柔らかに輝く"あわい”の世界に魅せられて 『伊庭靖子展 まなざしのあわい』
【REPORT】“質感”を捉えるために試行錯誤した、さまざまな“見方”の変遷
全4回
第2回
19/7/26(金)
7月19日(金)に開催されたプレス内覧会で同展の出品作品について語る伊庭靖子
ふっくらと膨らんだクッションや、光を受けて艶めく陶磁器。伊庭の作品は、布や陶器などのモティーフを自ら撮影した写真をもとに油彩で描かれたものだ。
モティーフの持つやわらかさ、なめらかさといった、“見えるもの”の質感だけでなく、それらがまとう光や空気など、“見えないもの”の質感も巧みに表現。そこから生み出される独特の透明感が伊庭作品の魅力といえる。
伊庭の作品は個人コレクター所蔵のものが多く、まとまった形で観られることが少ない中、同展では2000年代半ばの作品から最新作まで52点が集結。貴重なこの機会に注目したいのが、作品に現れる “質感”だ。伊庭は長年、さまざまに“見る方法”を試し、実験を通してその表現を追求してきた。
初期からの作品がどのように変化し、そして、その先にどうつながっていったのか。開幕前日に行われた内覧会で、伊庭は自身の作品の変遷を振り返った。
初期作品では「視覚を通して質感を感じてほしい」との思いから、寝具やクッションの表面に光が拡散する様を描写。「その質感から、観ている人それぞれが過去の経験を思い出すような、視覚を通した体験を味わってもらいたいと思います」と伊庭は話す。
続く陶器の作品では、どのようなところで質感を感じられるのかを考察。「艶のある部分を少し浮かせてみたり、写真のように見える部分とそうではない部分を描き分けたりすることで、 “見る”ことを解体し、もう一度組み立てる作業を試みた」と解説する。
近作では、「モティーフだけでなく、その周りの空間も含めて捉えたい」と考えるようになり、花瓶や皿などのモティーフに透明なアクリルボックスを被せ、そこに映り込む空間の描写に取り組んでいる。
同展のために制作された4つの連作は、東京都美術館で撮影した写真をもとにしたもの。「絵画の中にこの展示空間を取り入れることで、より絵画と空間が一体化し、観る人がこの空間自体を体験することができるのではないかと思いました」。
また、シルクスクリーンの版画で制作された風景画も登場。「細かな点を重ねていくことで、苔のような、別の質感が現れる。目で見ているイメージと、質感を合わせることで、風景全体の質を捉えられるのではないか」と考えたという。
そして今回初の試みが、立体視のステレオグラムを用いた映像作品だ。「立体視はうまく見えると、粒子が透明な層となって空間の中に浮かんで見える。そういった質感に惹かれて制作しました」。そこに映し出される図像を見ることができる人、できない人がいるようだが、会場でぜひ試してみてほしい。
常に“質感”を追い求めてきた伊庭の作品は、美しいフォトリアルな絵画というだけではない、独特の強度を持っている。その理由について、開幕初日に行われた伊庭との対談の中で、美術評論家の清水穣氏は「描き方が他の人と異なるからではないか」と指摘する。
「伊庭さんは、おじいさん、お父さん、お兄さんも画家という家庭に育ち、嵯峨美術短期大学で版画を学んだ後、独学で油彩に取り組み始めた。そのため、正規の油絵教育を受けた画家では取り組まないような考察と失敗を繰り返しながら、自ら油絵というものを発見し、展開していったところに面白さがある。カンヴァスに筆先をトントンと置いて、絵の具を何層も重ねていく描き方が、独特の密度をもたらし、作品の魅力になっているのだと思います」(清水氏)
独学のオリジナリティから生まれた伊庭作品。目の前にある世界をどう捉え、認識するのか。“見る”という行為そのものを、改めて問い直すきっかけを与えてくれるはずだ。
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