Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

『野性の呼び声』は大人の観客向け!? タイトルに含まれたテーマに存在する現代的な問題

リアルサウンド

20/3/5(木) 12:00

 “キッズ向け”という顔をしているけれど、近づいてみると、深淵へと続く穴が口を開けていることに気づく……。そんな油断ならざる作品の一つが、ハリソン・フォード演じる老年男性と犬の冒険を描く映画『野性の呼び声』である。ここでは、なんとなくスルーしてしまいそうな大人の観客にこそ観てもらいたいポイントにフォーカスし、本作を深く考察していきたい。

参考:『野性の呼び声』ハリソン・フォードはプライベートでも冒険家!? 「いつも好奇心を持ってきた」

 本作の原作となったのは、現在から117年前に書かれた、人気冒険小説。裕福な家に飼われている犬“バック”が、突然さらわれて売られたことから、人間や犬たちとの触れ合いや対立を経験し、様々な冒険を通して、自分の内に眠っている“野性”に目覚めていくという内容だ。

 この小説は、すでに何度も映画化がされており、『野性の叫び』という邦題がついた作品で、クラーク・ゲーブルやチャールトン・ヘストンら名優が、今回ハリソン・フォードが演じたソーントンを演じている。フォードは、白髪と白髭に包まれた顔で演技をしているが、ときおり『スター・ウォーズ』のハン・ソロ風の、ニヤリとしたチャーミングな笑顔を見せる。人生の終盤で冒険を始める男が“野性”を見せる瞬間である。そう、本作は、文明や心の傷によって忘れかけていた一人の人物の冒険心をも呼び覚ましていく物語なのだ。

 本作を手がけるのは、『リロ&スティッチ』(2003年)、『ヒックとドラゴン』(2010年)でも監督を務め、アメリカのアニメーション界に大きなインパクトを与えた異才クリス・サンダース。アニメ監督から実写監督まで務める天才、ブラッド・バード監督や、トラヴィス・ナイト監督らに続き、今回初めて実写映画に挑戦している。

 サンダースがユニークなのは、アニメ・クリエイターとしての特異さである。キャラクターたちのずんぐりとした個性的なプロポーションや、ハワイや北欧などの多民族的な文化、人間と他の種族との交流と友情を描くテーマのなかに、人間中心主義を揺るがすような要素を潜ませることで、共同監督のディーン・デュボアとともに、強い作家的な個性を発揮してきた。その経験は、本作の人間と犬との関係の描写に生きている。

 本作の動物は、ジョン・ファヴロー監督による、ディズニーの名作アニメーション作品の実写版『ジャングル・ブック』(2016年)、『ライオン・キング』(2019年)同様に、基本的にはCGアニメーションで作られ、人間の演技者の動きを基にしている。その意味で本作は、実質的にはアニメーションとも実写とも言い難い、中間的な存在だといえよう。

 ハリウッド娯楽大作映画においては、この“実写”、“アニメーション”を区分する概念に収まらない作品が、いまはむしろ主流になってきている。そんな状況下で、アニメ監督、実写監督という住み分けも曖昧になっており、それぞれが分野を越境しているのだ。

 そのことを強く示すのは、本作の撮影監督ヤヌス・カミンスキーの存在だ。ピーテル・ブリューゲルの絵画『雪中の狩人』を想起させる、山から人の住むところへ戻ってきたことを、大スペクタクルとして映し出す撮影や、野山を行く冒険者と犬のシルエットをとらえた場面など、本作の美しい撮影には息をのむほかないが、そんなベテランの職人技術と、シーンのなかでCGが融合してしまっているのである。CGの進化が圧倒的な表現力を獲得したことで、いまはもう、かつてのようにCGアニメーションに対する実写映像の優位性を語るのは難しくなっているのである。

 そんな実写映像とアニメーションの魅力が真に描いたものとは、何だったのだろうか。それは、タイトルにもなっている“野性の呼び声”だ。

 本作の主人公のバックは、19世紀末のカリフォルニアにある温暖な土地で不自由なく暮らしている、優しい大型犬。好奇心が強いために様々なトラブルを起こし、飼い主を困らせる一面がある。ある日、盗みだされて北部に売られ、バックはカナダで郵便物を運ぶためにそりを引っ張る“そり犬”となる。

 そりを引っ張るチームは、“スピッツ”と呼ばれている、仲間を威嚇しながら支配するリーダーによって率いられていた。しかし仲間たちは、バックの仲間を想う優しさに惹かれ、次第にバックを支持していくようになる。

 過酷な環境のなかで何度もバックを助けるのは、狼の幻影によって象徴される、バックの中にある野性の本能である。ときに飼い主の命令さえも無視し、本能で危機を判断することで、飼い主の命を救うこともある。厳しい自然に生きてきた狼の習性は、人間よりも自然の脅威に敏感なのだ。そしてバックは、日々波乱の体験を繰り返し、最後の飼い主であるソーントンとともに冒険の旅に出かけることになる。

 そり犬のエピソードから得られるのは、リーダーの資質の重要性である。仲間に慕われるバックが群れを率いることで、チームはより結束し、これまでにないパフォーマンスを実現させる。実力ある優れたリーダーが、自分の地位ではなく仲間のためを考えて行動することで、仲間の側もリーダーの指示に心から従うことができる。これが“群れ”のあり方としては理想的なかたちであろう。同時に、それが分かっていても人間の社会はなかなかそうできないのが現実である。

 そして本作は、最終的には飼い主すら飛び越える野性を描くことになる。その箇所は、クリント・イーストウッド監督作『インビクタス/負けざる者たち』でも紹介された、南アフリカの指導者ネルソン・マンデラが心の寄りどころにしていた、イギリスの詩人の言葉、「私が我が運命の支配者 私が我が魂の指揮官なのだ」を思い出させる。

 本作の原作者は、1900年初頭から、40歳で自ら命を絶つまでの十数年間、作家として活躍したジャック・ロンドンである。ロンドンは小説家になる前に、困窮して学校に行けず工場で一日中働いていたり、アザラシ漁船に乗ったり、家に住まずに各地を転々とする生活をしていたという。原作小説に描かれたバックの過酷な境遇は、ロンドン本人の話でもあるのだ。

 そして、ときに人の指示に従い金銭を得ても、自分の心のままに生きることを大事にする。それこそ、ジャック・ロンドンの理想的な生き方だったのだろう。

 もちろん、完全に本能のままに行動していては、知能の高い動物の群れは成り立たないし、人間の社会生活も成り立たないだろう。ジャック・ロンドンも、実際にアメリカや日本の地で拘束されている。しかし、窮屈な現代社会に順応するために、我々は“野性の心”を捨て、自分の心の声に従って生きるということを忘れてしまいがちなのではないだろうか。

 自分の思うとおりに生きる。その考え方は原始的にも感じられる。しかし、周りの意見に左右されず、自分の意志を強く持つことは、本作の犬ぞりチームのように、結果として全体の利益につながる場合もある。ただリーダーや全体の顔色に合わせているだけでは、群れ全体が間違った方向に進んだときに、全滅することになる。

 そして、一人ひとりが個人としての意志を追求するためには、多様性の尊重も必要となるだろう。本作『野性の呼び声』は、その意味では非常に現代的な問題を扱っているといえよう。“野性”というテーマには、意外な重要性が存在していたのだ。(小野寺系)

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む