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全788ページの大著が11万部突破! 『独学大全』担当編集者に訊く、”高くても分厚い本”が売れるワケ 

リアルサウンド

20/12/23(水) 8:00

 今年9月の発売以来、驚異的な売れ行きを記録している『独学大全』は、正体不明、博覧強記の読書家であり、独学の達人である読書猿が書いた「勉強法の百科事典」だ。

 総ページ数は全788に上り厚さは約5cmと、とにかく分厚い本書が、12月23日現在、発行部数11万部を記録し大ベストセラーとなっている。「リアルサウンド ブック」では『独学大全』の編集を手掛けた、ダイヤモンド社・田中怜子氏にインタビュー。『独学大全』誕生のきっかけから、本書がヒットした理由、さらには同社独自の編集方針など、多岐にわたり話を訊いた。(編集部)

コンプレックスから生まれた「独学」というテーマ

――『独学大全』誕生の背景を教えてください。

田中:私は経済学部卒業でもなく、MBAも取得していない。教養もありません。たまたまこの道に進んだけれど、ビジネス書の編集者の中で本流ではないという気持ちが常にありました。ビジネスのことがわかっていないのに、ビジネス書の編集をしていていいのかという葛藤がずっとあり、「何をどう学んだら、ビジネスがわかったことになるんだろう、一人前になれるんだろう。学ぶことの全体像が知りたい」というモヤモヤを常に抱えていたんです。

 その悩みを解消するために、20代は新聞の読み方を勉強するセミナーに通ったり、自分なりに色々本を読み漁ってみたり……経済学がわかったらビジネスの本質に迫れるのではないかと、前職では『大学4年間の経済学が10時間で学べる』という本を編集したりもしました。

 その一方で読書猿さんのことは『アイデア大全』(フォレスト出版)の発売をきっかけに初めて知りました。書店で発売直後に『アイデア大全』を見かけた時、雷に打たれたような衝撃を受けて。読書猿さんになら、私のコンプレックスを解決するような独学本(学び直し本)を書いてもらえるのではないかと思ったのが、今回『独学大全』の執筆を依頼したきっかけです。家に帰る時間も惜しくて、書店の近くのカフェからすぐにメールをお送りした覚えがあります。

 オファーした時、実は1度お断りされているんですね。でもやはりこの人の本を絶対一緒に作りたいと思い、「何冊目でもいいし、何年待っても良いので、ご一緒させて下さい」とメールして、それでようやくOKをもらえました。

――田中さん自身のコンプレックスを解消したいという思いが根底にあったわけですね。その後、やりとりして感じた読書猿さんの凄みについて詳しく教えてください。

田中:まず一つは皆さんもご存知の通りですが、「圧倒的な知識の幅と深さ」ですね。本を作っていると、著者さんから目次の案や原稿をもらった時、自分がすでに知っていることが結構書かれていたりするんです(決して悪いことではないと私は思っています)。でも読書猿さんの原稿に関してはほとんどそれがなかった。彼が提唱する「独学をマスターする技法」は55個あるのですが、そのうち54個は私が知らないこと、これまでの人生で見たことがないことが書いてあり、「すごいな」とワクワクする気持ちと、「自分の手におえるだろうか?」という、編集作業で今まで感じたことのない不安。両方の感覚を抱きました。

 読書猿さんの凄さの2つ目は、「人としての懐の深さ」ですね。博学で、ご自身は一から独学でアカデミックな世界にまで到達した人なのにもかかわらず、私がどれだけ馬鹿な質問をしても怒ったり、馬鹿にしたり、回答を拒否したりしません。私のほうは、「こんなことを聞いたら馬鹿だと思われるんじゃないか」という恥じらいがあり、聞きたいことが聞けず、時間が経ってしまったこともありました。でもわからないまま本の制作を進めるわけにもいかないので、勇気を出して質問したら、それについてものすごく丁寧に1個1個返してくれた。そういうことの連続でした。

 凄い点3つ目は、「原稿の1文字1文字、1行1行に全て理由がある」こと。788ページもあるのに、ムダな部分が全くないのです。私の質問に対する「回答の精度」もものすごく高かったわけです。

 例えば本書の「技法1」に学びの動機付けマップというのがありますが、「自分の動機付けを知るためにマップを作ろう」と書いてあります。ビジネス書の王道からすると、「技法1」は読者への「つかみ」として大事なポイントです。勉強のやり方を手っ取り早く知りたい人にとって、入りやすいところに設定しなくてはいけない。それがいきなり「マップを作れ」だとハードルが高くて、そこで読み進められなくなる読者も多いのでは……との心配がありました。

 それで、読書猿さんになぜわざわざ最初からマップにしなきゃいけないのかと、少し恥ずかしいことを聞いたんですよね。それに対する読書猿さんの回答が、とても明快でした。「独学でいちばん大切なことは『続けること』である」と。でも、人間は必ず挫折してしまう生き物なので、挫折をした時に「自分がなぜ勉強するかに戻って来ることが重要で、そのためのツールがこのマップなんだ。だから、冒頭にあるんだ」と。こういう読書猿さんとのやりとりの結果、「いったん編集の提案はしたけれど、最終的に元の原稿は直さない」という着地をすることはすごく多かったです。

「分厚い」ことを強みにしてみよう

――『独学大全』は全788ページで、とにかく分厚い印象ですが、元から分厚い本にする予定でしたか?

田中:大全の名を冠しているので、ある程度厚くなると思っていましたが、ここまで厚くするつもりはありませんでした。最初のうちは私もびびって、もうどうにかして削らないと……と思っていたのですが、だんだん全体を読んで学んでいくうちに、ごく一部を削って済ませられる本ではないんだと気づいたんです。それで、途中から薄くするのは諦めました(笑)。読書猿さんの「圧倒的な狂気」みたいなものを形に表現した方が、この本の強みになるんじゃないかと思うようになりました。

 分厚くなった理由はいくつかありますが、当然ながら一番大きいのは、元の原稿がすごく充実していたからです。本書の構成として、学びの技法の後に解説がついています。技法の部分は、あくまでマニュアルであり、マニュアルの後に、学術的な根拠や、どこから引用してきたか、あるいは、読書猿さんが開発したものでも、どういう学問的な背景をもとにこの技法が編み出されたか、というのを丁寧に説明している。実はその解説部分が、読書猿さんならではの持ち味であり、『大全』と名乗る根拠なんです。「僕はこの勉強法で成功しました」といういわゆる「成功者本」と最も違う点ですね。

 さらに編集的な目線から、難しい箇所はわかりやすくしようと図を入れたり、先ほどお伝えしたような、私と読書猿さんとのやりとりを原稿に反映するなど文章を足していった結果、ページがさらに増えていったという感じです……。

――編集上の工夫をもう少し詳しく教えてください。

田中:私が一読者として好きなのが、「無知くんと親父さんの対話」です。もとになる文章が読書猿さんのブログにあったので、これは面白いなと思い、「読者が技法に入りやすくするために他にもぜひ書いてください!」と読書猿さんに提案しました。無知くんの質問には、読者が聞きづらいこと、恥ずかしいけど知りたいことを、とにかく入れてもらいました。

 あとは、読書猿さんとのやりとりから生まれたページもあります。284ページに「運に頼らない本の選び方」という項目があるんですが、私が質問したのがきっかけで、追加で書いていただくことになりました。

 初めて原稿を読んだとき、一体なぜ、本を選ぶ前に「事典」「書誌」「教科書」の3つのツールを使う必要があるのか、理解ができなかったんですよね。それで、「なぜ、いきなり本を選んではいけないんですか?」と読書猿さんに聞いたんです。すると「ほとんどの人は、勉強するときに参考書とかいろいろな書籍を選ぶんだけど、それらを主体的に、体系的に選べている人というのはいないんですよ。本選びを偶然や運に任せてしまっているようなものなんです」という答えが返ってきて、驚いたんです。「えっ、そうなんですか? では、その前提を書いてください」という感じで、追記が決まりました。

 これはごくごく一部の例で、疑問出しすると読書猿さんが想定の10倍くらいの分量で打ち返してくださるということが多々ありましたね。私自身がまさに独学について勉強しながら、本を編集しているという感じでした。

オリジナリティを追求する編集部の文化

――社内のほかの編集者から、この本の分厚さや金額に関して、意見はありましたか?

田中:「よくこの本の企画が通ったね」と聞かれることがあるのですが、実は、企画会議ではそんなに反対されませんでした。理由としては、『世界標準の経営理論』(832ページ、本体価格2900円、8.5万部)や『哲学と宗教全史』(468ページ、本体価格2400円、10万部)など、先輩方がすでに分厚くて高い本を出しており、しかもそれがとてもよく売れていたんですよね。なので、厚いだけでこの本はダメだと言われることはなかったです。

 一方で、会議で営業からは「著者が著名人や専門家ではないのに、2800円は少し高いのでは?」という声もありましたね。私は原稿を読んで「読書猿さんは凄い人だ! 博識だ!」と神のように崇めてしまっていたのですが、読書猿さんのことを知らない社内の人からは「ブロガーさん?」「面白い名前の人だね」という感じの反応だったのも、すごく参考になりました。

 「読書猿さんを知らない人にも読書猿さんの凄さを知ってもらう=2800円でも買ってもらう」ことを考えて、独学者である山口周さんと、東大教授の柳川範之先生に推薦をいただくことにしました。

――割と長いスパンで1冊の本を作るのは、ほかの出版社では難しかったりすると思うのですが、製作期間に関して、ダイヤモンド社独自の考え方はありますか?

田中:当社では、何年かかったらダメだとか、何月に絶対本を出せとか、本数をいっぱい出せとか、そういうことは一切ありません。とにかく大事なことはオリジナリティ。いわゆるパクリ本じゃない本を出して、ちゃんと1冊1冊丁寧に編集し、売りなさいということをひたすら言われます。逆に、早いペースでたくさん本を出したから褒められるとか、Aという本がヒットしていたので、A’みたいな本を作って売れたとしても、あまり認めてもらえません。

 あと売れた本を正当に評価するという文化がすごくあります。『独学大全』に関しても、最初は「読書猿さんって誰?」という人もいたし、発売前から大きな期待があったわけではありません。ただ、逆に、売れた後には、「こういう分厚い本がちゃんと売れるんだね」と社内で評価してもらえて、それをまた次に活かせるいいサイクルがあると感じます。

――編集部でそういった方針が共有されているのですね。オリジナリティのある本と売れる本のバランスを追求しているということでしょうか。

田中: 売れる本とオリジナリティの「バランス」というよりむしろ「オリジナリティがあるものだけが売れるんだ」という考え方なのかなと思いますね。もちろん市場の大きさとか、読者がどこにいるかという戦略は大事ですが、その上で、今この世の中に存在していない本がいちばん売れるという考えがベースにあります。……と、偉そうに語っている私も1年半くらい前に入社して、最近ようやく企画の立て方がつかめてきた感じですが……。確かに、既にある本をもう一度出しても、元の本より売れるはずないですよね。

 今回も、読書猿さんの素晴らしい(しかも売れている)既刊書である『アイデア大全』『問題解決大全』とは全く違うものにしようという気持ちは強くありました。装丁から本文の組み方、図版やイラスト入れ方に至るまで、「読書猿さんの第3弾」ではなく「独学本として、これまでにない1冊を生み出す」ことをとにかく意識して編集したつもりです。

ヒットした理由――「本でしか読めないもの」が売れる

――田中さんが考える『独学大全』がヒットした理由をお聞かせください。

田中:うーん……「自分の代表作になる本だな」とは確信していましたが……正直、こんなに売れると思っていませんでした。読書猿さんも「じわじわ広がっていくだろう」と考えていたけれど、この爆発的売れ行きには驚いたみたいです。

 ヒットの第一の要因として考えられるのは、「本を読む読者」に向けて作り、それを受け入れてもらえたことです。初速が良かった理由として、読書猿さんを信頼するファンの方が買ってくれた部分は大きいです。ファンとは、言い換えると「本を読むこと、学ぶことが好きで、3年前から『独学大全』を楽しみに待ってくださっていた方々」ですね。SNSの投稿などを見ている限り、普段は人文書を買っている人たちが、ビジネス書棚に来て手に取ってくれているようです。分厚い本には慣れているし、「2800円は安い」と感じる人も多かったようです。

 逆に言えば、この本は「少ない労力で効率的に知識が手に入る」という「売れるビジネス書のセオリー」からは完全に外れています。分厚いし、内容を実践するにはそれなりに手間がかかるし、衝動買いするには高すぎる。788ページ、本体価格2800円にした時点である程度ターゲットが絞られることは仕方がないと割り切っていたので、逆にいわゆる「ベストセラー」になって驚いたというのが正直なところですね。

 ヒットした要因、第二の仮説は「勉強本市場」になかった本を作れたこと。「〜勉強法」という本は売れるテーマですが、この本のように「独学」について網羅的に、学問的な背景をしっかりつけた形で書いてくれている本はなかった。もともと独学している人、したい人は潜在的にいて、その人たちが買ってくれたのではと予想しています。

――まさにその通りの印象を私も持ちました。ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』や『ホモデウス』(共に河出書房新社)など、そういったビッグヒストリー系であったり、哲学系の書籍が流行っている印象がありますが、ヒットした要因としてそういったことと何か関係があると思いますか?

田中:本でしか読めない網羅性、信頼性がある情報を、今こそ得たいという人が増えている、あるいは書店に来る人のニーズがそうなっているのではと考えています。

 自分も含めてですが、おそらくそういう方たちは「値段が高いか安いか」みたいなことはあまり気になさらないでしょうね(高くても安くても、よければ買う)。それに、本が好きで好きでしょうがないから『サピエンス全史』のような本を時間をかけてでも読むのであって、手軽に知識が手に入るとかそういうことは気にしていないんじゃないかなと。

 読者に対してわかりやすく読みやすい本を作ることは何より重要だと思うのですが、衝動買いを狙って本の厚さを薄くするとか、サクッと読むことができるというのを前面に押し出す必要はないのかなと思うようになりました。そこは、もうウェブに任せるべきなのかなという気がしています。

 ちゃんと本を信頼してくれている人たちが、心の底から買いたいと思ってくれるような本を出すということが、重要なことなのかなと思っています。

――それがまさに分厚い本が売れる理由に繋がっている気がします。やはり先行きが不透明な状況だからこそ、もともと本を読んでいた方たちが、よりいっそう本というメディアを頼りにしてくれているという部分はありそうですね

田中:そうですね、読書猿さんも以前、「本が売れない、本が売れないと言っていて、それが本当なんだったら、そういう時代なのにわざわざ本を買いに来てくれる人、まだ本に期待をかけてくれている人に向けて書かないでどうするんですか」とインタビューで語っています。私も全く同じ考えです。

 

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