまり理解されない」のような、違った視点を与えてくれるものが必要だと思います。

田中:ありがとうございます。今の方の意見は、面白い作品やアーティストの情報を知りたい、というよりは、その作品をより楽しんだり、アーティストをより違った角度から理解したりするためのきっかけになるような、何かしらの視点、アングル、論旨を持った文章が読みたい、それこそ必要とされているという考え方ですね。ただこうした意見はすごく少数派だという気もします。今、大方の場合、音楽にまつわる書き手に求めらている資質は、テイストメーカーだと思うんですよ。ある作品や作家を良い/悪いと言ってくれる、あるいは何かをオススメをしてくれる、そのキュレーション力というか、セレクト力。

岡村:キュレーションというよりも、単なるジャッジメントだったり、ガイドだったり。

田中:「今、何がヤバいのか、教えて欲しい」ってことくらいしか、求められていなんじゃない? 実際のところ。

岡村:でもタナソウさんの存在やその文章がひとつのレコメンドとして機能しているのも事実で、全てのライティング物は期せずしてそういう側面を持っている。

田中:勿論、よくネットの話で言われるフィルタリング、100あるものを10に絞ってくれ、という役割、機能は確かに重要だし、自分自身も何かしらそれを担っていることもよくわかる。でも、それだけじゃ退屈だと思うんです。

20140808-ymw.jpg『YEBISU MUSIC WEEKEND』ロゴ。

「文章そのものに100円でも200円でも支払う意識を持ってもらうために我々はどうすればいいのか」(岡村)

岡村:今日は極端に長い原稿をタナソウさんの直近の仕事の中から選んできました。その中で最近話題になったくるりの原稿2つについて伺います。まずフリーで読めるnote。それからくるりのニューアルバム『THE PIER』に封入されている極端に長いライナーノーツです。前者は、くるりがデビュー前に作ったカセット音源『くるりの一回転』のダウンロード販売に伴って執筆されたものという位置付けですね。そして後者は10月リリースの『THE PIER』のライナーノーツ。つまり、最初期と最新作の音源のライナーノーツということなのですが、これはどういった経緯で書くことになったのですか。

田中:くるりは今年事務所を独立して、社長である佐藤(征史)くんが陣頭指揮を取りながら、今回のアルバムを作りながら、同時にマネージメント体制を固めなきゃいけない、という状況だったんですね。で、その一貫として、noteというプラットフォームをいろいろと活用しようと考えていた。そのアイデアのひとつとして、文章と音源の両方をそこで販売したり出来ないか? っていうアイデアを温めてたみたいなんです。それがきっかけ。

岡村:タナソウさんはほかにも、スプーンの国内盤に書いたライナーノーツをOTOTOYで販売するといった、音源に自動的に付いてくる解説の概念を変えるようなことをしていますね。

田中:僕は以前『snoozer』という雑誌の編集長でした。今も『the sign magazine』というWebメディアのナンバー2として17歳年下のボスにこき使われてる(笑)。だから基本的にはライターというよりは編集者であり、運営側の立場なんです。なのでずっとライターさんに仕事をお願いして、原稿を買い取ってきたわけなんですけど、そこにはちょっとした罪悪感のようなものがあった。雑誌は売れれば儲かりーーまあ、ほぼ儲かりませんが、ただ、その中の記事に取り上げた作品が売れれば、アーティストもレーベルも喜んでくれます。しかし、それを促した記事を書いてくれたライターさんにはギャラを支払って終わり、というのはちょっと不条理だなと思っていた。とても説得力を持ったテキストによって作品やアーティストが世の中にきちんと広まった場合に、書き手にも固定額のギャランティではなく、ロイヤリティが支払われるような仕組みが作れないものかと、ずっと考えていたんですね。つまり、エンドユーザーが直接、ライターさんにお金を払ってもらえるような仕組みを作りたい、そのテスト施策としてスプーンのOTOTOY独占ライナーノーツのようなことをしたり、同じようなアイデアを持ったくるりのnoteのアイデアに加わらせてもらったところもあります。

岡村:タナソウさんが言いたいのは、「文章は、雑誌の中に複合的に販売される形であったが、ひとつひとつロイヤリティとして支払われるべきだ」ということですか。

田中:でも、正直、現状だと、夢物語だとも思うんですね。スプーンの文章はインタビューを含めた2万字くらいの内容で、単体で買えば200円、ハイレゾ音源と一緒に買ってもらえれば100円です。200円といえばLINEのスタンプや缶コーラと同じような金額なんだけど、正直、文章にその金額を出すのは躊躇するでしょう?

岡村:そこは書き手や内容によるんじゃないですか。

田中:そこに関しては、読み手からの信頼性を個々の書き手が築き上げていくためのサポートをメディアがしてこなかったことが大きいと思う。書き手たちもただ仕事をこなすことに流されている場合もなくはない。『snoozer』の場合は、例えば、岡村詩野という書き手のもっとも優れた側面や新しい顔を読者に訴えかける場所をそれなりに用意したつもりだし、書き手としてのブランディングの手助けが出来たと思う。『the sign magazine』のボスの小林祥晴は『snoozer』で何年か書くことで確実にキャリア・アップ出来たと思うしね。『the sign magazine』もそうなれるといいんだけど。

岡村:『the sign magazine』は立ち上がって2年ですが、成果はどうですか?

田中:俺、年明けから10ヶ月以上は身体の不調で、ほぼ何にもしてないの(笑)。

岡村:もう時効ですけど「どうなっちゃったのか?」という話はたくさんありますよね。2013年のベストディスクとか(笑)。

田中:まあ、年内には書くんじゃないの?(笑)。(少し間があり)うん、でも、やっぱりね、文章にお金払うのってきついでしょ? 馬鹿らしいでしょ?

岡村:ここに何を言いに来たんですかあなたは(笑)。でも、情報としての文章がインターネット上では概ねタダで読める、という状況が定着してしまった今、それでも文章そのものに100円でも200円でも支払う意識をどこまで持てるのか、あるいは、持ってもらうために我々はどうすればいいのか、というのは大きな課題ですね。

「くるりの新作は『リスナーに考えてもらうべきレコード』」(田中)

岡村:くるり『THE PIER』のライナーノーツについては、noteで執筆した『くるりの一回転』の流れでお願いされたんでしょうか。

田中:繁くんや佐藤くんには、何年かに一度、天啓のように「田中宗一郎に話を聞けば、何かいいヒントがみつかるんじゃないか?」という勘違いが起こることがあるみたいで(笑)。特に今回の『THE PIER』の場合、なんかすごいものを作ってしまったような気がするものの、それをどう世の中に説明していいかわからないって感じてたんですよ。で、この『THE PIER』にはいろいろな時代の音楽やいろいろな国の音楽からの引用がたくさんある。すごく古いものをかき集めているんだけど、とても新しくもある。なので、俺が「わかった、これはスチームパンクなんだよ」という話をしたら、メンバーたち的にはすごく腑に堕ちたみたいで、すごく喜んでくれたんですよ。でも、スチームパンクなんて言葉で説明しても、SFファンくらいにしか伝わらない。なので、まずレーベルのスタッフにアルバムの内容をプレゼンするための12ページくらいの企画書を作ったんです。

岡村:音楽雑誌でレビューを書いたりする場合には、いわゆる紙資料というものを事前に受け取ります。その企画書がそれですね?

田中:元々は社内スタッフ向けのものだったんだけど、その一部がライターとか、メディアにも配られるようになったっていう。

岡村:基本的に紙資料というものは、制作サイドからのセールスポイントを書かれています。誰がプロデュースしている、こういうものがコンセプトだ、というものから、全曲の歌詞、場合によってはアーティストの一言コメントもあります。『THE PIER』の紙資料には歌詞以外そういうものが一切なくて、その代わり社内プレゼン用に配るようなキーワードの羅列や、コンセプトを図形化して示すようなものでした。

田中:一般的なJ-POPからすれば、かなりエクストリームな作品なので、当初、繁くんは何かこれにジャンル名が付けられないか?って考えてたみたいなんですね。でも僕は、「これは説明しちゃいけないし、出来ない、けど説明したくなる。だから、そこはリスナーに考えてもらうべきレコードだ」って話をして。で、インタビュー取材をする人たちにとっても「これは一体何なんだ?」と混乱させるような資料をわざと作ったんです。このアルバムとどこかシンクロしてるような映画や小説、人物、固有名詞がたくさん出てきて、情報がオーバーロードしたような不思議な資料を。その方が想像力を掻き立てるし、メディアもクリエイティブに聴いて、書いてくれるんじゃないかと思ったんですね。で、ライナー原稿自体は、それの出涸らしというか。ただすごく自由に実験的な文章を書かせてもらいました。

「音楽も文章も使い捨てにならないために」(岡村)

岡村:ちなみにタナソウさんはこのライナーノーツを書くのに、考え始めてからどのくらいの時間を掛けましたか?

田中:繁くんと「この音楽はスチームパンクだね」という話をしていたときから、おそらく文章の最初はハーマン・メルヴィルの『白鯨』の引用、「Call me Ishmael」で始めるんだろうな、と思ってました。そこから言えば、3ヶ月くらい。で、実際に書き上げたのは3日間です。実働は18から20時間とか。

岡村:例えば物理的に1万5000字の原稿を埋めるだけなら恐らく書き慣れていれば数時間で完成する。だけど、書き始めるまでにかかる時間、かける時間を含むと、本来であれば3日間でも足りない。1ヶ月くらいそのテーマを煮詰めることだって本来はしたい。とてもドラスティックな話をすると、この原稿1本に幾らのギャランティが発生するのか、という生産性を考えると、1万5000字の原稿に3日間とかそれ以上をかけたら生活が逼迫する。でも、書く方としては、たとえ1本の短いレビューでも何日も熟考して書きたい。

田中:今の音楽業界ってどこを見ても、メディアに使われるライター、フェスティバルのオーガナイザーに使われるアーティスト、レーベルやマネージメントに使われるメディア、まったくリスクを負わない小売店、万事がそんな具合っていうか。誰かが他のドメインの人々を意識的に支えたり、育てようとしているムードは皆無で。特定の誰かが他の誰かを搾取しようという意図はなかったとしても、互いに利用しあうばかりで、誰もが何かしら誰かに不満をかかえながらも、すごく共依存的になっている。まあ、この中じゃ、ライターの人たちが一番不憫だって気もするけど。特に、主戦場が最初からwebメディアだった世代は。質も求められない代わりに、ギャラもびっくりするくらい安いっていう。

岡村:なのに、新しい音楽が次々と出てきては、また次々と新しいフェスが開催される。時間をかけて一つ一つを咀嚼するような余裕を自分の中で持つようにしないと、良い原稿は書けないし、良い音楽を堪能することもできなくなってしまう。例えば、くるりのニュー・アルバムは、まあ、どの作品についても同じではあるのですが、とりわけ咀嚼して味わう時間を求めるような作品です。もしかすると1年くらいかけて聴いてようやく何らかの結論が自分の中で出てくるような、熟成を必要とする作品かもしれない。でもその時には、『THE PIER』はもはや新譜ではなくなっている。一般的なライターの請負い仕事としての新譜紹介はできない。1月あたりにリリースされた作品を、年末のベスト・ディスクとして改めて紹介するくらいで実はちょうどいいタイミングだったりするんですよね。

田中:どうすればいいんだろうね?(笑)

岡村:時間をかけるか、咀嚼する集中力を高めていくか。

田中:でも、最終的に一番の鍵を握っているのはアーティストでもメディアでも業界人でもなくて、リスナーだし、音楽にお金を落とす人たちだと思うんですよ。10年前に津田大介さんが『だれが「音楽」を殺すのか?』を書いたときには、その批判の矛先って利権を持っている人たちに向けられていたと思うんだけれど、今、産業としても文化としても音楽を殺そうとしているのはユーザーだと思う。活かすも殺すも、ってことだけど。特にスポティファイみたいなストリーミング・サーヴィスの上陸が囁かれてる今だとね。リスナーがどんな作品や作家を選択するのか、それにどうきちんと対価を支払うのか、払わないのか、ポップ音楽の今後はそれにかかってる。作家も、作品をリリースして一週間の間にどれだけリアクションがあったか? とか、ホント気にするべきじゃない。理想的なことを言えば、書き手もそう。特にネットに文章を残す場合は、今は大して読まれなくても、きちんとアーカイヴして、10年後にもしっかり読めるものを書くという意識を持った方がいい。

岡村:そうですね。音楽も文章も使い捨てにならないために。そのためにも、自分にとって本当に必要なものが何かを時間をかけて探してほしい。周囲が聴いてるから私も、というような付和雷同でなんとなく聴いたりフェスに行ったりせずに、とりあえず情報としての文章があればいいという意識もぜひ見直してみてほしいと思います。面白い文章を書きたい、という気持ちをお持ちの人は今日お集りいただいたみなさんの中にもいるかもしれません。我々は時間に追われ、そこに従わざるをえない仕組みの中にいます。けれど、私は、そこから解き放たれたところにあるもの、あるいは時間の流れにせっつかれないようなところで鳴らされている音楽に気づいて、伝えていきたいと考えています。本日はお集りいただき、どうもありがとうございました。

田中:すみませんね、皆さん、終始不機嫌で。でも、ちゃんと音楽を楽しんでくださいね(笑)。

(構成=中村拓海)

■講座情報
『岡村詩野音楽ライター講座(2015年1月期)』
講師: 岡村詩野
期間: 2015年1月~3月 (1クール全6回)
受講料:20,800円 (税込)
定員: 25人
募集期間:2014年12月10日 ~ 2015年1月18日

<講座紹介>
音楽評論家岡村詩野のもと、音楽への造詣を深め、「表現」の方法を学んでいける場、それが岡村詩野音楽ライター講座。ここにはプロのライターを目指す人から、ライティングの経験はないけれど音楽が好きで、表現の幅を広げたい!
という人まで、幅広いバックグラウンドを持った参加者が集い、学び合っている。

隔週の講座では、毎回の授業と課題を通して、音楽を語るための分析方法、表現方法から構成力、音楽リテラシーまで、独学では難しい要素を多面的に学習。特に、今期のライター講座は、ライティングの基本となるディスク・レヴューに取り組むのはもちろんのこと、60年代から遡って洋邦の代表作を聴き込み、音楽知識を増強することにも尽力している。また、ミュージシャンをゲストに迎えた楽曲解析の時間も設け、印象批評にとどまらず、音楽を理解する授業も開講予定。(経験不問)

<開催日時>
・2015.1.19 (月) 20:00~22:00 (120分)
・2015.2.2 (月) 20:00~22:00 (120分)
・2015.2.16 (月) 20:00~22:00 (120分)
・2015.3.2 (月) 20:00~22:00 (120分)
・2015.3.16 (月) 20:00~22:00 (120分)
・2015.3.30 (月) 20:00~22:00 (120分)

<開催場所>
オトトイの学校

<詳細・お問い合わせ>
http://ototoy.jp/school/
school-info@ototoy.jp

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