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佐藤健が変幻自在に操る“瞳”の魔力 ドラマ・映画と2020年は俳優としての充実期へ

リアルサウンド

20/1/2(木) 6:00

 2019年公開された映画で印象に残った一作に『ひとよ』(白石和彌監督)がある。暴力的だった父を殺した母(田中裕子)が服役している間、残された子供三人(鈴木亮平、佐藤健、松岡茉優)で生きてきたところ、15年経って母が帰って来る。複雑な想いを抱えながら失われた家族の時間を埋めていく日々。田中裕子は言うまでもなく圧倒的で、鈴木、佐藤、松岡も各々、確実な芝居をして見せ、ずしりと重量感を覚える映画だった。が、評価すべき点は重量感ではなく、力が入っているにもかかわらず、登場人物の居住まいが、「見せることを意識した」ものではなく、むしろ「見られていることを意識しない」かのような、まるでふだんの生活ままを見ているように感じさせるところだった。

 その点において、佐藤健は水際だっていた。

 初登場のシーンで佐藤演じる次男・雄二は無精髭を生やしている。彼はカメラとボイスレコーダーをもって取材中。対象は女性。スポーツ新聞のエロのコーナーの取材である。インタビューしながら扇情的な写真も撮るが、こういう記事を担当している人が必ずしもやたらとテンションとエロ度数を高めにしているかというと、そういう人もいるが、そうじゃない人もいて、雄二は後者に見える。淡々と、心は微動だにせず、体は労働という必要最低限の動きに留める。まるで何か工場の流れ作業のように。肉体労働者に近い印象だが、そのどこか虚ろな瞳の奥に宿る知性は隠しきれていない。

 佐藤健は瞳で語る俳優のひとりだ。彼の大きな瞳は世の中のいろんなものを腑分けしていくメスのような鋭さがある。例えば、代表作で、2020年最終章が公開される『るろうに剣心』シリーズ(2012年~)の主人公・剣心は、武芸の達人で、瞳だけでなく全身刀のようであったし、朝ドラ『半分、青い。』(18年、NHK総合)で演じたヒロイン(永野芽郁)の相手役・律は優秀な理系男子で、いつも何か考え事をしているような浮遊する知性を内包したような瞳をしていた。律のペットの亀の瞳に似た、悠久の時の流れを見つめているようなスケール感。

 役によって違いはあるにしても、佐藤健は、今、起きていること、世界の仕組みを知ろうと静かに目を凝らしている役が似合う。それはやっぱりあの大きな瞳の力ゆえだろう。あんまり大きく100%全開で凝視されたら、身動きできなくなりそう。だからなのか、佐藤健はまぶたを少しおろして半眼にしていることが多い印象で、実際、そういう表情がよく似合う。

 力を全開にしないように抑制し、深く思考している仏像のような、どこか神聖なものすら感じさせる佐藤健が、『半分、青い。』のあとすぐに出演したテレビドラマが『義母と娘のブルース』(18年、TBS系)だった。優秀な会社員である主人公・亜希子(綾瀬はるか)は夫・良一(竹野内豊)亡き後、彼の連れ子・みゆき(上白石萌歌)とふたりで生きていく。唯一ふたりを結びつけるはずの良一が不在という奇妙な環境ながら血のつながらない母子の絆は強くなっていくヒューマンドラマで佐藤が演じた麦田は、仏像的ありがたさを一切払拭し、ごくふつうのあんちゃんだった。穏やかな半眼の代わりに、やや眉間を寄せて、にらみを効かせるところがマイルドヤンキー風味。公式サイトによると、“昔はフーテンのダメ男”“グッドルッキングポジティブ思考”の持ち主。彼が経営するベーカリーで亜希子が働くことになり、麦田は亜希子のことが気になるもうまくいかない。このドラマで最も神聖に見えなくてはいけないのは義母と娘のふたりの関係であって、麦田が明るくおバカに振る舞うほどに、義母と娘はいっそう輝くのである。仏ではなく道化に徹している佐藤健は生き生き軽やかだ。

 1月2日に放送される新作『2020年謹賀新年スペシャル』の予告で麦田は赤ちゃんを抱いている。いったい誰の子なのか。佐藤健、テレビドラマで、麦田みたいな超庶民的な男子を演じることも珍しいうえ、赤ちゃんをあやす役というのが新鮮であるが、予告を見る分にはハマっている。

 昔の俳優はイメージを大切にして、似た感じの役をやり続けることも少なくなかったが、最近の俳優は皆、そうやって消費されてしまうことを避け、幅広い役をやって自身の可能性を広げている。佐藤健も、ここしばらく映画の人という印象が強くなっていたところ、『半分、青い。』でテレビドラマに復活した後(その前は15年『天皇の料理番』だった)、律のイメージと違う、憎めないお調子者的な役・麦田を選び、それもまた支持された。たとえ、『ひとよ』の雄二とは違うエロネタ大好きの下世話な役を演じることになったとしても、それはそれでしっかり演じてしまうのだろう。要するに職人俳優なのだ。が、しかし、顔立ちがすっときれいなため、イケメンスターみたいなイメージを抱かれがちで、平凡なあんちゃん的な役を演じることよりも、どこか超越した役を演じることを期待されていくようになっていったのではないか。確実に期待に応えてしまうからさらにそっちのほうの需要が増えていく。たとえ市井の若者を演じても、どこか神聖さがついてくる。たくさんの観客を泣かせた『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(17年)の恋人を献身的に看病する役も、本来ごく平凡な生活者だったが、8年恋人だけを見つめ続ける修行僧のような人物と化していく。半眼にして祈るように演じ続けてきたなかで、ようやくたどりついた、肩肘張らない、重い十字架を背負わない麦田。たまにはテレビドラマで明るい役を演じつつ、また違う役もやる。佐藤健が俳優としてますます充実する時である。『るろうに剣心』の最終章も期待しているし、火曜ドラマ『恋はつづくよどこまでも』(TBS系)では“魔王”と呼ばれるドSドクター役という、今からそこへ行くか! という属性への挑戦は、どんな役でもやれるというある種の余裕すら感じる。神経質そうに眉間に皺を寄せて、薄目で人を見る顔が見えるようだ。佐藤健の半眼の魔力はいつだって最大限に力を発揮する。(文=木俣冬)

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