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樋口尚文 銀幕の個性派たち

中山仁、選りすぐられし三島美学の人間人形

毎月連載

第37回

19/11/21(木)

写真提供:オフィスのいり

中山仁の逝去が、ひと月後に明らかにされた。1942年9月北京生まれなので、喜寿を迎えたばかりであった。訃報の見出しでもやはり「『サインはV』のコーチ役で人気」と紹介されているのが多かったが、確かに昭和の高度成長期のテレビっ子たちにとっては、このバレーボールのコーチ牧圭介が「当たり役」に映ったことだろう。

『サインはV』は、少女マンガ誌に連載されていた原作のドラマ化で、中山仁は出来たばかりのバレーチーム「立木大和」のコーチだが、その鬼の特訓のおかげで部員がいつかない。そこに天才的な資質を秘めた少女・朝丘ユミ(岡田可愛が好演)との出会いがあって、牧は彼女をチームにスカウトする。ユミが牧のしごきに耐えて超人的な技を体得してゆく「スポ根」要素が物語の軸だが、ユミの牧に対するほのかな思慕が見え隠れするところがミソで、まさに当時20代後半だった中山仁の硬派ながら甘さの薫る美貌は、マニッシュで色香は二の次という設定の岡田可愛の「あこがれの人」という役まわりには最適任だった。実際、ドラマ『サインはV』の人気はこの中山仁コーチの魅力に負うところも大きかった気がする。

とはいえ、中山仁にとってこれが主舞台と思われるのは複雑な思いもあったかもしれない。そこへ至る4年の間、中山の俳優としての出発期は華々しいものがあった。早大を中退し、文学座を経て65年に劇団NLTに入団した中山は、さっそくフジテレビのドラマ『乱れる』で南田洋子の相手役に抜擢され、「梶山仁」の芸名で主演を果たす。これは前年に成瀬巳喜男監督の映画版が公開されて評判となり、高峰秀子に思いを寄せる加山雄三が印象的な演技を見せたが、中山が扮したのはあの加山が演じた純粋な青年の役であった。

ちなみにこの『乱れる』の直後に「中山仁」と改名、66年の成瀬巳喜男監督『ひき逃げ』に脇役で顔を出したが、翌67年には五所平之助監督、岩下志麻主演『宴』の二・二六事件に散る青年将校役に抜擢され、まだ映画出演は二本目であったが主演を果たす(この時期はテレビドラマでもいきなりの主演がいくつもあった)。以後も山田洋次監督『愛の讃歌』、中村登監督『智恵子抄』、須川栄三監督『颱風とざくろ』、井上梅次監督『激流』などに次々と出演したが、中山の彫像のごとき美貌と生硬さと甘美さのせめぎあう雰囲気はなかなかトリビアルな日常を描くドラマでは十二分に活かし難かったかもしれない。

そんななか、67年の斎藤耕一監督『囁きのジョー』は、ブラジル行きを夢想しつつもニヒルに罪を犯す青年役がとても中山に似合っていたが、68年に『激流』でも共演した劇団NLT同期の寺田史(俳優・寺田農の実妹)と結婚した後は、映画の出演本数も減り、テレビに活躍の場が移った。『サインはV』はそんな流れのなかで出会ったもので、牧コーチは80年の『ウルトラマン80』のオオヤマ隊長ともどもファンには思い出の役となった(映画での目立った起用は減ったものの、76年の堺屋太一原作『油断!』や78年の新田次郎原作『八甲田山』など70年代の中山はけっこうドラマの話題作に主演している)。

しかし、こういう映画・ドラマでの活躍もさることながら、中山のあの超俗の美貌と雰囲気が強く求められ、かつ居心地もよかったであろう「本線」はなんであったのだろうと考えると、三島由紀夫の戯曲の世界ではなかったかと思い至るのである。そもそも中山の属した劇団NLTは、文学座から分かれた三島由紀夫、中村伸郎、南美江、丹阿弥弥津子らが結成したものだが、中山は一気に注目を集めた67年の夏に『鹿鳴館』、秋に『朱雀家の滅亡』と三島作品に出演、翌68年春に三島が立ち上げた劇団・浪曼劇場の創立メムバーとなった。『黒蜥蜴』『双頭の鷲』と三島絡みの戯曲に続けて出演した中山は、「浪曼劇場」第6回公演の三島作品『薔薇と海賊』で村松英子とともに主演を果たした。

この1970年10月から11月のアタマまで紀伊國屋ホールで上演された『薔薇と海賊』を、三島が客席から落涙しつつ観ていたというのは、研究家の間では知られたことである。折しも三島自決事件の直前であり、さしずめ三島にとっての中山仁は、自身の思い描く美の帝国に相応しい、厳選されし人間人形だったのではなかろうか。ちょうどテレビでは『サインはV』の牧コーチが熱い人気を集めた直後だったが、かかる中山仁の美しき「本線」にして「正体」はそんなドラマや映画では追いつかないところにあった。

2015年秋の舞台「サロン劇場」では村松英子と共演。
写真提供:村松えり

三島の死によって浪曼劇場は動揺し、翌71年には第9回公演『朱雀家の滅亡』を67年の初演と同じく中山と中村伸郎、村松英子、南美江、村上冬樹のメムバーで「三島由紀夫追悼公演」として上演するも、72年には解散となった。後に村松英子は旧細川邸の和敬塾を舞台に「サロン劇場」を催し、改めて共演に中山仁を招いて往時のかぐわしき演劇世界の雰囲気を今に伝えようと試みた。その「サロン劇場」に招待された私は、村松家から最晩年の中山仁を紹介されたのだが、心身の不調が見え隠れするも、やはりこの人はかつて三島に愛された最高級のフィギュアだったのだな、と思わせる匂いが張り出していた。合掌。



プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が9/20(金)に全国ロードショー。

『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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