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巻き込まれ体質の暗殺者が孤立無援で暴れまわる! 『暗殺者グレイマン』シリーズの面白さ

リアルサウンド

19/10/12(土) 8:00

 まるでハリウッド映画のような小説というのが、世の中には存在する。銃撃戦にカーチェイス、殴り合いと諜報戦……そんな要素山盛りの、読むアクション映画のような物語。そんな作品の中でも、近年シリーズを重ねている人気作が「暗殺者グレイマン」シリーズである。

 タイトルの通り、このシリーズの主役は「グレイマン(目立たない男)」のあだ名で呼ばれる凄腕のアメリカ人独行工作員、コート・ジェントリー。取り立てて背も高くなければ人目をひく容貌でもなく、見た人間に印象をほとんど残さないルックスと技術を持つが、実は世界有数の戦闘テクニックを身につけた工作員である。もともとはCIAの準軍事部門に所属し、世界各地で合法非合法を問わない秘密任務に就いていた。

 しかし、とある原因でアメリカ政府公認のお尋ね者となり、グレイマンさんはかつての仲間たちに命を狙われることに。CIAを追われて以降はフリーの暗殺者として自らの信義が許した場合のみ仕事をしていたが、ナイジェリアの大臣を暗殺したところその兄の大統領が報復を決断。世界各地の暗殺チームがヨーロッパに集結し、グレイマンをターゲットに殺し屋オリンピックを開催するという前代未聞の事件を起こす。これがグレイマンのデビュー作、2009年に発表された『暗殺者グレイマン』の筋立てだ。

 その後グレイマンさんは世界各地を転戦し、追跡者を撃退しながらついに自らがアメリカから追われた原因を突き止め(ちなみにここまでで単行本5巻ぶんほどの時間が経過している)、かつての古巣であるCIAの作戦本部本部長であるマット・ハンリーの元で再び仕事をするようになる。最初の単行本である『暗殺者グレイマン』を含め現在までに全8巻、2作目以降はいずれも『暗殺者の〇〇』というタイトルなのが、なんとなく沈黙シリーズを思い出させるものがある。

 その最新刊が、しばらく前に発売された『暗殺者の追跡』である。今回は仕事での移動中にイギリスの空港での拉致事件に巻き込まれたグレイマンさんが、謎の資産家のたくらむ巨大な陰謀に立ち向かう。毎度毎度、いろんなことに巻き込まれる人である。

 というか、グレイマンシリーズの大きな特徴が、この主人公グレイマンさんの巻き込まれ体質である。グレイマンさんは驚異的な近接戦闘技術や射撃技術を備え、さらに諜報技術にも精通。戦闘と諜報と潜入のプロであり、ひとたび戦闘になればめちゃくちゃなアドリブを駆使してたった一人で戦況をひっくり返す。以前グレイマンさんが厨房に追い詰められた時、サブマシンガンの弾倉をフライヤーに放り込んで爆発させ、追っ手から逃げ切った時は「なんちゅう奴や……」と言葉を失った。

 しかし、グレイマンさんはただ単なる殺人マシンではない。というか、けっこうお人好しで人情派なのである。困っている人を見ると放っておけず、絶対に面倒なことになるのがわかっているのに助けに行ったり仕事を引き受けてしまったりする。グレイマンさんが「クソッ!クソッ!」と悪態をつきながら面倒ごとに首を突っ込み、その結果例によってズタボロになりながら必死で頑張るというのが、このシリーズ毎回のお楽しみである。グレイマンさんが悪態をつきながらサービス精神を発揮する場面に差し掛かると、「よッ! 待ってました!」と声をかけたくなる。

 更に言えば、グレイマンさんが単純な無敵の男ではないというパワーバランスが絶妙だ。グレイマンさんは大概1人で行動し、しかもだいたいいつもすぐに支援が届かない状態で多勢を相手に奮闘する。基本的に孤立無援である。なので、毎回ページが進むごとにボロボロに負傷する。主人公だし、まあ死ぬことはないのはわかっている。それでも今度こそ負けるんじゃないか、グレイマン……と、ちゃんとハラハラさせてくれるのがグレイマンシリーズの凄いところだろう。

 ちなみに、『暗殺者グレイマン』でグレイマンさんが不眠不休のバトルでヘトヘトに疲れた時に、「とにかくカフェインとブドウ糖だ!」と言ってそのふたつを摂取するシーンがあった。おれも徹夜仕事で2日ほどロクに寝られず朦朧としていた時に、グレイマンさんを真似てブラックコーヒーをガブ飲みしながら森永のラムネを1瓶まるごとボリボリ食べてみたことがある。あれは効いた。食った瞬間に首の後ろがビリビリと痺れたようになり、一気に元気が出たので逆にビビった記憶がある。エナジードリンクでも効かないくらいくたびれた時、試してみてほしい。

 もうひとつのグレイマンシリーズの魅力が、近代的な装備を身につけた、暴力を生業にしている男たちの描写が巧みな点である。最新作『暗殺者の追跡』から、ちょっと引用してみたい。

「ウィンドブレーカーとカーゴパンツを着た筋肉隆々の禿頭の男が、私設車道の持ち場から、ときどき女のようすを見守っていた。男は腰のユーティリティベルトに、ベレッタ・セミオートマティック・ピストル、手錠、〈メース〉、無線機をつけていた。その向こうの森で、ライフルを胸に吊るしたべつの男が、ぶらぶらと歩いていた」

「全員がロシア人で、いかつい顔をして、タトゥーを入れ、胸と背中を抗弾ベストで覆っていた。だぶだぶのレインコートを上に着ていたが、あまりうまく隠せていなかった。馬鹿でかいバックパックには、ライフルを隠してある。ほとんどがカラシニコフだったが、何人かは、それに代わる武器を持っていた」

 どうですか。この、いかにも「ちゃんとした訓練を受けたガタイがよくていかつい男たちが、不穏な暴力の気配を漂わせている」感! ほとんど固有名詞の連打だけなのに、むせかえるようなモダン・ウォーフェア性を立ち上らせている点にはシビれてしまう。グレイマンシリーズにはザコ敵として暴力の世界に身を置くこの手の男たちがぞろぞろと登場するのだが、そいつらがどのような装備と武器を身につけているのか、どのような体格かを描写するだけで、ちゃんと訓練を受けた精兵なのかそれともただのチンピラなのかを表現してしまう。この感じは、グレイマンシリーズの楽しいところである。

 グレイマンさんは主人公だから、彼の描写に文字数が割かれるのは当然だ。しかし、それ以外のモブ特殊部隊や十把一絡げに出てくるスペツナズ、武装勢力の兵士たちや金で雇われた地元のヤクザなどなどなど、不穏な男たちの描写にこそ作者であるマーク・グリーニーの力量が宿っているように思う。

 というわけで、暴力の世界に身を置くいかつい男たちを向こうに回し、人情派工作員グレイマンさんが力無き者のために体を張るグレイマンシリーズは、アクション映画やバイオレンス映画のファンにこそ読んでもらいたい小説だ。どれも一回読み出したら読むのをやめられなくなるので、時間と体力に余裕のあるときに試してみていただきたい。

■しげる
ライター。岐阜県出身。プラモデル、ミリタリー、オモチャ、映画、アメコミ、鉄砲がたくさん出てくる小説などを愛好しています。

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