Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

『半沢直樹』は現代の歌舞伎か? 池井戸潤の優れたエンターテインメント性

リアルサウンド

20/9/10(木) 8:00

 放送中の人気テレビドラマ『半沢直樹』を見ていると、これは現代の歌舞伎だと思ってしまう。歌舞伎役者が4人出演していることや、歌舞伎の所作を取り入れた演技だけが、そう思った理由ではない。ストーリー自体が歌舞伎を彷彿とさせるのだ。

 そもそも歌舞伎は大衆芸能であり、庶民に受けるストーリーが演じられてきた。舞台の上の喜怒哀楽に、庶民は喝采を送ったのだ。『半沢直樹』の原作である、池井戸潤の「半沢直樹」シリーズには、それと同質の喜怒哀楽がある。一連の池井戸作品を俯瞰しながら、この点について述べてみたい。

 池井戸潤は、1998年、元銀行員という経歴を生かしたミステリー『果てる底なき』で、第44回江戸川乱歩賞を受賞した。その経歴とデビュー作のインパクトから、銀行を題材にした作品が多く、銀行の内幕を暴く書き手と目される。だが、高原の町で起きた連続殺人の真相を駐在所の警官が追う『MIST』のような秀作もあり、けして銀行という題材だけを売りにした作家ではない。

 さらに銀行を題材としながらも、しだいにエンターテインメント性を強めていった。2004年に、事務処理を抱える支店を指導する“臨店指導”を行う、東京第一銀行の花咲舞の活躍を描いた『不祥事』を刊行。2007年には、東京中央銀行の大阪西支店で融資課長を務める半沢直樹が、5億円の債権回収騒動の渦中で悪党どもを痛快にやり込める『オレたちバブル入校組』(現『半沢直樹1 オレたちバブル入校組』)を刊行。これが「半沢直樹」シリーズの第1弾となる。そして当時の作品から、池井戸エンターテインメントの核となる“ジャイアントキリング”が、物語から伝わってくるようになるのだ。

 ジャイアントキリングとは、主にスポーツで使われる用語である。格下が格上の相手を倒すことを指す。日本語でいえば番狂わせだろう。サッカー漫画『GIANT KILLING』によって、広く知られるようになった。半沢が自分より立場が上の銀行員の非を暴き、徹底的にやっつける『オレたちバブル入校組』は、まさにジャイアントキリングであった。

 このジャイアントキリングは、2006年の『空飛ぶタイヤ』でも描かれている。走行中に外れたトレーラーのタイヤにより起きた死亡事故。その責任を押しつけられた小さな運送会社の社長が、欠陥隠しをする巨大自動車会社と対決するのだ。小さな会社と巨大企業という図式が、ジャイアントキリングを際立たせている。同年に刊行した『シャイロックの子供たち』もエンターテインメントを強く意識しており、作者の方向性が決定した年といってもいいかもしれない。

 その後、下町の製作所がロケットの部品や、心臓に埋め込む人工弁の開発に挑む「下町ロケット」シリーズや、業績が低迷している足袋製会社がランニングシューズ開発に乗り出す『陸王』などの快作を連発。小さな会社と大企業という図式を踏襲しながら、次々と新たな題材を扱い、多くの読者を満足させたのである。また、社会人スポーツを題材とした『ルーズヴェルト・ゲーム』『ノーサイド・ゲーム』も、少し形を変えて先の図式を当て嵌めている。

 話を「半沢直樹」シリーズに戻そう。2008年の『オレたち花のバブル組』(現『半沢直樹2 オレたち花のバブル組』)では、東京本店営業第二部次長に昇進した半沢が、新たな騒動に巻き込まれる。今回は立場が上の行員に加え、金融庁の役人をやり込めるのが痛快であった。

 そして2012年の『ロスジェネの復讐』(現『半沢直樹3 ロスジェネの復讐』)で半沢は、東京中央銀行の子会社の東京セントラル証券に出向。買収話の騒動にかかわり、事態を解決する。注目すべきは半沢の立場だ。子会社に出向したことで、どうしても親会社に当たる東京中央銀行との上下関係に悩まされる。それでも買収話に不審を覚えた半沢は、ロスジェネ世代の部下たちと共に、独自の行動に出る。ここで小さな会社と大企業という、お得意の図式を成立させているのだ。

 そしてシリーズ第4弾『銀翼のイカロス』(現『半沢直樹4 銀翼のイカロス』)になると、半沢が東京本店の営業第二部に復帰。赤字続きの帝国航空の再建案を任されたことから、新政権絡みの騒動に巻き込まれる。国交省の新大臣や、政界の大物を敵役に設定し、さらなるジャイアントキリングの図式を無理なく成立させた。

 現実の社会でジャイアントキリングが起きることは、ほとんどない。だからフィクションに熱中する。そのことを深く理解した作者は、もしかしたら在り得るかもしれないジャイアントキリングの図式を作り、痛快なエンターテインメントに仕立てているのである。ここに池井戸作品の人気の要諦があるのだ。

 なお「半沢直樹」シリーズは、2020年9月17日に第5弾となる『半沢直樹 アルルカンと道化師』が発売される予定である。今度はどんなジャイアントキリングを見せてくれるのか。楽しみでならない。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む