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夢を通じて描かれるふたりの女性の物語。監督が語る映画『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』

ぴあ

『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』

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『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』『ベイビー・ドライバー』のエドガー・ライト監督の最新作『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』が10日(金)から公開になる。本作は現代と1960年代のロンドンの歓楽街ソーホーを舞台にした物語で、記事によっては本作はホラー、タイムトラベル、タイムリープものだと紹介されている。しかし、本作はホラーでもなければ、タイムトラベルものでもない。この映画はふたつの時代を舞台に、ふたりの女性のドラマを描くジャンル分け不要の傑作になった。ライト監督は本作で何を描くのか? 公開前に話を聞いた。

英国・南西部で生まれたエドガー・ライト監督はやがてロンドンで暮らすようになり、その頃から“あるアイデア”を温めていた。「部屋にいる時に、人間が幽霊や過去を見てしまうことについて考えていたんだ」とライト監督は振り返る。

「もし、そうなった時に人はどこまで霊や過去が見えたり、感じたりするんだろう? って。そこでふと“もし、ベッドで眠っているときに、その部屋の前の住人の人生を夢で見たらどうなるだろう?”って思ったんだ。というのも、僕の母は子どもの頃に2度ほど幽霊を見たことがあるらしいんだけど、当時、母が住んでいた家の一部は、建ってから400年ほど経っていたらしいんだ。

夢とはいろんなことを連想させるものだし、自分のイマジネーションから生まれる夢もあると思う。そんな中で他人の人生を見たり、過去に起こった出来事を体験したような経験をするとしたら、面白いんじゃないかと思うようになったんだ」

このアイデアは10年ほど監督の中で眠っていたが、ロンドンの歓楽街ソーホー地区の近くに引っ越したことで企画が動き出した。ライト監督は「僕は古い建物を見ると“昔、ここで何が起こったんだろう?”って想像せずにはいられないんだよ!」と笑顔を見せる。

「この映画の舞台がロンドンなのは、この街に100年以上経っている建物がたくさん残っているからなんだ。ソーホーはロンドンの中心にあって、内部は改築されたりしているのかもしれないけど、300年前、400年前の建物がそのまま残っている。だから僕はソーホーに行くたびに、ここでは昔、何が起こったんだろう?この場所にはどんな人の、どんな想いの”残滓”があるんだろう?って考えてしまうんだよ」

そんな現代のソーホー地区にまたひとり、郊外から女性がやってきた。ファッション・デザイナーを目指す若い女性エロイーズは、ソーホーにあるデザイン学校に入学するが、学生寮の暮らしに馴染むことができず、古い家のひと部屋を借りて、ひとり暮らしを開始する。陽が落ち、ベッドに入ったエロイーズは夢の中で1960年代のソーホーを訪れる。華やかな街、いまではクラシックと呼ばれる名作映画の看板、懐かしいメロディに誘われてエロイーズはソーホーを彷徨い、そこで歌手を目指す若い女性サンディに出会う。

自分と同じように夢を抱いて都会に出てきたサンディの姿を追うエロイーズ。やがて彼女はまるで自分がサンディになったような感覚を得て、目が覚めたあとの暮らしにも変化が訪れる。しかし、ある日、エロイーズは夢の中でサンディが殺されるのを目にしてしまう。さらに現実の世界でも彼女は幻を見るようになり、現実と夢の世界はどちらも迷宮のように錯綜していく。

1960年代と現代。世の中は変わったのか? 変わらないままなのか?

撮影現場のエドガー・ライト監督とアニャ・テイラー=ジョイ

本作の最大のポイントは、エロイーズが“夢”を通して60年代のソーホーを訪れることだ。彼女が目にする華やかな街は、もちろん実際に存在した光景ではあるが、それはあくまでも人間の想像や欲望、無意識が不可思議に混ざり合う夢の世界だ。

「時代考証という点では1960年代のソーホーの風景を忠実に再現したよ。でもこれはエロイーズの夢なわけだから、実際の場所よりも少し空間的に広いセットを建てても“これは彼女の夢なんだから問題ないんだ”って自分に言い聞かせることもあったね(笑)。この映画の冒頭では意図的にエロイーズが何を経験しているのか、観客がはっきりとわからないように描いている。夢を通じて60年代を見ているからこそ、少しファンタスティカルな部分があっても成立するんだろうね」

夢の中では奇妙なことも平然と起こる。エロイーズはある場面では歌手を目指す女性サンディの後を追い、ある場面では自分がサンディになった気持ちになる。音楽が流れフロアでサンディがステップを踏み出すと、エロイーズはそれを見つめ、ふと気がつくと自分がメロディに合わせて踊っていたりする。そんな奇妙な感覚をライト監督はトリックを活用した撮影や、鏡をうまく利用しながら描き出している。



しかし、それはあくまでも夢を通じた体験。それはタイムトラベルでもタイムリープでもない。

「そうだね。この映画で描かれるのはタイムトラベルではない。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』なら、主人公のマーティがマシンに乗って過去を変えることができるけど、エロイーズは過去を変えることはできない。彼女は過去を見ることはできるけれども、ただのオブザーバーなわけで、何かが起こったとしても何もできない。

何も変えられないとわかった時に夢は悪夢に変わっていくんだ。なぜなら、まさに目の前で悲劇が起きようとしてるのに、彼女はそれを止めることができないから。もし、この映画が与えてくれる教訓があるとしたら、そのひとつは“過去は自分たちが意図的に変えることはできない”ということだよ」

ある出来事の行く末を知っている、その先にある危険を知っているのに、何も手出しができないために緊張感が高まる。これは我々が“サスペンス”と呼ばれるジャンルを見る時に味わう感情だ。本作は往年のホラー映画への愛情を盛り込んだシーンや設定はあるが、ホラー映画ではなく、サスペンス的な演出で観客を作品世界に引き込み、緊迫感を高めていく。

そして、その先にあるのは1960年代のソーホーで歌手を夢見る女性サンディ、そして現代のソーホーでデザイナーになることを夢見る女性エロイーズの物語だ。ふたつの時代は数十年離れていて、1960年代では当たり前の光景や人の振る舞い、モラルも、現代から見ると否定されるべき部分、違和感を感じる部分がある。その一方で、現代になっても問題のいくつかがまったく解決されていないことにも気づくだろう。

それぞれの時代を生きる、夢を抱いたふたりの若い女性の物語。これが本作の“背骨”になっている。

「そのことは映画全体に渡って意識したよ。1960年代に製作されたいくつかの映画では、主人公の女の子が夢を抱いて都会に出てくるんだけど、夢を持っていることによって逆に罰せられてしまう物語が描かれる。それは映画としては面白いのかもしれないけど、僕にはそういった映画は道徳観を押し付けているような、上の世代の人間が若い女の子を罰しているような気がしたんだ。だからこの映画では、そういう物語を、現代の女の子がロンドンに出ていく物語を通じて、くつがえしてみたら面白いんじゃないかという気持ちがあったんだ」

本作は不可思議な夢の世界と、サスペンスやスリラーの手法と、ホラーやジャンル映画への愛を込めた描写を積み重ねながら、観客を現代のソーホーと夢の中の60'sソーホーに誘う。そこで生きるふたりの若い女性は何を夢見て、何に苦しみ、何に裏切られたのか? 観客を徹底的に楽しませるエドガー・ライト流のおもてなしの奥には、非常にシリアスな、現代の観客にも他人事ではないドラマが潜んでいるのだ。

「この映画は物事は時代と共にいかに変わったのか? そしてある意味では時代が変化しても、物事はこんなにも変わっていないってことを見せたかったのかもしれない」と語るライト監督が本作に込めた想いを、スクリーンに描かれる夢の世界を彷徨いながら見つけ出してほしい。

『ラストナイト・イン・ソーホー』
12月10日(金)よりTOHO シネマズ日比谷、渋谷シネクイントほか全国公開
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