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柳樂光隆が選ぶ、ジャズミュージシャンが奏でる“まだ名前の付いていない音楽”5選

リアルサウンド

18/7/8(日) 10:00

 現代ジャズの状況を解説するジャズ・ガイド・ブック『Jazz The New Chapter 5』という本を出しました。その制作が終わったばかりで、発売されたばかりだけど、USのジャズシーンは相変わらず目まぐるしく動いていて、ロバート・グラスパーやカマシ・ワシントン、サンダーキャット、テラス・マーティンらよりもはるかに年下のミュージシャン達が、彼らが切り開いてきたサウンドを前提にしながら、新しいジャズを模索しています。その結果、素晴らしい新作がリリースされまくり。

参考:ブルーノート・レコードは再び最高到達点に? 柳樂光隆がジャズ名門レーベルの新作を選盤

 ここでは本の製作直後に出たものや、直後にライブを観てビビったア―ティストを紹介します。カマシ・ワシントンやR+R=NOWに負けず劣らずのジャンルを超えたサウンドばかり。これらもまた「ジャズミュージシャンが奏でるまだ名前の付いてない音楽」であり、2018年以降の音楽を紐解くヒントが埋まっているサウンドだと思います。

■Nyeusi & Justin Brown『Nyeusi』

 ジャスティン・ブラウンのデビュー作!! と言われてもピンとくるのはマニアだけかもしれないが、<ブレインフィーダー>のパーティーには必ず帯同していて、最近だと去年のフジロックの時のサンダーキャットのステージでもドラムを叩いていた人、と言えばわかりやすいかも。

 と、同時に、アンブローズ・アキンムシーレなどとも来日経験ありで、ブレインフィーダー周辺のビートミュージック×ジャズと、ゴリゴリのコンテンポラリージャズの両方で高い評価を受けているドラマーがジャスティン・ブラウンです。

 彼のデビュー作は、彼が以前からやっていたプロジェクトのNyeusiによるもの。内容はというと、かなりエレクトロニックミュージック寄りのインスト。サンダーキャットやテイラー・マクファーリンとも通じる<ブレインフィーダー>的なコズミックな雰囲気はありつつも、どちらかというとインディーロックっぽい軽さと80年代っぽいシンセの感じは今までにないサウンドで、その中でも印象的なのがウィンド・シンセサイザーEWIの音色。サックス版シンセサイザーとして、マイケル・ブレッカーなどにも愛用され、フュージョン時代に広まって、日本でもT-SQUAREなどが使用し人気を博したもののその後、忘れられていたこの楽器がヴェイパーウェーブやバレアリック以降の音色として効果的に使われています。

 演奏するのはマーク・シム。90年代にMベース(Macro Basic Array of Structured Extemporizationの略。複雑な変拍子を軸にした演奏スタイルと理論)周辺で名前を見たサックス奏者でしたが、00年代に入って名前を見ないなと思っていたところこんなところで再び名前を見ることに。そう言えば、3年くらい前、ビッグユキに「最近面白いことやってる人いる?」って聞いたところ「マーク・シム。EWIをかっこよく使ってて」と言われたけど、ここで繋がるかと。

 他にはデヴィッド・ボウイ『★』にも参加していた鍵盤奏者のジェイソン・リンドナー、マーク・ジュリアナ・カルテットにも起用される気鋭のピアニスト/作曲家ファビアン・アルマザン、ロバート・グラスパー・エクスペリメントでデリック・ホッジと共にベースの席を担うバーニス・トラヴィスが参加。

 ファビアン・アルマザンのレーベル、バイオフィリアからのリリースというのも要注目。

■Makaya McCraven『Where We Come From(Chicago × London Mixtape)』

 リリースは<International Anthem>から 。近年シカゴのジャズシーンでも最も注目すべき音楽家はこのマカヤ・マクレイヴン。シカゴのレーベルの<インターナショナルアンセム>からリリースした『In The Moment』『Highly Rare』はジャズとヒップホップが入り混じる2010年代の現代ジャズの流れだけでなく、シカゴのポストロックやAACM系統など、様々な要素が溶け込んだサウンドで、USのシーンの中でも超個性的なもの。そんなマカヤはトータスのジェフ・パーカーを刺激して、ジェフが『New Breed』を生み出すきっかけになったりとその動きに注目が集まってます。

 マカヤがミックステープとして発表したのは、UKの若手ミュージシャンとのセッションを編集したもの。ジャイルス・ピーターソン周辺のいわゆる『We Out Here』系の若手テオン・クロス、ヌビア・ガルシア、ジョー・アーモン・ジョーンズ、カマール・ウィリアムスの演奏の中に混じると、マカヤ・マクレイヴンのドラミングのフィジカルの強さやしなやかさが際立つ。

 『In The Moment』には、<Planet E>からリリースされたジョン・ディクソンのレコードにクレジットされているサックス奏者のデシーン・ジョーンズが参加していたり、シカゴハウスやデトロイトテクノとの関係を感じるマカヤは、実際にライブを観るとコズミックなシンセの音色やビートの作り方にジョージ・クリントン経由デトロイトテクノもしくはシカゴハウスなエレクトロニック/マシーン・ファンク雰囲気がかなりある。このミックステープはクラブジャズ系譜のUKの若手たちのループを軸にしたサウンドとの絡みの中で、これまであまり表出していなかったマカヤのキャラクターが聴こえるのが面白い。

 特に面白かったのはシカゴのコルネット奏者で、セオ・パリッシュにも起用されているベン・ラマー・ゲイとのコラボによる「King Drive 86’ Cutlass No Plates」。これもシカゴならではのクロスオーバーなサウンドだ。

■Javier Santiago『Phoenix』

 リリースは<Ropeadope>から。ここ数年、僕が最も好きなレーベルのひとつでがこの<ローパドープ>。クリスチャン・スコット、テラス・マーティン、(U)NITYなど、ジャンルで括れないタイプのジャズで何かと面白そうな作品はここから出ていることが多い。傘下にブッチャー・ブラウンの自主レーベルがあったり、以前はスナーキー・パピーの自主レーベルもここの傘下だったりした。

 そんなローパドープのリリースをチェックしていたら謎の若手ピアニスト、ハビエル・サンティアゴの新作で手が止まった。ブレインフィーダーとも通じるコズミックなサウンドのジャズで、音色やテクスチャーの選び方、そして、サウンドのレイヤーのしかたがセンス抜群。テイラー・マクファーリンやサンダーキャットのような響きと、オースティン・ペラルタやニーボディーのような即興演奏が同居していて、意外とありそうでない絶妙な落としどころ。

 クリスチャン・スコットのバンドにも起用されている新鋭ドラマーのコーリー・フォンヴィル。ジャズとインディーロックを行き来する新感覚のギタリストのニア・フェルダー、レディオヘッドやボン・イヴェールのインスパイアを形にするトランぺッターのジョン・レイモンド、更にブラッド・メルドーらとの共演でも知られるサックス奏者のデイナ・ステファンズ、アフロアメリカンの音楽としてのジャズを過激に推し進めるニコラス・ペイトンとメンバーも超充実。

 個々の楽器の選択や音色は的確に選択されているが、あくまでそれをバンドによるセッションとしてやっていて、ブレインフィーダー周辺のようなミックスやポストプロダクションへの執着が薄いのが個性になっている。さらに、個々の演奏はかなりダイナミック/パワフルで、その場で生まれたクリエイティブがそのまま曲の特徴になっている。例えば、ライブで見ると、身体も大きくて音も大きく、かつスピードも爆発力もあるコーリー・フォンヴィルのドラミングの魅力がザラッとした録り音でそのまま封じ込められていて、それが全編を通してコズミックなシンセやギターなどと絡みあって、グルーヴしている。

■John Raymond & REAL FEELS『Joy Ride』

 リリースは<Sunnyside>から。最近、生で観て最も印象的だったのはこのフリューゲルホーン奏者のジョン・レイモンドのグループ、リアル・フィール。ジョン・レイモンドは上記のJavier Santiago『Phoenix』にも参加している若手だ。

 ジョン・レイモンドに加え、今やトップギタリストとなったギラッド・ヘクセルマン、カート・ローゼンウィンケルなどにも起用されるドラマーのコリン・ストラナハンの特殊編成トリオで、鍵盤やベースを排して、スペースをたっぷりと空けて音響感や空間性を生み出すことで、レディオヘッドの影響を受けたロック・インスパイアのジャズを演奏する、ということは知っていたが、この新作以降はそんな領域を超えた模様。

 ボン・イヴェール、ピーター・ガブリエル、ボブ・ディラン、ポール・サイモンのカバーを収録していると言えば、少しはその雰囲気は伝わるかもしれない。アメリカーナ的な要素がありつつ、それでいて、ボン・イヴェールなど近年のインディーロックのサウンドも視野に入れている。ちなみにプロデューサーはマット・ピアソン。その時点で、何がやりたいかのメッセージが見えてくる。

 特にジョン・レイモンドのエフェクトをかけたフリューゲルホーンがズバ抜けて素晴らしく、曲が求めている表現が確実に演奏されている。曲が持つフィーリングを的確に奏でるために、ソロのフレージングも音を増やしても上下させずに同じ体温と質感を保ったまま、狭い範囲で細かく動かして即興していた。つまり曲が持つ音色や手触りも合わせて、フレージングの熱量や運動をきちんと揃えていたということ。その抑制をしながらも、きちんと即興しながら音を変化させているそのセンスが抜群なのだ。

 トランペットとエフェクトといえば、ニルス・ペッター・モルベルが思い出されるが、ジョン・レイモンドはそれをはるかに更新している上に、ニルス・ペッター・モルベル的な<ECM>的なサウンドとは違う感覚の表現を掴み取っていたのが素晴らしいのだ。つまりもっと柔らかくメランコリック。シガーロスが表現するようなエアリーで柔らかい感触の音像と音響を、北欧/ヨーロッパではなくアメリカの情景として奏でられるとでも言えばいいか。ジャズにおける管楽器の表現にはまだまだ可能性があると思わされたそのライブの一端は確実にこのアルバムにも封じ込められている。

■Freelance『Yes Today』

 黒田卓也『ジグザガー』に参加していたサックス奏者クレイグ・ヒルが参加しているバンドがデビューということで見てみたら、ドラマーはエスペランサ・スポルディングや今、話題のR+R=NOWにも起用されているドラマーのジャスティン・タイソンも参加していて、びっくり。

 そして、音を聴いてまたびっくりなのが、今、聴きたい感じの70~80年代テイストのメロウなファンク~フュージョン的なサウンド。とはいえ、サンダーキャット的なコズミックなサウンドでもなく、ロバート・グラスパー・エクスペリメント『ArtScience』とも微妙に違って、ロバート・グラスパー以降のヒップホップ系譜の現代ジャズの感性を持ちながらも、もっとオーガニックでゆったりしていて、どこかサンプリング・ネタっぽいテイストがあるのが絶妙。

 本人はアース・ウィンド&ファイアと言っていて、あー、確かに。EW&Fやモーリス・ホワイトのカリンバ・プロダクション、スティービー・ワンダーや、ロイ・エアーズ、ドナルド・バードあたりのジャズやソウルやファンクが入り混じっていたところ、曲によっては、ブラジル音楽に傾倒していたころのジョージ・デューク周辺やAzymuth、Seawind、ディスコ期のマルコス・ヴァ―リとかの雰囲気があったり。USのミュージシャンのフィジカルな魅力とセッション感はそのままに、レアグルーヴ~アシッドジャズ期のUKの感覚が入り混じったようなこの感じは、USではあまり聴けないサウンド。ジョン・コルトレーンの「A Love Supreme」をいじった「A Love So Cream」には笑った。

 本作はREVIVE MUSICによるレーベルからのリリース。現代ジャズ最重要メディアのREVIVE Musicは近年ブルーノートとコラボしたり、音楽レーベルとしての活動も始めていて、オーティス・ブラウンⅢ『The Thought Of You』、ブランディー・ヤンガー『Wax & Wane』などにREVIVEのロゴが入っていた。これらの作品には、過去のジャズのサウンドを巧みに再解釈した雰囲気があった。特にフリーランスと、ブランディー・ヤンガーはヒップホップのサンプリングソースの雰囲気を新たなミュージシャンにより再提示しているようにも思えるし、それはそれぞれのアートワークにも示されている。これもジャズ史の見直しのひとつと考えると、見逃せない動きだと僕は思っている。(柳樂光隆)

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