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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

俳優座『カミノヒダリテ』

毎月連載

第39回

俳優座『カミノヒダリテ』チラシ(表面)

俳優座『カミノヒダリテ』には、同じ作品でありながら、絵のタッチも、全体の雰囲気も違う2種類のチラシが存在します。なぜわざわざチラシを2パターンも? このイメージの違いはいったい?と聞いてみれば、翻訳と演出を手掛けた田中壮太郎さんが絵を、キャストのひとりである俳優の森山智寛さんがデザインを手掛ける、“自家製”チラシでした。

左から、森山智寛さん、中井美穂、田中壮太郎さん

まったく違う2パターンのチラシ

中井 この2枚のチラシを観たとき、違う作品のものだと思ったら同じで、なんと豪華な!と。

田中 ありがとうございます。奇しくも、演出家が絵を描いてキャストがデザインをしています。

中井 そうだったのですね!

田中 はい。この2枚の絵は両方僕が描いて彼に投げたものでした。最初は背景が黒い方でつくってもらおうとして描いていました。でももう少し“それらしい”絵もあったほうがいいかと背景が白い方のイラストも送って。2パターンあってもいいなと。そしたら、白い方のイラストを上にずらして、中央のキリストの首が見切れるように配置したデザインが送られてきたんです。

中井 首なしに!

田中 はい。それを見たとき、すごく面白いと思って。せっかく細かく描いた僕の苦労をぶったぎってはいるけれど(笑)。でもそれだとせっかく2パターンあってもどちらもダークな印象になってしまうので、やはり元のイラストを活かして、ダークなものと、一見かわいい感じの絵と2パターンで行くことになりました。

俳優座『カミノヒダリテ』チラシ2パターン

中井 では最初は黒いほうのチラシだけだったのが、途中から2パターンになったわけですね。

森山 そうですね。田中さんからは同時に2つの絵が送られてきて「どちらを使うかは任せる」と言われたので、黒い方のイラストを選んでデザインしました。その後、「もう一枚ほしい」とおっしゃられたので、じゃあもうひとつの絵を使おうと。

中井 この絵はどんな画材で描かれたのですか?

田中 初めての試みですが、タブレットを購入してデジタルで描きました。慣れるまで時間がかかりましたが。

中井 黒いほうのチラシの中央の生き物と、聖母らしき人は別々に?

森山 いや、最初からこの配置の絵をいただきました。大きさは少し調整していますが、元絵のレイアウトをなるべくそのまま使っています。

田中 この黒いほうの、背景を白にするパターンも最初作ってくれて。でもやはり白抜きの十字架モチーフが目立つほうがいいなと思って黒を選びました。

中井 田中さんはもともと絵を?

田中 完全に趣味で。でもチラシは時々こうやって自分で描いています。

原題から飛躍した邦題に込められた意味

中井 絵のアイディアはどこから?

田中 ウイリアム・ブレイクという画家が好きで、彼の絵にこの作品のストーリーに合いそうなものを見つけて、そこから発想しました。

中井 この人ならざる謎の生き物のインパクトがすごくて、つい手が止まりますね。

田中 まあ、悪魔ですよね。目にもまぶたがないでしょう? これ、シン・ゴジラの目です。ゴジラってずっとまぶたがあったのに、庵野秀明さんのゴジラにはまぶたがない。「だから気持ち悪く見えるのか!」と思って取り入れました。

中井 顔だけ見ると、ちょっとマグロにも見えますね。マグロで鳥で人間……、まるで鵺のよう。

田中 この作品、教会を舞台とした母と子の物語なんですよ。夫が死んでしまってから、現実を見ずに信仰によってそれを乗り越えようとする母と、それに悩む息子。息子は友達もいなくて、いつもパペットを左手につけて、そいつと会話しています。そこに悪魔が介入していく……。

中井 そう伺うと、この2枚のチラシの白と黒の対比や、十字架、キリストなどの存在に納得しますね。

田中 でもすごくふざけた、ダークユーモアにあふれた作品です。

森山 だいぶふざけてますね。

中井 話だけ聞くとかなりシリアスな印象を受けます。

田中 あまりコメディをコメディっぽく宣伝すると笑えないこともあるので、いざ観たら面白いというほうがいいかなと思って、そこまでコメディであることは強調して伝えないようにしています。本家本元のブロードウェイでの上演はかなり軽い感じで、切実な感じがしないのですが、今回はコメディだけれど、まじめな部分も届かせようと思ってつくっています。

中井 『カミノヒダリテ』というタイトルは意味深ですね。原題が「HAND TO GOD」。

田中 はい、直訳すると「神に向かっている手」。でも最近の英語では「hand to」で「結構です」という意味もあるそうです。

中井 「神様いりません」という意味も……?

田中 あるかもしれません。僕は比較的原題に忠実に訳す方で。でも、この作品がフランスで上演されたとき、タイトルが「OH MY GOD」だったと知りまして、「じゃあなんでもいいのかな」と。神って救う時は右手を出すとされていて、“神の右手”という言葉もある。一方で左手は邪と言われたりする。でも、左手も神ですよね。そして悪魔も神に内包される。そう考えたとき、ポール・ホフマンという作家の『神の左手』というダークファンタジーが浮かびまして。本当に救われない話で、でもそこに今回の作品の悪魔と共通するイメージを感じて、『カミノヒダリテ』にしようと。漢字だと丸パクリになってしまうので(笑)。

中井 カタカナにすると意味が限定されなくて、呪文のようになって面白いですね。

翻訳と演出を兼ねる理由

中井 この作品は過去に日本で上演されたことが?

田中 英語の日本語での上演は初めてです。日本で上演していない作品の脚本を個人的にとりよせて片っ端から翻訳しているなかのひとつで。

中井 上演が決まっていなくても訳してみるものが?

田中 ストックはいっぱいあります。他劇団に呼ばれて演出するときは、戯曲を見せて判断してもらうことも多いですから。この作品は後輩たちが「これがいいと思います」と選んでくれました。

中井 演出家でありながら、戯曲の翻訳もされている方は決して多くないですよね。

田中 翻訳が大好きで。昔、日本語で読んだら高尚な印象だった『ライ麦畑でつかまえて』を原書で読んで「こんなにわかりやすい話だったのか!」と驚いたことがありました。なるべくもとの感じを活かしたまま伝えるには、自分で翻訳して、自分で演出をするのがいいのかなと思っています。言葉でおかしみを表現するシーンは忠実に訳しても笑えないことがありますが、そこをうまく翻訳、演出できたときは痛快です。

中井 森山さんは、田中さんの演出を受けてどうですか?

森山 演出家でもありながら俳優もされているので、俳優の気持ちを理解してくれて、すごくわかりやすく演出してくださるのでありがたいですね。

作品の関係性と2枚のチラシの対比

中井 森山さんは宣伝美術をよく担当されるのですか?

森山 いつもではないですが、美大出身ということもあってちょこちょこ頼まれることはありますね。

中井 美大での専攻は?

森山 まさにデザインです。そこまでマジメにやっていませんでしたが。

中井 なぜ俳優の道に?

森山 就職したくなかったので(笑)。演劇部に入ったら、そちらの楽しみのほうが強くなっていって。

中井 今回、デザインする時点でもう戯曲は読まれていましたか?

森山 はい。その上で、2つの絵を送っていただいたときに僕の好みとしては黒い方だったので最初の案はこちらにしました。マーケティング的な話になりますが、今回はかなりチャレンジングな作品なので、今まで俳優座を観たことのない方にも届けたいと、今までとは違うダークな雰囲気やインパクトのある方を選んだという面もあります。

中井 今回のチラシで難しかった部分はどこですか?

森山 2枚目として作った、白いほうのデザインが難しかったですね。今まで自分があまりやってこなかったシンメトリーでシンボリックな雰囲気のものだったので。

中井 やはり、これだけ2つのチラシの雰囲気が違うのは珍しいですね。

森山 戯曲を読んだときに、最初はすごく対比のある関係性だなと感じまして。主人公とパペットや、親と子、悪魔と神。最初は強いそのコントラストが、だんだんと曖昧になっていく。はっきりと分かれていたものの壁が取り払われて互いに影響し合う。そんな作品だと感じたので、2パターンのデザインもはっきりと差がわかるほうがいいと思いました。

中井 裏側はシンプルでわかりやすいデザインですね。

森山 まずタイトルを目に留めてもらって、作・演出やキャストに目を移してもらえたら。表は白と黒ではっきりわかれているのが、裏返したらグレーで曖昧になるというイメージでデザインしました。

俳優座『カミノヒダリテ』チラシ(裏面)

チラシから見える劇団の姿勢

中井 絵はどれくらいの時間をかけて描かれたのですか?

田中 今回はかなりダラダラと時間をかけて描いていました。でも、発注したらなかなか難しいですが、自分が描いているものであれば、いくらでもやり直しがききますから。

中井 原画がチラシになるまでは?

田中 僕が絵を描く時間よりはずっと短かったね。

森山 パワーのあるイラストだったので、なにも付け足すことなく、素直にデザインしました。だからやりやすかったです。

田中 かなり賛否両論のチラシなので、中井さんが選んでくれて本当にうれしかった。

中井 そうですか? インパクト抜群ですぐ手が止まりました。まさか俳優座のチラシとは思いませんでしたが。

森山 イメージを裏切るようなチラシにしたかったので、狙い通りです。

中井 老舗の劇団が今どういう状況で何をしようとしているのかっていうことが、このチラシを手がかりに見える。新しいことをやろうとしている姿勢がわかる。面白いですね。

森山 それが伝わっていたらうれしいです。

田中 仮チラシも僕が描いたんですよ。

俳優座『カミノヒダリテ』仮チラシ

中井 仮チラシもまた全く違ったイメージですね! パペットをつけた腕。

田中 ひそかにモザイクもかかっています。

中井 本当ですね、面白い。この本チラシとの違いも面白いですね。今後も田中さんはご自分でチラシを描いていきたいと思われますか?

田中 そうですね。せっかく今回デジタルでの描き方を覚えたので(笑)。

構成・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

公演情報

劇団俳優座『カミノヒダリテ』
日程:2022年1月7日(金)~2022年1月16日(日)
会場:劇団俳優座5階稽古場
作:ロバート・アスキンス
翻訳・演出:田中壮太郎
出演:渡辺聡、福原まゆみ、小泉将臣、森山智寛、後藤佑里奈

プロフィール

田中壮太郎(たなか・そうたろう)

東京都出身。1996年に劇団俳優座入団。演劇企画体ツツガムシ主宰。舞台のほか映画、テレビドラマにも出演。近年の出演作は映画『殺さない彼と死なない彼女』(2019年)、映画『キャラクター』(2021年)等。俳優として活躍するほか、演出・翻訳も手がける。

森山智寛(もりやま・ちひろ)

東京都出身。劇団俳優座26期生として2014年入団。俳優座公演のほか、ゆうめい『カッドォン/くやしい』(2015年)『みんな』(2016年)『巛(かわ)』(2018年)に出演。海外ドラマやアニメ・ゲームの吹き替え等声優としても活躍。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めるほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)、「つながるニッポン!応援のチカラ」(J:COM)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。

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