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『賢い医師生活』世界的人気の理由を探る 『応答せよ』シリーズから『はちどり』との関連まで

リアルサウンド

20/8/13(木) 12:00

 シーズン1の放送が終了してから2ヶ月。韓国及び世界各国での『賢い医師生活』人気は衰えることなく、韓国、台湾、ベトナムでは現在も10位以内に入っている(※非公式ストリーミングサービス集計サイトFlixPatrol調べ)。『賢い医師生活』は、1999年にソウル大学医学部に入学した5人の男女が40歳になって初めて同じ病院で働くことになり、在学時に組んでいたバンド活動を再開する物語。CJエンターテイメント系のケーブルチャンネルtvNで放送、Netflixで世界配信されている。米映画データサイトIMDbによると、2019年・2020年に制作された韓国ドラマの満足度1位を記録している。同じ製作陣による『応答せよ1997』(2012年)、『応答せよ1994』(2013年)、『恋のスケッチ~応答せよ1988~』(2015年)『刑務所のルールブック』(2017年)も各種配信サービスなどで観ることができる。

バラエティで鍛えた仕掛けと、記憶を蘇らせる音楽

 ロサンゼルス在住で、過去に韓国の映画雑誌Cine21のロサンゼルス特派員、韓国映画振興委員会(KOFIC)のロサンゼルスオフィス代表を務め、『バーニング 劇場版』(2018年、イ・チャンドン監督)のアソシエイト・プロデューサーを務めたファン・スージン氏はこう分析する。「監督のシン・ウォンホと脚本家のイ・ウジョンは『応答せよ』シリーズで韓国では不動の人気を誇るゴールデンコンビ。“この世には善い人間しかないはず”を信念にドラマを作っていて、『応答』シリーズ3部作と『刑務所のルールブック』の4作品を連続でヒットさせている。プロデューサーで監督のウォンホ氏はもともとバラエティ出身で、世間ではエンターテインメント系プロデューサーとして知られていたこともあり、『応答せよ1997』でドラマに進出したときは驚きだった」。

 『応答せよ』シリーズが韓国で放送されていた際、最初のエピソードでヒロインの現在の夫の存在がほのめかされ、時代を遡って“旦那探し”するストーリー構成に視聴者は夢中になったという。初見は旦那探しをしながら観て、2周目からは謎解きの答え合せをしながら観る。ちょっとゲーム感覚な仕掛けは、まさにバラエティで鍛えた仕組みだ。

「謎解きだけじゃなく、当時のヒット曲と物語を掛け合わせ、登場人物がその時感じた心情を視聴者の記憶の中から呼び起こす仕掛けが新しかった。描いているテーマも恋愛だけじゃなく、家族や友情、社会情勢など誰にでも共感ポイントがあって、選曲とドラマで描こうとしている感情と仕掛けがぴったりあったことがヒットの理由。『賢い医師生活』も英題が『Hospital Playlist』というだけあって、音楽が演じる役割が大きい」

 主人公の医師たちが大学に入学した頃、2000年前後の曲を使っており、巧みな選曲に唸ったという。特に、第8話で使われているソ・ジウォンの「僕の涙を集めて(With My Tears)」は、当時の記憶がある世代にはたまらないそうだ。

Finding comfort in friendship and in song | Hospital Playlist Ep 8 【日本語字幕 CC】

「ジウォンは若くて才能のあるアーティストだったのに、96年に自死している。その時の衝撃と楽曲の美しさから、当時の空気がフラッシュバックしてきた。歌っているイクジュン役のチョ・ジョンソクは本当に才能に溢れた俳優で、歌にも情感が込められている。また、第6話の「In Front of City Hall at the Subway Station(市役所前地下鉄駅で)」は、動物園(Zoo)というフォークバンドの曲。昔の恋人に偶然会って、「子供が2人いるのよ」と伝えられたときに「僕はまだ世界のどこかにいる、愛する誰かを探しているのかもしれない」と返す曲。歌詞から浮かぶノスタルジーと、失われてしまった世界観に、多くの視聴者が涙したと思う」。

Jamming out to Zoo with your BFFs | Hospital Playlist Ep 6 【日本語字幕 CC】

 第9話の「偶然出会った君(Met You By A Chance)」も印象的な楽曲。スージン氏によると、1982年に発表されたこの楽曲は、バンドを組んだ学生がコピーしたがる曲の筆頭に挙げられるそうだ。『応答せよ1988』でも使われているSong Gol Maeの原曲とチョ・ジョンソクの歌声がそっくりなことも驚きだったが、繰り返しこの曲のシーンを脚本に書いた脚本家のウジョン氏には相当な思い入れがある曲なのだろうと想像される。

BFF band finally gets an audience | Hospital Playlist Ep 9 【日本語字幕 CC】

韓国語特有のニュアンスを活かしたセリフや演出

 また、このコンビによるドラマは韓国語特有のニュアンスを活かしたセリフや演出が多いのも特徴だと言う。

「『応答せよ1997』は釜山の高校の物語で、ソウルからの転校生が使う標準語や、卒業してソウルに出てから言葉が変わっていく様を描いていた。『応答せよ1994』もソウルの延世大学の学生下宿の話で、韓国各地から上京してきた学生がそれぞれの方言で話している。『賢い医師生活』では、小児外科医のジョンウォン(ユ・ヨンソク)と、脳神経外科のレジデントのチホン(キム・ジュンハン)のキャラクターに効果的に活かされている」(スージン氏)

 韓国語の細かなニュアンスは字幕だとわかりづらいが、そこに気がつくとストーリーに深みが増す。ジョンウォンは誰に対しても丁寧な口調で話し、学生時代からの親友4人に対してだけは素の自分を見せる。その彼の口調が変わっていくことで、丁寧語で固められたバリアの中に親友以外で初めて入り込む特別な存在を感じさせる。元軍人のチホンは、思いを寄せる指導教授のソンファ(チョン・ミド)に、彼への誕生日プレゼントとして「タメ語で話してもいいですか?」とお願いする。ソンファを想うもう1人の強力なライバルの存在に気づき、年功序列に厳しい世界で生きてきたはずのチホンが不躾な願いを口にせざるを得なかった焦燥感が現れる名シーンだ。そして、チホンと対比するように、肝胆膵外科医イクジュンの覚醒も描かれる。イクジュンは誰とでもすぐ友達になれる、学生時代から成績優秀でできないことはない天才外科医。でも本当は理性が働き利他的で、自己犠牲を払ってでも周りの幸せを願い「これでいいんだ」と自分に言い聞かせている。一見無双な彼に人生最大の挫折が訪れ、「一生後悔しないために」勇気を振り絞り20年ぶりに訪れたセカンドチャンスを掴む。スージン氏は、「彼のようなキャラクターは今まで韓国ドラマで描かれてきたことはなかったと思う」と言い、こう続ける。

「実生活にこんな人たちはいないから、このドラマはファンタジーと言える。仰々しいラブストーリーよりも、もっとファンタジー。恋愛感情は永遠には続かない。友情だって時間が経てば薄れてしまう。それが人生だってみんな理解している。だからこのドラマはファンタジーで、視聴者にとってもノスタルジックなんだと思う。そして、失われてしまったもの、この世にはないものを求めて私たちはドラマや映画を観続けるのでしょう」。

 言葉のニュアンスと同じくらいシン・ウォンホとイ・ウジュンのコンビによるドラマの特徴としてあげられるのが、タイミングと運命の関係。先ほど例に挙げたレジデントのチホンは、何度もタイミングを見誤る。『応答せよ』シリーズでも、タイミングと選択で変わってしまう運命を繰り返し描いていた。『応答せよ1988』のテク(パク・ボゴム)は天才囲碁棋士だけあり、普段はおっとりしていても千載一遇のチャンスを逃さない。主人公たちの選択について、「運命の分かれ道というのは、ごくまれにしかやってこない。偶然訪れる劇的な瞬間こそ、運命なのだ。だから運命はタイミングとも呼ばれる。しかし運命は、そしてタイミングはただの偶然ではない。切実な選択が導く、奇跡のような瞬間なのだ。迷うことなく突き進むことで、タイミングが作られる」と表す哲学的なナレーションが、人気ドラマ作家コンビの真骨頂だ。セリフの中でさらりと語られる「イクジュンはポーカーが得意」という特徴も、キャラクター造形とストーリーの行きつく先の伏線という深読みもできる。

『はちどり』『82年生まれ、キム・ジヨン』でも描かれる1980年前後生まれの女性像

 80年代生まれ世代が40代をどう生きるかは、彼らの上の世代にも下の世代にとっても、今の社会における重要なテーマなのかもしれない。スージン氏は「このドラマが韓国で当たっている理由の一つが、“新しい40代像”を描いているから。彼らは80年生まれのいわゆるジェネレーションXからジェネレーションYの移行期に当たる世代で、5人とも仕事や趣味があり、40歳だから落ち着かなきゃ、家庭を持たないと、みたいな既成観念に固執していない。10年前だったらそんなキャラクターは描かれなかっただろうし、共感も得づらかったはず。でも周りを見渡すと、まだまだ少ないかもしれないけれどそんな40代も出てきている。より多様性のある社会になって、ドラマで描かれる人物像も変化している。特にソンファは、仕事も手を抜かないし、休日には1人でキャンプに行くという新しいタイプの女性像」と指摘する。

 昨年から世界中の映画祭で話題になった韓国映画の『はちどり』(2019年、キム・ボラ監督)の主人公ウニは、映画の舞台の1994年に14歳で、キム・ボラ監督自身や『賢い医師生活』の5人と同世代。『応答せよ1994』の主人公たちは94年に大学生で、就職活動中に1997年の通貨危機を迎える。また、日本でも10月に公開になる『82年生まれ、キム・ジヨン』(2019年、キム・ドヨン監督)のジヨンも同世代だ。「彼らを、多感な時期に1994年を経験している世代として見ることもできる。私の記憶にも、94年の聖水橋崩壊や95年の三豊百貨店の崩壊、97年の通貨危機は残っている。これらの出来事をどういう立場で見てきたかによって、現在の立ち位置も変わってくる」(スージン氏)。それを踏まえると、彼女たちと同じ景色を見て育ってきたソンファのキャラクター造形も見えてくる。

 公式サイトのキャラクター紹介に「10年間、ソンファは病院と家の往復だけで病院の鬼神として、脳神経外科の唯一の女性教授になった。ここでソンファが諦めたら、また『だから女は…』と言われてしまうのではないか…。後輩たちの名前の前に“唯一の女性教授”という意地悪な肩書きをつけたくなくて、どんな迫害や差別にも耐え忍んできた」とあるように、彼女たちが不惑の年を迎える今こうしていくつかの物語で同じ世代が描かれているのは、時代の変遷期として必然なのだろう。

推しカップルを“Ship”する世界のファン交流

 韓国ドラマは中国、中東、南米などに輸出され高い人気を誇ってきたが、明らかなゲーム・チェンジャーとなったのは、Netflixによる世界190カ国への配信。『賢い医師生活』のファンは世界中に広がり、ファンアートや二次創作も盛ん。韓国語だけでなく英語の二次創作も多い。放送終了後も英語版のフォーラムやSNSが盛り上がり、各カップルの推しがそれぞれの考察や展望を語っている。

 こういったファンの行動を英語では“Ship(Relationshipからきている新語)”と呼び、1995年ごろ『X-ファイル』(1993年~2002年)のファンの間で使われ出し、『ハリー・ポッター』のファンの間でも熱い議論が繰り広げられた。『賢い医師生活』に限らず、世界中の韓国ドラマファンは、韓国語でしか出ていない情報をボランティアで英訳したり字幕をつけたり、オンライン上のファンの交流が温かい。『応答せよ1997』のシウォン(チョン・ウンジ)は釜山の高校生で、好きなアイドルの二次創作小説を書き、その才能によって放送作家になる、まるでウジョン氏の分身のようなキャラクターだ。スージン氏は「私が育った釜山は日本から近いこともあって、日本文化の直接輸入が認められていない頃から、日本の音楽やアニメ、漫画などの流通があった。だから今でも日本の漫画やアニメが好きだし、当時を思い出すときに欠かせない」と言う。

 韓国では、シン・ウォンホ監督とイ・ウジュン氏のドラマと、あだち充の漫画が想起させる感情との類似点が論じられていて、現在40代半ばで、80年代90年代に青春時代を送った彼らの記憶の中に当時韓国でも読まれていたあだち充や村上春樹の作品から得た感情が残っていても不思議ではない。音楽の効用と一緒で、当時感動したことや心を掴まれた感情が描かれているから、同世代の観客は懐かしさと失ってしまった感情に惹きつけられる。その感情が逆輸入されて、日本の視聴者が夢中になるのも自然なことだと言える。

人間関係に訪れる、一線を越える状況

 『応答せよ』シリーズと比べると、『刑務所のルールブック』から画角もスコープサイズに変わり、映画的な演出表現が増えている。スージン氏は、「今作のテーマは“一線を越える(Cross the Line)”だと思う。人間関係でも行動でも、一線を越える状況を描いている。それが顕著だったのが、第10話のイクジュンとソンファが朝食を食べるシーン。2人は家事をする動きで、お互いの境界線を行ったり来たりする。カメラは窓の外から映し、雨が2人の間の線をかき消す。これはシン・ウォンホ監督のストーリーボードに描かれている演出なのか、イ・ウジュンの脚本に書かれていたのかはわからないけれど」と解説する。

 『応答せよ』シリーズは、30代40代になった主人公たちが、今の自分がある状況に対し「応答せよ、私を作り上げた時間たち。あの時の気持ちや決断は正しかったんだよね?」と肯定する物語だった。そして、ウジョン氏は企画で脚本は書いていないが、『刑務所のルールブック』は一線を越えたが故に塀の中に入る仲間の話だ。『賢い医師生活』の彼らが越える一線は、仕事でも、恋愛でも、友情でも、親や家族との関係でも、さらに複雑だ。だが40歳の彼らは、レジデントやインターン、患者とその家族から影響を受け、小さな選択を重ね日々変化し続ける。過去の自分は確かに失われてしまったものかもしれないが、当時の音楽や読んでいた漫画に感動した想い、かけがえのない友情などを思い出し、それを糧に成長することもできる。『賢い医師生活』が『応答せよ』シリーズと異なり現在を描く分量が多いのは、クリエイターの彼ら自身を含め、主人公たちが過去の想いをノスタルジーで終わらせずに、前に進むことに挑戦しているからなのだろう。

監督・脚本コンビが韓国ドラマ界に起こす変革

 放送が終了してからも、ドラマ公式YouTubeチャンネルで毎週木曜日に蔵出し映像が公開されている。

[sub] 📺 ep.05 | 🪐🪐우주를 🪐🪐 줄게 ✨✨ | 슬기로운 하드털이

 第1回目では、これまで舞台での活躍が主だったチョン・ミドがソンファ役に決まるまでの秘話が蔵出し映像によって語られ、ジュンワン役のチョン・ギョンホのキャスティング秘話では、「実際の君はツンデレじゃなくて優しい人だから、キャラクターが違うのを心配してるんだ」と監督が語りかける映像が公開された。ちなみに“ツンデレ”の部分はそのまま日本語で、日本の漫画から広まり一般的に使われる単語になっているそうだ。

 これらの映像を観ると、撮影が始まる半年ほど前から監督と脚本家がキャストに直に交渉し、キャスティングを進めている。スージン氏によると、韓国のドラマでは脚本家がキャスティング権を持つこともよくあると言う。「場合にもよるけれど、人気脚本家ならキャスティングにも力を持つ。映画だとそれが監督になる。この監督・脚本家コンビは無名でも上手い俳優を抜擢するのがいつも見事で、患者役の俳優たちは映像ではあまり観たことのない役者ばかりだったけど、全員が強烈に印象に残るくらい上手かった」と語る。

 また、韓国では一般的に連続ドラマは週2回放送で、このドラマが週1回放送とシーズン制に挑戦したことの理由について、ウォンホ氏は「週2話放送は正直厳しい。僕達だけじゃなく、業界全体を考えても、誰かがシステムを変えなくてはいけない。うまくいけば変わっていくだろう」と説明していた。ソッキョン役のキム・デミョンも「週4日撮影で、2日をバンドの練習と撮影に充てても1日休日があるスケジュールで、撮影後に食事に行くこともできた」と撮影後に語っている。スージン氏は、「週に2話放映だと視聴者をがっちり捕まえることができるから、効果的だと言われている。逆を返すと、週に1話の放送でも視聴者の心が離れないならば、それでもいいということ。視聴者の観点で言うと週に2話観たいと思うのが本心だが、それも変わっていくかもしれない」と解説する。

 だが、多くの海外視聴者はNetflixの配信でこのドラマを観ているわけで、日本での配信は韓国で最終回を迎えた後、6月から全話が一気に配信された。世界では、配信サービスが毎週決まった時間にドラマを観る習慣からビンジウォッチ(一気見)へと視聴習慣を劇的に変化させている。週2話のスタンダードに変化が訪れるのも、時間の問題とも言える。また、シーズン制を導入するにあたり、毎週新しい未公開映像を配信しシーズン2の予告編が世に出るまで続けられるそうだ。

 このような仕掛けからも、新しい試みを積極的に導入するシン・ウォンホ氏の韓国のドラマ界を変えていこうという気概が感じられる。現在、シーズン3まで計画されている『賢い医師生活』は、2021年のシーズン2、そしてその先のシーズンとまた新しい試みを導入し、その度に世界中のファンを夢中にさせるに違いない。

参考

https://flixpatrol.com/title/hospital-playlist/streaming
https://screenrant.com/kdrama-korean-series-best-ranked-imdb-score/
http://www.maniareport.com/view.php?ud=20180119194909585ncut_19

■平井伊都子
ロサンゼルス在住映画ライター。在ロサンゼルス総領事館にて3年間の任期付外交官を経て、映画業界に復帰。

■配信情報
『賢い医師生活』
Netflixにて配信中
写真はtvN公式サイトより

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